56 / 310
二章 水底に沈む玉
56、魔族の少年 3(ガルカは不運)
しおりを挟む二人の説得によりエリーは落ち着きを取り戻し、アルベラは本題へと戻るべく額をぬぐう。
(こんなに分かりやすく怒ってるエリーは初めて見た。私今までおっさんって、エリーに言ったことないよね? 言ってないよね? 思ったことは何度もあったけど、口に出してないよね? 絶対本人には言わないようにしなきゃ)
「で、匂いが何」
「魔族だ」
「は?」
「そのエリーとかいうやつ、魔族の匂いが混じっている」
「———は??」
アルベラと八郎の視線に、エリーは片手で顔を覆って息をついた。
「………そう、魔族にはそう匂う訳ね」
エリーには心当たりがあるようだ。
アルベラはエリーが顔を上げるのを待つ。
「この南の陸地の東の方にそういう奴らがいるが、まるでそいつらみたいな匂いだ」
「どういうこと?」
「ええと、ですね」
エリーは困った笑顔を浮かべ顔を上げた。
「多分、私の故郷の事でしょう。あちらの地域には、魔族の血の混じった………部族、とでも言うんですかね。そういうのがいるんです」
「えぇ………と、え?」
突然のエリーの故郷話。アルベラは急な話題にどう切り込めばいいのか頭の中がまとまらない。
「故郷の話はいつでもできますし、今はほかの話題を優先してはいかがでしょう」
やんわりとそういわれ、アルベラは「え、ええ」と頷く。
(そうね。その方がありがたい)
「じゃあ、私と八郎の匂いについて—―—は置いといて。先にもっと聞きたいことがあるの。そっち先でもいいかしら?」
「好きにしろ。どうせここで何を話そうが俺の余命は変わらん」
もう死ぬと予感しているのか、金色の目は投げやりでありつつ、会話をしながら他の事を考えているようでもあった。
アルベラと八郎の共通点といえば転生くらいだ。どうせあの「少年」だか「老人」だか絡みの何かだろうと予想を立てつつ、まずは今一番に聞いておきたい事を優先する。それは、アルベラがこの「生」において、「少年」から請け負った役割に関係する事柄だった。
まずは生き抜くために果たさなければならない役目がある。その下調べと以降ではないか、とアルベラの透明度の高い緑の瞳がガルカをのぞき込む。
「あなた、この国の南にある『チヌマズシ』っていう土地の魔族の集落ってやつ知らない?」
***
「へえ。チヌマズシの町から? 随分遠くから来たんだね」
ラツィラスは柔らかく微笑んだ。
「で、ホークは何であいつらに絡まれてたんだ?」
ジーンが尋ねる。
ホークはラツィラスに借りた制服を着たまま部屋のソファーに腰かけていた。それを、それぞれ自分たちのベッドに座ったラツィラスとジーンが眺めている。
「濡れ衣だ。………いや、はめられたのか。道を歩いてたら知らない男たちに『落とし物』だって言って鞄を渡されたんだよ。それでつい受け取っちまって、そいつらはいろいろ荷物を持ってて急いで走って行っちまうし。とりあえず役所に持ってくか、って思ってはいたんだ。けど何が入ってんのか気になって、歩きながら中を探ってたら………」
「持ち主登場ってことだね」
ラツィラスは困った顔をしつつ、クスリと笑む。
「ああ」
ホークは息をついた。
「俺がどう否定したって、荷物をあさってたのを見られたから信じようとしないし。しかもあいつらときたら、馬車に積んでた荷物もろもろパクられてたみたいで『他の荷はどこだ。仲間はどこだ』って。俺が何言っても仲間をかばって隠してるようにしか聞こえないんだ。散々だった………」
「ご愁傷さま」と、本当にそう思ってるのかいないのかわからないトーンでジーンが投げかける。希薄な訳ではない。単にそう言う人柄なのだ。人並みに同情をしているが、それがあまり表に出ない。勿論本人に気持ちを隠そうとしているつもりもない。ホークも何となくそれを感じてきているので、嫌な顔をせず言葉を受けとる。
