アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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二章 水底に沈む玉

128、玉の回収 12(ホークの回復) 

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 白いカーテンに囲まれた空間。

 ホークは目を覚まし、暫し呆然としていた。

 頭の中は真っ白で、「思い出し方」さえも忘れていた。

 のろのろと身を起こし、とりあえず右手のカーテンを退けてみる。

「………………………………レ………ン………?」

 隣にいるのは「彼」の妹だった。随分とやつれていたが、顔の傷は手当されている。清潔な寝具と静かな室内からも、ここが安全な場所であることが分かった。

 安全? なぜそんな事気にしてるんだ。

 自分は何を警戒して、そんなことを思ったんだ?

 ホークの思考が、ゆっくりと動き始める。一番新しい記憶が、その光景が、思い出されるとともに体が震えた。

「あ、……………あぁ………………………………」

 両手で顔を覆うが、急いでその手をひっこめる。力の抜けた両足を、何とかベッドから降ろした。

 弱弱しい足取りで、個室のようになっていたカーテンの囲いの中から出る。見回してみると、自分の居たベッドの列には他に五つの個室があった。その正面に並列して、六つの個室。計一二個のベッドが、カーテンに仕切られ並んでいた。

 ホークはそのカーテンを、手近なものから全て開けていく。寝ている「彼」の姿を必死に探す。

 知らない子供。

 知らない子供。

 食事を共にした、あの施設の三人の少年少女。

 知らない子供。

 知らない子供。

 知らない子供————————

 すべてのベッドを見るが、眠る「彼」の姿を見つけることはできなかった。

「そ、んな………………………ヴィオン」

 不衛生な部屋で横たわる友の姿。口や服に着いた大量の血。白い顔。あの気にくわない男が、笑いながら吐いた一言。

 記憶がはっきりしてくる。

 あの光景も、あの施設の事も。望んでなんかいないのに、もう全てが鮮明に思い出すことができた。

「………………ヴィ、オン………………ヴィオン………………………………嘘だ、いやだ………いやだ………………」

 ホークは膝をつき、涙を流す。ぼやける視界の端、部屋の扉が開くのが見えた。 

「ホーク………!」

 聞き覚えのある男の声。

 ホークは顔をあげた。体格のいい、白髪交じりの男性のシルエットが見える。

「ガミッサ、さん」

 ホークの体がこわばる。村での農夫との出来事が頭をよぎり、咄嗟に体に力が入ってしまった。

「ホーク! 良かった。目を覚ましたのね」

 その後ろから、ライラギの施設長も現れる。

 ガミッサがホークの体を支え、ベットへと連れて行った。

 ホークは体の緊張が増した。騙され、罵られ、殴られた記憶が頭に張り付いて離れない。あの農夫の姿が、目の前の男とどうしても被ってしまう。

 厳つい男は、ホークをベッドに座らせ、顔を覗き込む。そして息をつく。

「良かったな」

 彼は無遠慮に、少年の頭を、自分の肩に押し付けるように抱きしめた。

 ホークは更に強張り、目を見開く。

「は、………なにを」

「本当に、良く、生きて残った………よく生きてた………………よくやった。よく耐えた………………………………」

 しわがれた低い声が、絞り出された様に静かにそう言った。

「あらあら、」

 院長はそれを見て笑う。

「ガミッサさん、ホークが怖がってますよ」

「怖がる?」

 訝し気に返し、硬直した少年を見て息をつく。

「………悪かったな」

 そういって頭に手を乗せ、彼はお茶を準備し始めた。

 お湯を沸騰させる魔術は、相変わらずお手の物だ。 

 施設長は、柔らかい瞳をホークへ向け、その手を取った。

 ホークは何故か、その手を握り返すことができなかった。彼女の手から、そっと自分の手を引き抜き顔を背ける。

 一人になりたい。できれば大人の居ない空間に行きたい。ここ数日の記憶はないが、そんな気持ちだけは色濃く残っていた。

「ホーク。村の事、少し前にお城から報告が来て、ある程度聞きました。それに伴って、あの村の施設を調べて下さった方がいたみたいでね………。あなたの行った施設についても、色々聞いたわ………」

「そう、ですか………」

 あの全てが現実だったのだと、他の人間の口からききたくはなかった。人の口からきいてしまえば、その事実が裏打ちされてしまったようで。もしかしたら幻だったのかも、と思い込む余地さへも失ってしまうようで怖かった。

 だが、怖いが、知りたい………。だって、もしかしたら自分が勘違いしているかもしれないから。もしかしたら、最後のあの記憶の後。自分の知らない出来事が起こっているかもしれないから。だから、つい聞いてしまった。

「ヴィオン、は………、どこに居ますか?」

 施設長は目を伏せた。その仕草だけで十分だった。自分で尋ねた癖に、その先は聞きたくないと思ってしまう。

「あの子は、……………………亡くなりました」

 ホークの肌が泡立つ。全身の力や体温が、一瞬で奪われた様にも感じた。

「内臓に傷がついてて、そこから悪いものが入ってしまってたんですって………………………。体は、もう綺麗になって、町へ帰ってきてるわ。いつでも挨拶しに行ってあげて」

 聞くんじゃなかった………。

 その言葉に、逃げられない事実に、また涙が出てくる。

 どうして助けられなかったのか、どうして死ななくてはならなかったのか。考えてもどうしようもないのに、頭の中で「嫌だ」という言葉と共に、「どうして、どうして、」という問いが繰り返された。

 施設長とガミッサさんは、ホークが泣き終わるまで静かに待っていた。

 正直、どこかに行って欲しいと思った。

 とにかく大人が近くにいるという事が嫌だった。あんなに好きだったのに、ライラギの施設の人たちは悪くないと分かっているのに。大人への嫌悪感が、心の中に、不自然に色濃く残っていた。

「施設長………」

 ホークは涙をぬぐいながら、小さな声を出す。

「俺、皆ともう、暮らせない………嫌なんだ。人といるの。………他人が………大人が、信用できる気がしない」

 それに、人との別れを甘く見ていた。こんなに酷く辛い思いは、もううんざりだ。もしもまた同じようなことが起きたら、自分はもう生きる気力を失ってしまうかもしれない。

「ホーク………」

 ガミッサが、施設長とホークへお茶を差し出す。

「人が怖いか? もう誰とも仲良くせず、一人で生きたいと思うか?」

 ホークは目を合わせずに頷く。

「………………ここだけの話な」

 ガミッサは、院長へ意味深な視線をやった。施設長は「まあ」と言ってほほ笑む。

「俺はな、元貴族だったんだ。もう領地も何もないがな。十数年前までは伯爵だった」

 院長は悪戯気に指を立てて「秘密よ?」と微笑む。

 何の話だろう。ホークは渡された紅茶を眺めた。

「息子がな、お前と同じ赤い目だったんだ」

 ホークの耳は、ガミッサの言葉にひき付けられる。

「ニセモノ、偽眼ぎがん。あいつが小さい頃は苦労した。あいつとも、周りとも、どう付き合ったらいいか考えたものだ。妻と私は、あいつの目を隠すことにした。日の光に弱い病と言って、目に布を巻いてな。息子が偽眼なことは、屋敷の使用人にも隠した。そして、普通に学校に行かせ、目を隠す以外は普通に育てた。何もなければ、私の後も息子に継がせるつもりだった。………すまん。思ったより上手く話せないものだな」

 ガミッサは紅茶を口に運び、少し考えると、また口を開いた。

「………爵位っていうのは、王様が、好きに与えたり取り上げりすることができる物なんだ。だがな、幾つかの条件が揃えば、王様じゃな無くても奪う事ができる。与えることはできないがな。………証拠を集め、事実を証明し、その都や町の上層の者達から承諾のサインをもらってな。………………ある時、息子の目の事がばれたんだ。俺を嫌う輩は喜んで息子を標的にしたさ。あと、単純な差別派もな。奴等は息子を吊し上げた。そりゃあもう楽しげにな。息子は無い罪を擦り付けられ、罪人にされ、俺は爵位を取り上げられた。……………罪人である息子は、爵位はく奪後に処刑されることになった」

