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268.予期
しおりを挟む「そんな、お父様が謝ることは、何も」
「いや違う、違うのだよ、アメジスト。今日まで魔力がないという真実を言えなかったのはただ、私の甘さ故だ」
アメジストの呟くような声にオニキスは大きく首を振り否定すると深い深呼吸を一つし、話す決意を固める。
「私の愛する妻であり、お前の母であるベリルは――“永い眠り”についている」
一瞬オニキスの表現にふと首を傾げ不思議そうな顔をした彼女は「あっ」と気付いたように、口を開いた。
「ながい、ねむり……そうですね、はい。ベリルお母様は“永眠”なさっておられます。いつか、いつの日か逢いたい。美しく澄んでいたというお母様の声を、聞いてみたいです」
優しい父の言葉にアメジストは悲し淋し気に眉を下げ、無理をするように笑顔で「ベリルお母様は私が逝くまで待って下さるかしら」とポツリ、空を見上げた。
その横顔を見つめながらオニキスの表情は、曇る。それから彼らしくもなく言い淀みながらもう一つの“真実”について、話し始めた。
「これまで、たくさん……ベリルの話をしてきたね」
「はい! とても素敵なお父様とお母様の思い出話ですわ。それから、お母様が此処ベルメルシア家で生まれ育ち、どのように過ごしてきたのか。大好きなお話です」
アメジストの言う『お話』とは生前ベリルがオニキスへ語った、幼い頃から始まり彼に出会うまでの間に過ごした思い出の事である。
当然それは彼も知らない過去ばかりだったが、しかし。
身籠り出産するまでの約十ヶ月間。
ベリルは思い立ったかのように毎晩欠かさず眠りにつく前、自分の辿ってきた道をオニキスへ、話したという。それはまるで、ベリル自身いなくなることを予期していたかのような行動であった。
「アメジスト、この屋敷の秘密を知っているかね? というよりは、気付いているかと聞いた方が正確かもしれないが」
「んあぁ、ひ、秘密……でしょうか。あーと、えっと」
顔を赤くし緊張するアメジストの手は熱くなり、汗ばむ。その“秘密”という単語に異常な反応を示す彼女を見た父は何となく、悟っていく。
「もし、そのベルメルシア家の屋敷にある“秘密”をお前が何らかの理由で知り、そこへ入ったのであれば。魔力開花の理由も、納得がいくんだがね」
「……」
(お父様の言う“秘密”は、私が今考えている場所と同じなの?)
父の穏やかな声は、魔力とはまた違った不思議な力がある。
そう常々感じる彼女は父と通じ合えた今、心を決めた。
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