「それで、ホークはどうするつもりだったの? その人たちに絡まれなかったらどこに行く予定で王都に?」
ラツィラスに問われ、ホークは視線を落とした。少し黙り込んだのち、困ったように口を開く。
「それが、特に決めてない」
「それはどういう?」
「俺、逃げてきたんだよ。逃げることが第一の目的だったから、それが成功して、少し考える時間が欲しかった」
「誰から逃げてきたの?」
「『ご主人様』」
その言葉からは心底ウンザリするような気配がうかがえた。
「俺さ、商人に売られたんだ。この大陸を南から北へ往復してる商人なんだ。北に行くまでに奴隷を集めて、北の港で売ってるんだ。売られた奴隷は北の大陸に運ばれてく。あっちは今人不足らしいから。……………けど、俺の目が珍しかったのか、俺が売られて一度目の港では北に運ばれなかった。下っ端としてこき使われて、来た道を戻る感じで南に横断したんだ。折り返してまた北に向かう途中、隙を見て逃げ出した。正直あいつのことも大嫌いだった。北に売るわけでもないくせに、ろくに飯もくれない。なのに散々こき使う。赤い目が体が強いとはいえ限度があるだろ。飢えと疲れで、本当に死ぬかと思ったんだ。それで逃げてきた」
「………大変だったね。魔術とかは大丈夫だったの?」
「縛りの魔術か? そこはいろいろあってな。今はもう大丈夫だ。出てくるときに壊してきた」
そこでホークは「あ」と声を上げ、自分の衣服に手を突っ込み何かを取り出す。手に持っていたのは高価そうな宝石細工のブローチだった。薄くカットした宝石を八枚、丸く連ねて花びらに見立てた、紫の花のブローチ。
—―—『あれがあなたの主人? ………もう一度、逃げちゃえば?』
「はい」とブローチを握らされた。逃げる気概があるなら、これを売って足しにしろと、あの時の彼女の声が脳裏によみがえる。
「俺、この前に一回脱走して失敗してるんだ。そろそろ本当に死ぬかもしれないって思って考えなしに逃げて。………けど縛りの魔術がかけられてたから一定の距離を離れた辺りで苦しくなって。体力もないうえに魔術の追い打ちで本当に死んだと思ったんだけど、そん時助けてくれた人がいてさ」
ラツィラスは首をかしぎ、ジーンは座ったまま先を待つように黙ってホークに視線をやっていた。
「なあ、お前らミクレーのお嬢様って知らねえ?」
***
「は? 湖に沈んだ町? 貴様何を言ってるんだ。あの辺りにそんな物はない」
ガルカの言葉にアルベラは眉を顰める。
(それは、まだ存在しないって事? それとも秘境とか?)
「じゃあ祠とか、化け物が出るとか、そういう土地はない? それかその辺りにある魔族の集落とか」
ガルカは金の眼を細めアルベラを観察するように眺める。
「知らないな」
「八郎」
アルベラが片手をあげると、後ろで八郎が「アイサ」と返事をし武器を構える。
「貴様! 嘘じゃない、本当だぞ!」
ガルカは憤慨したようだが、自分がすでに奴隷としての枷をはめれていてどうしようもないことを思い出した。
「大体、知ってようが知ってなかろうが、それらに本気で答えて俺に何になる? どうせ死ぬのだろう? なら事実も嘘も俺には変わらん。結果は死だ」
自嘲する少年に、アルベラ自信ありげに、どや顔に近い笑顔を浮かべて見せた。
「それが、どうかしら?」
意図を探る視線が向けられる。
「私、もしかしたらあなたを救えるかも。………私のパパ、すっごい偉いの」
ふふん、といやらしい笑顔を浮かべる。
欲しいから、縋って見せましょ親の権力。と、どこかの武将様達がうたった鳴かぬホトトギスの語呂で、アルベラの脳裏に言葉が浮かんだ。
「お父様、私のお願いなら何でも聞いてくれちゃう親バカだから、『ガルカを助けて』って私が言えば簡単に逃してくれちゃうかも~?」
(嘘ね)
(嘘でござるな)
アルベラの父が公爵であり世にいう偉い人で、大の親バカであるのは確かだ。しかし、私情を仕事に持ち込むほど甘い人間でないのをエリーも八郎も察していた。この街に住んで二年近く、ファミリーと絡み、町の裏事情を聞く機会も多いとなれば流石に、だ。
