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7.触手彼氏
しおりを挟む――ファール!
遠くで野球部員の声がする。
これは、現実なのだろうか。それともよくできた夢なのか。
あるいは妄想か。
不自然に高鳴る心臓を意識しないようにして、ヒノキは視聴覚室の床に無造作に捨てられていた自分の制服を着た。
自身の身なりを整えると、次は白目を剥いたまま気絶している担任の身ぐるみを剥いだ。そしてそのくたびれたグレーのスーツを人間と化した触手に着せた。
ズボンの裾が笑えるくらい寸足らずだった上、全体的にみてもサイズが見事に合っていなかったが、全裸よりはマシだろうと判断した。
そして、触手の代わりにパンイチとなった担任は、ここが《一階》であったことをこれ幸いに、視聴覚室の窓から校庭めがけて、触手が思いっきり投げ捨てた。
肉厚な担任の裸体が野外にごろんと転がり、グラウンドでは野球部員の声援にに、女子生徒の黄色い声が聞こえる。
そういえば今日は、他校との練習試合だったなと思い出した。
つまり、見つかるのは時間の問題。
聖職である教師としては人生の終わりだなと、ヒノキは他人事のように思った。
◇
「聞きたいことは山ほどある」
自室に閉じこもると、後ろ手で部屋に鍵をかける。
運がいいことに両親は仕事、姉はバイトで不在だった。つまり、家の中に二人きり。
ヒノキの部屋では、触手が興味深そうにきょろきょろと室内を見渡している。
家に着くなり、くたびれた担任のスーツから早々にヒノキの父親の甚平へと着替えさせた触手は、暗緑色の髪に藍色の甚平がベストマッチで――正直、最高にいい男だ。
ちなみに担任のスーツは燃えるゴミに分別した。今週のゴミ捨て当番は姉だったが、明日朝イチで自分がゴミ出ししてやろう。
しばらく部屋を検分した後に、触手は部屋の中央に置いてある丸テーブル付近に腰を下ろした。それを見届けた上で、テーブルをはさんだ向かい側にヒノキも腰を下ろし、冒頭の口火をきったのだ。
改めて、人間化した触手を真正面から見る。
彼は琥珀色の綺麗な瞳でじっとヒノキを見つめていた。もう何度となく肌をあわせているというのに――いや、合わせたと言っても《触手の状態で》なのだが。トイレ以外で、しかも、自分の部屋。日常的に使用しているベッドのある空間に招いた身としては、もうどうしようもなく緊張して、目線がそわそわする。
更にいうと、聞きたい事がありすぎて何から聞いていいのかわからない。
ええい、こうなったら手当たり次第、思いついたら聞いてしまえ。
「――まず、なんで俺をトイレで襲った?」
最初の質問がそれかよ!!
自分で突っ込みたくなったが、どうしても抑えきれなかった。
何故《自分》だったのか。
この触手が、どういう想いで自分を抱いていたのか、非常に興味があったのだ。
まるで、恋人の愛を確かめたがってる彼女のような心境で、正直恥ずかしくてたまらないが、聞かずにはいられなかった。
どんな物語でも初めの出会いが大切だ。
どうして、めぐり合ってしまったのか。偶然なのか、必然なのか。意識はあったのか、本能的な衝動だったのか。
自分で良かったのか。誰でもよくて、そこにいたのが自分しかいなかったから、なのか――等。
しかし、次に触手が出してきた《回答》に、ヒノキは自分の、そんな《人間の彼氏》に抱く様な、甘い考えを覆されることとなる。
『妊娠させるため』
「……は?」
人間化して1~2時間。そんなわずかな時間で、えらく流暢になった口調で触手氏は語る。
『人間でいう、《寄生事実》というものだ。俺の子ができたら、ヒノキは一生俺のだ』
それをいうなら《既成事実》だ。
じゃなくて、そうじゃなくて!!
「は?」
どう返していいのかがわからず、とりあえずもう一度問い返してみた。
触手の顔はいたって《真面目》だ。だからこそ、厄介だ。
『一目惚れした』とかよくある甘い言葉を、心のどこかで期待していただけに、まさに「は?」である。
「は?」しかでてこない。
むしろ「はぁ?」でなくてよかったと思ってもらいたい。
「……あ、あのな、誤解があるみたいだから言っておくけど…おれ、《男》で、妊娠できないん……だ、です」
動揺しすぎて変な日本語になった。
それ以前に、俺、今ものすごく姉ちゃんの持ってるBL小説の主人公みたいなこと言ってる。
いや、だってそうだろう。
むしろそれ以外なんて言えばいいんだ!
