天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ

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第52話:不可能の診断

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講義室は異様な沈黙に包まれていた。
目の前に立つのは、あまりにも幼い「聖女様」。その隣には、氷の彫像のようにギルベルト所長が佇んでいる。
エリートであるはずの学生たちは、どう反応すればいいのかわからず戸惑うばかりだ。
特に学生首席のマーカスは、あからさまに眉をひそめていた。
(なんだ、この小娘は……? 我々を愚弄しているのか?)

その張り詰めた空気を破ったのは、ギルベルト所長だった。
「―――入れろ」

短い命令で奥の扉が開き、数人の助手たちが巨大な魔獣用の檻を運び込んでくる。
檻の中にいたのは、気高く美しい一頭のグリフォンだった。だがその姿は痛々しいほどに弱りきっている。鷲の頭は力なく垂れ、ライオンの身体は痩せこけ、黄金の羽はその輝きを失っていた。

「本日の実技演習の『患者』だ」
ギルベルトが淡々と告げる。
「王家のグリフォン騎士団に所属する由緒正しき個体だが、数ヶ月前から原因不明の病に倒れ、衰弱している。王宮の獣医術師たちも匙を投げた。……さあ、貴様らの見立てを聞こうか」

最初に進み出たのは、やはり首席のマーカスだ。
彼は自信に満ちた態度でグリフォンの前に立つと、流麗な詠唱で高度な診断魔術を展開する。その掌から放たれた青白い光が、複雑な術式を描きながらグリフォンの全身をスキャンしていく。

「ふむ……」
マーカスは腕を組み、全てを見通したかのように頷いた。
「魔力循環に著しい停滞が見られます。翼の関節部には熱を帯びた炎症反応もある。……消耗性の魔力欠乏症でしょうな。高位の回復魔法と栄養価の高い餌を与え、安静にさせればいずれ……」

彼の診断は完璧だった。少なくとも、教科書の知識と照らし合わせれば。
他の優秀な学生たちも次々と診断を試みるが、その結論はマーカスと大差なかった。

そして、最後に私の番が来た。
学生たちの侮りと好奇が入り混じった視線が、私に突き刺さる。
私はそんな視線など気にせず、ゆっくりと檻へ近づいた。

私が詠唱も魔術も使わず、ただ「すごいね……綺麗……」と純粋な感嘆の声を漏らすと、学生たちの間から失笑がこぼれた。
グリフォンは人間をひどく警戒している。私が近づくと、弱々しくも鋭い嘴で威嚇してきた。
私は檻越しに、そっと手を差し出す。

「大丈夫。私は、あなたを傷つけたりしないよ」

私の声に魔力は乗せていない。ただ、心からの想いを伝えるだけ。
グリフォンは最初戸惑っていたが、やがて警戒を解き、おそるおそるその大きな頭を私の手にすり寄せてきた。

私はその温かい羽毛の感触を確かめながら、静かに目を閉じた。
そして、ただ『聴く』。
彼の生命が奏でる、魂の音色を。

しばらくの沈黙の後、私は目を開けて静かに告げた。

「―――この子は、病気じゃありません」

その一言に、講義室がどよめいた。
マーカスが声を荒げる。
「何を馬鹿なことを! 現にこれだけ弱っているではないか!」

私は彼の言葉を遮らず、静かに続けた。
「彼の第二心臓に繋がる魔力管。そこに米粒ほどの小さな寄生虫の死骸が石灰化して詰まっています。それが慢性的な痛みと、魔力循環の栄養失調を引き起こしているんです」

「だ、第二心臓だと!?」
「魔力の栄養失調!?」
学生たちが聞いたこともない医学用語に呆然とする。

だが、私はまだ続けた。
「でも、それは直接の原因じゃありません。この子が本当に苦しんでいるのは、そこじゃない」
私はグリフォンの悲しげな瞳を見つめた。
「この子は、寂しいんです。数ヶ月前に生涯を誓った番(つがい)を事故で亡くしました。その深い、深い悲しみがこの子の生きる気力そのものを奪い、免疫力を弱らせているんです。……だから、身体が寄生虫に負けてしまった」

講義室は完全に静まり返っていた。
病でも怪我でもなく『悲しみ』が原因だと?
そんな非科学的で非魔術的な診断。誰もがそれを、ただの子供の戯言だと思った。

「……ふざけるのも大概にしろ!」
マーカスが怒りに顔を赤くした、その時。

それまで黙って全てを見ていたギルベルトが、静かに一歩前に出た。
学生たちの視線が一斉に彼へと集まる。
彼はその怜悧な瞳で私を見つめると、ただ一言、こう告げた。

「―――見せてやれ」
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