魔族の少年はじっとアルベラを見つめ、沈黙する。
どうやら、先ほどのアルベラの言葉は命の惜しい魔族の彼にはそこそこ響いたらしい。
ガルカはじっとアルベラを見据え、「わかった」と口の端を吊り上げた。
「では、貴様の言う通り、役人につきだされた後俺が生きていたようなら知っている事を教えてやろう」
つまり、知りたければ助けてみろ、ということだ。
「………ちっ」
アルベラはこの部屋の誰にも聞こえる大きさで舌を打つ。
「あーあ。死ぬ前にいろいろ聞けると思ったのにざんねーん。ほら、行きましょ。もうお昼も過ぎてるし、こいつ突き出してご飯食べてツーのおじさまのところにいざ出じーん!」
アルベラの言葉に、エリーはガルカを外に運び出す準備を始める。
一人でも十分担げるはずだが、せっかく人手があるので八郎と持ちやすいように整えるようだ。
「貴様! 嘘なら嘘でもっとつき通して見せたらどうだ!! 死に行く俺に対して人の癖に軽薄ではないのか?!」
「煩い煩い! 小生意気な魔族なんてお役人にさっさと渡してやるんだから! 欲しい情報なら他の方法で見つけてやりますー」
「そうね~。私もお嬢様の意見にさんせ~い♪ 魔族に頼るなんて安心できないもの。そこらの詐欺師と話してる方がよっぽど気楽だわ」
「拙者は割と交渉の余地あると思ったんでござるがなぁ。ま、ガルカ殿は運がなかったということで、ご武運を祈るでござる」
エリーと八郎は「よいしょ」とガルカを持ち上げる。その様にアルベラが「お~………」と何とも言えない声を上げた。
「お、おい、貴様ら! 俺をそういう風に持つのはやめろ! おろせ! 自分で歩く!!」
「いいからいいから~、遠慮しないで」
にしし、と明らかに馬鹿にするような少女の笑顔にイラっとしつつ、ガルカはどうにか縄を解けないかと体を動かす。だが、枷に魔力を封じられ無理やり人の姿に押さえつけられている状態では、普段なら簡単に引きちぎれる様な普通の縄でさえ破るのは不可能のようだ。
「く、くそー!」
だらんと脱力し、絶望の声を上げるガルカ。
(面白いもの見つけたなー。一応お父様には聞いといてみよう)
アルベラは桶からスーを回収すると、少年を運び出すエリーと八郎の後について役所に向かった。
役所では、豚の丸焼きのように棒に縛り付けられぶら下げられた少年が担ぎ込まれ、場は一時騒然となった。
0
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
最強チート承りました。では、我慢はいたしません!
しののめ あき
ファンタジー
神託が下りまして、今日から神の愛し子です!〜最強チート承りました!では、我慢はいたしません!〜
と、いうタイトルで12月8日にアルファポリス様より書籍発売されます!
3万字程の加筆と修正をさせて頂いております。
ぜひ、読んで頂ければ嬉しいです!
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
非常に申し訳ない…
と、言ったのは、立派な白髭の仙人みたいな人だろうか?
色々手違いがあって…
と、目を逸らしたのは、そちらのピンク色の髪の女の人だっけ?
代わりにといってはなんだけど…
と、眉を下げながら申し訳なさそうな顔をしたのは、手前の黒髪イケメン?
私の周りをぐるっと8人に囲まれて、謝罪を受けている事は分かった。
なんの謝罪だっけ?
そして、最後に言われた言葉
どうか、幸せになって(くれ)
んん?
弩級最強チート公爵令嬢が爆誕致します。
※同タイトルの掲載不可との事で、1.2.番外編をまとめる作業をします
完了後、更新開始致しますのでよろしくお願いします
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる