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156.憂懼

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「エデ、急ぐぞ。祭典の変更があっていると報告を。早く旦那様に伝えねば」
「はい、承知しました」

 学校へ向かうアメジストを見送ったジャニスティと御者のエデはそう会話し、視線で合図をする。その後、周囲を警戒しながら帰りの道をどう行くか? 一言、二言で暗号のような言葉を使い打ち合わせ、馬車に戻った。

 ギィ…………パタン。

「……ふぅ」
 馬車に乗りすぐジャニスティの口からは無意識に、溜息がもれる。

 急いでいるはずのジャニスティだがゆっくりと扉を閉めた。それはぐっすりと眠るクォーツを起こさぬよう、彼なりに気を遣っての行動であった。

 パカッパカッ、パカッパカ……。

「大丈夫ですか? 坊ちゃま」
「あぁ、はは。エデ、その呼び方はやはり」
「いえいえ! 昨夜も申し上げた通り、私にとって貴方はベルメルシア家の“大切な坊ちゃま”ですから」

 怖い表情になり固まっていくジャニスティの気持ちを少しでも解かそうとエデは、優しく笑いながら話しかける。そして安心感のある声と均等で美しい音色を奏で走る馬の足音が、緊張感で埋め尽くされていたジャニスティの心を少しづつ和らげ、穏やかにしていってくれた。

 その察しと思いやりを持ったエデの対応に彼はフッと微笑み、応える。

 道が塞がれ通れなくなった場所を避けたことで偶然にも、建物(レヴシャルメ一族の暮らしていた屋敷)の前を通ることとなった、数十分前。

 声も出ない程に苦しみ異常な状態に陥ったクォーツの様子からアメジストとジャニスティは、確信する。

 それは『恐らく』から『間違いなく』という言葉に変化し「レヴ族であるこの子はやはりあの、痛ましい事件があったレヴシャルメ一族の生き残り」だということ。

――悲しき推測、残念なことに現実となり。
 それは思いもよらぬ出来事、そして憂い事であった。

 眠るクォーツの顔を心配そうに見つめ心の中で、呟く。
(このままずっと。クォーツにはお嬢様と共に幸せな時間を過ごしてほしい)

 彼の心は急に締め付けられる感覚になっていく。
 そして視線を前に向けたジャニスティの瞳に映る小窓の先に見えるエデの威厳ある後ろ姿にハッとし改めて、身の引き締まる思いがした。

――『大丈夫だ、必ず上手くいく。だからジャニー、自分を信じて思う通りにやりなさい』

 美しい漆黒の翼を目にしたあの夜にエデが言った言葉をふと、思い出す。

(そう、今も言ってくれているようだ)
「ありがとう、エデ」

 それからしばし、静かな時が流れた。
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