王宮に咲くは神の花

ごいち

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最終章 神饌

忘れ得ぬ王1

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 力強い腕に抱きあげられて、花は青い両目を瞼の奥へと隠した。
 逞しい肩と広い胸。触れ合った肌の燃えるような熱。
 目を閉じれば、精悍な一人の男の姿が鮮やかに思い出される。愛される悦びと別離の悲しみを教えた王。建国の男神ウェルディの現身。今はもう記憶の中にしか存在しない、かつての良人だ。

「花の御方……」

 おずおずと重ねられた唇に、花は自ら唇を開いて応えた。
 滑り込んできた舌を招き入れて軽く吸い付くと、蕩けるような幸福感が胸を満たした。唇を通して男神の力が流れ込み、冷えた体の隅々まで熱が行き渡る心地がする。
 ウェルディス王家の男たちが捧げる命の力は、今思えば、始まりの王ジハードから最初に与えられたものだった。




 最愛の王がこの世界から消えて、果たしてどれほどの時が経っただろう。

 白い宮に咲く花は変わらず、空を見上げれば飛ぶ鳥も同じだが、人々の営みが徐々に変化しているのはわかった。無聊を慰めるために届けられる様々な贈り物が、時代の移り変わりを教えてくれたからだ。
 外の世界では風俗や思想さえ変わってしまうほどの時が流れたのだろう。だが、花を愛でに来る人間はいつの時代も一人きりで、ここでは時の流れは緩やかにしか感じられない。

 その最後の一人が来なくなった日のことを、花は思い出す。

『お許しください、花の神……私にウェルディの血は流れていませんでした。けれど、私は貴方を愛しております。貴方に何も捧げられぬ私を、どうかお許しください……』

 冷たい眠りに引き込まれながら、苦しみに満ちた声を聞いた気がした。




 自分が『人』ではないと知ったのは、いつのことだったか。
 ウェルディの現身が去り、その後を継いだ王、さらにその王が育てた子らに新たに子が生まれた時だっただろうか――。

 花は、自らが命を吸って生きる仇花だと知った。ウェルディの血を持つ王家直系男子のみを喰らう花だ。
 忘れ得ぬ愛しい相手の血を継ぐ子らを、喰らい続けて生き永らえているのだ。

 自らを滅ぼしたいと何度も願い、とうとう果たせずにここまで来た。
 最後の王にウェルディの血が流れていないと気づいた時には、これでやっと永遠の呪縛から解放されると、安堵を覚えさえしたというのに。

 ――ウェルディの血は残されていて、花は再び目を覚ましてしまった。





「あぁ……」

 熱い吐息を漏らしながら、花は白い両腕で男を絡めとる。いけないと思いつつも貪るように口を吸って、男から与えられる男神の力を求めずにはいられない。
 すべてを吸いつくせば、男の定命は終わりを迎えてしまう。それがわかっているのに、貪るのを止められない。
 ここにやってきたすべての王たちも、命そのものを捧げるに等しいのだと伝えたところで、宮を後にする者はいなかった。

 ならばせめて、肌を合わせる悦びだけでも分かち合いたい。
 花が返してやれるものは、それしかないのだから。

「……ッ、ジハード……」

 肌の上を滑る手は大きい。この男もまた戦神の末裔に相応しく、剣を手に取って己を鍛え続けてきたのだろう。掌は少しざらついていて、硬い剣だこが浮いていた。
 その大きな手が長い眠りに就いていた肉体を確かめるように、全身の肌を辿っていく。
 戸惑うような手つきから、こういったことにあまり慣れていないのだろうと思われた。

「ここを……」

 先を導くように花は膝を立てた。交わるための場所を男に晒す。
 掌はそれに気づいて尻の丸みを撫で上げ、その狭間へと滑り込んできた。

「そこです……そこを濡らして、解してください。貴方を受け入れられるように……」

 恥じらいで頬が熱を持つのを感じながら、花は目を閉じたまま男を誘った。




 何百年もの時を生きてきた。
 その間に、いったい何人の王を受け入れてきたことか。
 中には世慣れて巧みに花を啼かせる王もいたが、まったくの不慣れで、一つずつ手を取って教えてやらねばならぬ王もいた。
 王たちが不慣れな時は、花の方から誘って導いてきたのだ。