他にいい解答例あるやつでてこい!
すると、目の前のイケメンは切れ長の琥珀色の瞳を細めて笑う。
お前、それはいけない。
心臓が馬鹿みたいに高鳴っている。
『悪いが』
一服するように、触手は目の前に置かれたあたたかい緑茶を手に取り一口飲む。
これまた父親のしぶい湯のみがよく似合うな。
『お前はもう、妊娠している』
―――ブフゥゥ!!!
ヒノキは自分もと飲んでいたオレンジジュースを勢いよく噴射した。
お前はもう死んでいる、みたいな口調と男前トーンで言う台詞ではない。貴様は世紀末覇者なのか。
産婦人科医ですら言わなそうなセリフを堂々たる態度で吐いた男に、ヒノキはコップをテーブルにたたきつけるように置きながら顔を真っ赤にして叫んだ。
「あほいうなよ! それ妄想妊娠っていうんだぞ!?」
いや違ったな!?
どちらにしろ、言い放った触手の余裕ぶりにも驚き、ヒノキはこの未確認生物に人間の子作りについてどう説明しようか悩み始めていた時だ。
『妄想ではない、事実だ。俺達は相手の性別がどうであろうとなんであろうと妊娠させることができる。人間のルールに縛られない』
「……」
大真面目の真顔。かつ、静かな口調で真剣に語られると―――甘ちゃんなことに、そうかもしれないと思いだしてきた。
ただの夏バテかもしれないが、最近たまに吐き気がきたりするし、とにかく腰が重い感じがする。腹も減るし、とにかく眠い。太った感じはないが………あぁ、なんでオタクってこんな非現実的なことでも受け入れようとするんだ。
普通に考えて男が妊娠ってないだろ。
『いつ生まれるかは、個体によって異なる。だから正確な出産日については答えられないが、順調に育っていることは確かだ』
「なんで、そんな自信満々に言い切れるんだよ……」
『今日もたっぷり栄養をあたえてやったからな』
今日も?
栄養?
『人間は母体の体内にある臍帯から血液を介して栄養をうけとるらしい。俺の場合………』
そこでいったん区切って、触手はヒノキの腹部を見た。
『精液からになる』
どんな設定だよ。
ヒノキは思わず頭を抱えた。
こういう設定のエロ漫画同人誌があることは、知っている。
でも、まさか。そのとんでもエロ創作設定が自分ふりかかるだなんて、だれが思うだろうか。
疑問には思っていた。
行為中、ヒノキに嫌われることを恐れる割には何度嫌がっても必ず中に出すし、その場で精液を掻きだそうとすると邪魔してくるし。ただの変態じゃなかったのか。
「つ、つまり。中だしすることで俺のお腹にの子は成長してるのか」
『たっぷりぶちまけてるからな。元気な子が育っている』
嬉しそうに言う顔は若干父親の顔だった。
言ってることはただのド変態エロオヤジだが。
冗談だろう。
まだ高校生だぞ。親になんていえばいいんだよ。
大体、人間と触手の子供ってどっち寄りになるんだ――。
『そのせいで、この姿になってヒノキを助けるのが、遅れた』
「……」
『巨大化も、ニンゲン化も、膨大な体力と時間もかかる』
「お前、あの時結局どこにいたんだよ」
あの時とは言わずもがな、担任に絶賛破廉恥行為を受けていた時である。
『……ニンゲンの背中』
ずっと背後に張り付いていた。なんなら、首の動脈を切るか、耳から脳を刺してやろうかと思ったが、そうすると状況的にヒノキの立場が危うくなりそうだからやめた。
真顔で続ける触手に「……こいつ、考えてないようでめちゃくちゃ考えてくれてたんだな……」と逆に見直してしまった。
本当にソレを実行されていたら、現場には太めのカッターナイフもあり、状況証拠的にヒノキが殺人犯になることはほぼ間違いなかった。触手が思いとどまってくれて助かったし、冷静に判断した結果があれだったのなら、感動すらある。
『ヒノキは俺の、ヨメだ』
気がつくと、触手が隣に移動してきていた。
頬に触れる指先がひんやりとして冷たい。この手に血は通っているのだろうか。
『こうでもしいないと、俺のものにならないから……』
