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第50話:君のいるべき場所
しおりを挟むあれから、一月が過ぎた。
王宮の地下に眠っていた悪意の心臓、『カシアンの心臓』。あれは王家の最高位魔術師たちによって、二度と覚めることのないよう、永遠に封印されることになった。
公式には『庭園での原因不明の魔力暴走事故』として処理され、その裏での私たちの死闘は、ごく一握りの者だけが知る秘密となった。
摂政宮エドワード殿下の手腕は見事だった。混乱は瞬く間に収拾され、モーゲンロートの残党に通じていた貴族たちは静かに歴史から姿を消した。ヴァーミリオン公爵も全ての権力を手放し、政界を去ったという。
王都には、新しい風が吹いていた。
新しい時代の始まりを告げる、ある晴れた日のこと。私たちは摂政宮の執務室に招かれていた。
「―――君たちには、感謝してもしきれない」
次期国王としての威厳を纏ったエドワード殿下が、私たちに深く頭を下げた。
「ギルベルト殿には伯爵の位と王室筆頭魔導師の地位を。ユヅカ殿には『聖女』の称号と、望むだけの富と名誉を与えたい。どうか、これからもこの国の光となって私を支えてはくれまいか」
それは誰もが夢見る最高の栄誉。
だが、師匠は穏やかに首を横に振った。
「ありがたいお言葉ですが、辞退いたします」
彼の顔にはもう復讐の影はない。一人の探求者としての静かな笑みが浮かんでいた。
「私の戦いは終わりました。これからはただの医者として、あの子と作り上げた新しい医療の道を探求する所存です」
師匠の言葉に、胸が熱くなった。私も、彼に倣って一歩前に出る。
「わたくしめも、お断りさせていただきます」
私は懐から、一枚のくしゃくしゃになった手紙を取り出した。数日前に辺境の街から届いた、仲間たちからの便りだ。
そこには『王都でなんかすごいことやったらしいな! こっちもワイバーンを仕留めたぜ! のんびりしてると、あたしたちの方が有名になっちまうからな! 早く帰ってこい!』という、乱暴だけど温かい文字が踊っていた。
「わたくしのいるべき場所は、豪華な王宮ではありません。わたくしを必要としてくれる人たちがいる、あの埃っぽい戦場の片隅なんです」
私には、果たさなければならない約束があるから。
私たちの答えに、エドワード殿下は一瞬驚いたように目を見開き、やがて心からの優しい笑みを浮かべた。
「……そうか。君たちらしい答えだ」
彼は私たちに貴族の位ではなく、二人だけの特別な称号を与えてくれた。
師匠には、『王立魔導医療研究所、名誉所長』の地位を。
そして私には、『王国特任巡回治癒師(ロイヤル・フィールド・ヒーラー)』という、自由な称号を。
私たちは王国全土で、自由に研究と医療活動を行う絶対的な権利を手に入れたのだ。
◇
それから、数ヶ月後。
辺境の街のヒーラーギルド。併設された酒場は、冒険者たちの熱気でむせ返っていた。
「―――でね! その時の師匠ったら、『神の解体手術をその目に焼き付けろ』なんて言うのよ! かっこよすぎでしょ!?」
「へえー! そりゃすげえな、ギルベルトの旦那も!」
私は果実水を片手に、シルフさんやガロさんたちに王都での大冒険を自慢げに語っていた。
「ユヅカも大したもんだぜ! あの気難しい旦那を手懐けちまうんだからな!」
「もう、ガロさんまで!」
仲間たちのからかいに頬を膨らませる。地獄のような日々が嘘のような、温かくて穏やかな日常。私が命を賭けて守りたかった、宝物のような時間だ。
その時、腰につけた小さな通信用の魔道具が、ぴぴっと音を立てた。
師匠からの、短い思念通信だった。
『―――研究所の第一期生の講義は好評だ。皆、伝説の『聖女様』に会いたがっているぞ。自分の講義に、遅れるなよ』
ぶっきらぼうな文面の奥にある優しさに、私は思わず笑みをこぼした。
私はこの世界で、私の本当の居場所を見つけたのだ。
私を導いてくれる偉大な師匠。背中を預けられる最高の仲間たち。そして、誰かを救うという、新しい人生。
「さあ、みんな!」
私はジョッキを高く掲げた。
「次の依頼は何!? 迷子のペット探しでもゴブリン退治でも、なんでもござれだよ!」
私の元気な声に、仲間たちがどっと笑い声を上げる。
私の新しい人生は、最高の仲間たちと、まだ始まったばかりだ!
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