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第53話:聖女の魔導手術
しおりを挟む「―――見せてやれ」
ギルベルト所長の静かだが有無を言わせぬ一言が、講義室に響いた。
学生たちの視線が、私一人に突き刺さる。
(見せてやれ、か……師匠も人が悪いなあ)
私は心の中で小さくため息をつくと、にこりと微笑んで助手たちに向き直った。
「あの、すみません。その檻の扉を開けてもらってもいいですか?」
私のあまりにも無邪気で無謀な一言に、講義室が凍り付いた。学生だけでなく、助手たちまで顔色を変えている。
弱っているとはいえ相手はプライドの高い魔獣グリフォンだ。下手に刺激すれば鋭い嘴で頭蓋骨を砕かれかねない。
助手たちが困惑してギルベルト所長へと視線を送る。
師匠はただ、顎をしゃくって見せた。許可だ。
ぎぎ、と重い音を立てて檻の扉が開け放たれる。グリフォンは警戒を剥き出しにし、喉の奥でグルルと低い唸り声を上げた。
だが、私は怯まなかった。
ゆっくりと一歩ずつ、その気高い魔獣へと近づいていく。
学生たちが固唾を呑んで見守っていた。首席のマーカスでさえ、自信に満ちた顔から血の気を失わせている。
「大丈夫だよ。もう、苦しくないからね」
私はただ、優しく語りかける。
そしてその巨大な鷲の頭へと、そっと手を伸ばした。
グリフォンは一瞬身を強張らせた。だが、私の手に触れた瞬間、その身体からふっと力が抜けていくのがわかった。
私の掌から、温かい黄金色の光が溢れ出す。
それは傷を無理やり塞ぐ攻撃的な魔術とは違う。相手の魂に直接語りかけ、その苦しみごと包み込むような、純粋な癒しのオーラ。
あれほど荒々しかったグリフォンの気配がみるみるうちに穏やかになっていく。やがて大きな身体を床に横たえると、猫のようにごろごろと喉を鳴らし始めた。
講義室は、もはや静寂を通り越していた。
誰もが目の前の信じがたい光景に、思考を停止させている。
私は学生たちに向き直った。
「皆さん、よく見ていてくださいね。これが、私たちの新しい医療です」
私は指先に意識を集中させた。すると、その指先から一本の光のメスが、そしてもう片方の手には繊細な光のピンセットが、まるで生きているかのように生成される。
学生たちが書物でしか見たことのない、あまりにも精密な魔力制御だった。
私は眠るグリフォンの胸元に、その光のメスをそっと当てる。
皮膚が抵抗なく滑らかに切れていく。不思議なことに、血は一滴も流れ出さなかった。
目を閉じる。
私の脳裏には、グリフォンの体内を巡る魔力回路が完璧な立体図として映し出されていた。
私はその地図を頼りに光のピンセットを体内へと進め、そして見つけた。第二心臓の魔力管にこびりついた、小さな異物を。
それをそっと摘み出す。
開いた傷口を、今度は光の糸で一針だけ縫合した。
傷口は瞬時に塞がり、後には傷跡一つ残らない。手術時間は、わずか一分にも満たなかっただろう。
私が取り出した米粒ほどの灰色の石ころを、皆の前にかざして見せる。
「―――これが、原因です」
その、瞬間だった。
静かに眠っていたグリフォンが、その鷲の瞳をカッと見開いた!
そして力強い四肢で大地を踏みしめ、雄々しく立ち上がる!
失われていた黄金の羽は再び太陽の光を取り戻し、痩せこけた身体には生命力がみなぎっていた!
『―――クゥゥゥアアアアアッッ!!』
講義室の窓ガラスを震わせる、完全復活の雄叫び!
そしてその気高い魔獣は私に向き直ると、大きな頭を私の頬に優しく、感謝を伝えるかのようにすり寄せてきた。
誰も、何も言えなかった。
ただ、目の前で起きた奇跡。教科書のどのページにも書かれていない、生命の神秘。
首席のマーカスは、その場にへなへなと座り込んでいた。ただ呆然とその光景を見つめている。
彼が今まで積み上げてきたエリートとしてのプライドは、今この瞬間、木っ端微塵に砕け散ったのだ。
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