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155.下命

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『ちょっとラミ! 急にどうしちゃったのよ』
「んえ? あ……うん」

 いつも目立たず大人しめな印象のラルミ。そんな彼女の見たことがない行動に驚き慌てた同僚は両腕を引っ張ると、急いで後ろへ下がらせた。そして真っ青な顔でひそひそと耳打ちする。しかし当の本人は心ここにあらず、気のない返事で答えていた。

 その動きに気付いたスピナは鋭い目で二人を睨みつけると口を開く。

「そこのお前……はん? あぁ、思い出したわ。あれね、あれ、アメジストが『皆様のお名前は、記憶しております~』とかなんとか、生意気なこと言っていたときの使用人だったわね」

「あ、あの……」
 勢いを失ったラルミは我に返りうまく声が出てこない。

「だからそ~んなに偉そうなのかしら? んん?」

 近づくスピナにラルミは固まり、動けなくなる。
 が、しかし――。

「奥様、そろそろ外出の準備をなさいませんと」

 心地よさそうにあざけるスピナにノワの一言が聞こえた。振り向き、時計に目をやるとあの不気味なスピナの花が刺繍された扇をバサッと広げ、目元だけ笑み答えた。

「まぁ、いいわ。ラミだかラルミだか知らないけれど、! ノワに免じて聞かなかったことにしてあげる」

 そして再度、スピナの表情は一変。あの冷たく低い地響くような声で、命令する。

「もう二度と、私の前で“ベリル”の名を口にするんじゃないわよ」

「……」
 ラルミは視線を外し下を向くと顔が見えぬようお辞儀をする。しかしそれは納得したのではなくスピナの言葉に、同意する返事をしたくなかったからだ。

「皆さ~ん? 今後はノワちゃんの言うことをよ~く聞いて、三日後のだ~いじなお茶会で、失敗のないように。私のを守って――しっかり準備に励んでちょうだい」

「では皆様、後程」

 コツコツコツ……キィーガチャッ。

 ノワは部屋に集まっていたお手伝いたちへ言葉少なに挨拶をする。その姿をスピナはフンと愉快そうに笑いリズムよい足取りでノワを連れ、食事の部屋から出て行った。

 パタ……ン。
 さすがに放心状態となったラルミはその場にふにゃんと、座り込む。
「ちょ、ちょっと! ラミ、大丈夫!?」
「ヒヤッとさせないでよぉ」
「ご、ごめんなさぃ」

 心配するお手伝い仲間の言葉で目に涙を浮かべた彼女がふと、感じた心。

(ノワ様はもしかして、私を)
――助けて下さったのでは?

 相変わらずの冷たい表情と普段から無口なノワだがなぜか、多く言葉を発してくれたおかげで、事態は早めに沈静化された。
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