「ッ……」
制服のシャツの隙間に、血色のよくない手を差し入れられる。ヒヤリとした感触に、体が震えた。
そのまま、反対側の手で後頭部を支えられて、蛇のように蠱惑で、魅力的な顔がゆっくりと近づいてくる。
今更抵抗なんてできないが、初めての感覚にめまいがしそうだった。
目の前にいるのは、うごめく触手ではなく、人間だ。
そして、自分の処女を散らした男。その相手に求められて、自分はそれに答えようとしている。本当の意味での同種族ではないのに、それでもいいとさえ思えてきている。
「う、んッ……」
ゆっくりと合わせられた唇。
その隙間から、ぬるりと口の中に細長い舌が入り込む。
ヒノキの舌に絡みついて、隙間を埋め尽くすように深く深く入り込んでくるソレは、《いつもの味》だった。昂ぶり始める空気の中、まどろみそうな頭の奥で、「あ、あれもキスだったのかな」となんとなく思った。
「は、ぁ………」
『ヒノキ…』
唇を離した合間に、男が甘い声で名を呼んでくる。
やっと宝物を手に入れたような、恍惚とした表情で再びヒノキの唇に近づく男。
「名、前……」
迫る唇を右手でふさいで止めながら、ヒノキが息も絶え絶えに呟く。
「名前……ッ、聞いてなかった……」
『ナマエ?』
「………そ、う。なんてよんでいいか……わかんないだろ」
甘い雰囲気の中で『お前』や『触手』じゃあまりにもかわいそうだ。
体の疼きが本格的に悪化する前に聞いておこうと、じっと目の前の触手を見る。
触手は一瞬「うーん」と唸り、眉をひそめる。
『ヒノキがそう呼ぶから……〝ショクシュ”だとおもっていた』
「……えと、あの、あれだ、名前。考えよう?」
一瞬、ごめんと謝りそうになったがあえて飲み込む。
知らない方が幸せということもある。
ええと、どうしようか。
この色男に合う名前。
「やっぱり、見た目的に外人っぽい名前のがしっくりするよなぁ…」
うーん、と頭をひねらせていると、悩むヒノキを熱っぽい目で黙っていた触手がぼそりと問いかけてきた。
『――ヒノキ、〝カツシカ・ホクサイ“って人間か?』
「”葛飾北斎”?」
それまで北欧神話の神様の名前やら、色々考えていたヒノキだったが、世界的に著名な浮世絵師の名を聞いて、ハッと息をのんだ。
まさか、こいつが言おうとしてるのは。
「なんで、お前が葛飾北斎を知ってるんだよ」
恥ずかしさの余り、声に剣がこもる。
『前に、トイレでヒノキが寝てる時に本を見て知った』
悪びれることなく言う様子に、ヒノキの方が卒倒しかけた。
絶対、美術の教科書だ。
しかもあのページだ。
畜生、見られた。
『俺がヒノキにしているのと”同じようなこと”してるやつがいた。あいつ、カツシカ・ホクサイっていうのか?』
違う。
正確には、葛飾北斎が描いた【蛸と海女】がお前と同じなんだ。
その絵は、春画と呼ばれる、今の時代でいうエロ画だ。
巨大なタコと小さなタコの二匹で女性と睦あっている姿を表現していて、美術の時間に見た時「うわぁ、これ触手みたいだ」とヒノキも思った。で、それまで置き勉していた美術の教科書を、初めて家に持って帰ろうとしたのだ。
なのに失くした。
よく考えたら、確かに触手のとこに行ったあとから所在が分からなくなっていた。
『それでいい』
「まさか、葛飾北斎がいいとかいうんじゃないだろうな。だめだ。いろんな方々から社会的に目を付けられる」
『なら…〝シュウ”がいい』
「シュウ?」
『〝ショクシュ”のシュウ』
お前そんな単純な名前でいいのか!?
そう言うと、「触手!」と呼ぶときのヒノキの声が好きだからと、あんまりにも平然と言うもんだから。
間を取って《葛飾シュウ》にしてやった。
漢字はまた後から考えよう。
そう甘く囁きながら、ヒノキは自分よりも二回り以上もおおきな男の背に腕を回した。
end.
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