 しかし、訪れる者の途絶えていたこの宮に、閨のための準備の品が残っているとは考えにくい。ある時期以降、花は食事も水も不要になったので、なおさらここには何も残っていないだろう。

 体内に宿る獣神の血がそうさせるのか、ウェルディス王家の男たちは精力的だ。その分いささか乱暴で性急な者も多い。
 苦痛に喘ぐ花を痛ましげな目で慰めながらも、口を噤む場所に力づくで太く逞しい逸物を押し込んで、征服を果たした王も珍しくはない。

 苦痛への恐怖が忍び寄ってくるのを堪えて、花は男の手に体を預けた。
 抵抗の素振りを少しでも見せれば、逃がすまいと、獣はより深く牙を食いこませてくる。苦痛を最小限に済ませたければ、何があっても逆らわずにいるしかない。

「どうぞ、私を好きにしてください。私はもう、貴方のものですから……」





「……」

 男が体を離し、見下ろしてくる気配があった。

 興奮を押し隠した息遣い。触れ合った肌が伝える、汗ばんだ熱っぽさ。
 目を閉じていても、男がすでに昂っていることが伝わってくる。
 ――引き裂かれるような交わりになるかもしれない。そう覚悟を決めた胸元に、唇を押し当てられる温かな感触があった。

「ファラス……神々の王よ」

 胸に残ったファラスの印に、男は敬虔な口づけを捧げた。

 男の唇はそのまま、ところどころに触れるばかりの口づけを落としながら、足元へと下がっていく。
 足の間に逞しい男の体が入り、両脚が抱え上げられた。花は恐怖を押し殺すように、瞼をぎゅっと閉じた。

 だが、襲ってきたのは痛みではなく、濡れた舌の感触だった。

「あ……」

 雄芯と呼ぶには小振りな花芽が、温かな口腔に包まれていた。
 濡れた舌が絡み、柔く纏わりつきながらゆるゆると前後する。

 恐怖が勝っていた分、思いもかけない穏やかな愛撫が心地よかった。だがそれに溺れる暇もなく、今度は指が後孔に入り込んできた。

「……あ、あぁ……、いい……」

 思わず熱い吐息が漏れた。
 節くれだった指がゆっくりと奥まで入り、腹の内側を擦りながら抜けていく。
 不慣れなのかと思ったが、房事の作法は心得ていたらしい。舐めて濡らされた指は、内部の柔らかさを確かめると、すぐに二本に増やされた。

 男の部分を温かな口内に含まれながら、後ろを指で解される。二本の指は中を揉み解して拡げながら、時折内側を叩くように刺激して、しなやかな両脚を震わせた。

「あ! は、ぅッ……!」

 中からの刺激に気を取られていたところに、口に含まれた屹立の先端――鈴口の部分を舌先でつつかれて、上擦った声が零れた。柔らかな舌先で小穴の内側を探られて、中から何かが漏れてしまいそうになる。
 思わず制止するように男の肩に手を添えると、小振りな屹立を深々と咥えこまれた。
 男の肉厚な舌は、今度は種を収めた二つの珠を転がし始める。舌先が会陰を掠めて、そこが燃えるように熱くなった。

「……あ、んんッ……だめ……そんなに強くしないで、ッ……」

 中に入った男の指を締め付けながら、花は軽い絶頂に喘いだ。下腹全体が熱くなり、とろりとろりと蜜が漏れていく感触がある。
 自分の体の浅ましさに、啜り泣きが漏れた。





 心の内で亡き王の面影を偲ぼうとも、結局のところ花はこうやって男に蹂躙されるのが好きなのだ。

 体の奥深くにそそり立つ欲望の塊を感じ、荒々しく揺さぶられて翻弄されるのが好きだ。感じすぎて逝きすぎるほど逝き果てて、頭を真っ白にして叫ぶ瞬間が何よりもいい。
 そのせいで男たちの命が縮まると知っていても、拒むことなどできはしない。
 これなしでは、生きていくことができないのだ。

 もう時を数えるのも忘れるほど永く、こうやって生きてきた。
 ウェルディスの男たちに抱かれて我を忘れる一瞬だけが、永すぎる生の唯一の慰めだったから――。

「抱いてください、ジハード……私を貴方のものにして……貴方を忘れずにいられるように……!」
 
 そう叫んだ瞬間、足の間で男が唸った。
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