「しょ、しょけい、って………」

 ガミッサは低く、あざ笑うかのような声を上げる。

「………『そういうことになっている』というだけだ。処刑はあったがな。本当に処刑されたのは息子じゃない。順番待ちの本物の犯罪者を替え玉にしたんだ。息子は離れた地で、平穏に暮らしている。妻と共にな。結婚もした。家族皆、ありがたい事に、不自由なく生活している」

「貴族界隈ではね、家族も全員命を絶ったという事になっているらしいの」

 施設長が世間話でもするように、朗らかな声で笑う。

 ガミッサも、嫌な顔せず軽く返す。

「一家心中など、下らん戯言を………。まあ、それも過去の話だ。あの時の奴らの大半は、既に貴族じゃない。主犯格の奴は、実際に犯した罪が暴かれて処刑されたしな」

「そんな。話………。俺に何の関係が」

「分かるだろ」

 ガミッタがホークの目を見る。ホークは、今見られてるのは自分ではなく、この瞳そのものなんだろうと感じた。

「俺は、自分の身の上話がしたい訳じゃない」

「じゃあ、何を」

 ホークは呆然とガミッサを見上げる。

「諦めるな」

 ガミッサから、力強い視線が向けられていた。

「他人や世間に絶望するな」

「そ、れは………」

 あの村の事を思い出す。居なくなってしまった、友の事を思い出す。

「そんなの、無理だ」

「確かにな、怖いだろうさ………。逃げるのも悪い事じゃない。だが、それはいつでもできる。もう少し後の最終手段にしておけ。………………確かに俺の息子は処刑されるに至った。けどな。それを助けたのも人だ。息子が信頼し、信頼してくれた友人達だ。世の中の価値観を知りながら、揺るがない『個人的な価値観』を持つ奴っていうのは居るんだよ。そいつらはな、息子の目ではなく、息子自信を見てくれた。目の色関係なく、息子を慕ってくれた。息子の言葉に耳を貸し、信じてくれた。だから俺もこうして生きている。全てを否定して閉ざしていたら、本当に俺の息子は処刑されていた。俺たちも生きていなかったかもしれない。だから、」

 ホークが顔をあげると、ガミッサは先ほどと変わらず、真っすぐに自分を見つめていた。そして頼み込むような声を絞り出す。

「………お前は信用できる奴を沢山作れ。そいつらからも、信用されるような人間になれ。大変だろうがな。………だが、そうすればきっと、人を避けて生きるお前より、良い人生を送れるだろうよ。たくさん助けてもらえ。お前もたくさん友達を助けてやるんだ。………………人を信じるってのは怖いかもしれないが、………人の世で生きるってのはそういうものだ」

 ホークは唇をかみしめ、涙を流す。今日はいったい何度泣くのだろう、と頭の片隅で思う。

 あの施設で、ヴィオンやレーンに憧れた気持ちを思い出す。





 ―――俺もあいつらみたいになりたかった。

 窓を開けただけで喜んでいた少年や、待ってると言っていた少年を思い出す。自分の手で、助けてやることが出来なかった彼ら。

 ―――気持ちだけでは、どうにもできないこともあると知った。

 じゃあ、ここでもう全てを諦めて、心を閉ざしてしまおうか? 何もせず、誰ともかかわらず、心を動かさず。

(——————そんなの、今までと何も変わらないじゃないか)

 母親を見て、周辺の奴らを見て、哀れな姉を見て。人に絶望していたのを、出会った人たちが変えてくれた。あの人や、ジーンやラツィラス、ヴィオンやライラギの人達。彼らが折角変えてくれた価値観を、また戻してしまうのか? ヴィオンが変えてくれたものを、捨ててしまうのか? そうやってヴィオンの死までも、記憶から捨ててしまえば、楽になれるとでも思っているのか?

(違う! 俺があいつから貰ったのは、そんな軽々しく捨てられるものじゃ——————)





 黙りこくってしまった少年をみて、ガミッサは、自分の話はどう聞こえたのだろう、と考えた。

 自分の妻、それに施設長。彼女等から、自分はよく「言葉が足らない」と叱られた。だから周りを怖がらせる気があるのだ、気を付けろ、と。

 今回は、いつもより、ちゃんと分かりやすいように、丁寧に話したつもりだったが。自分はこの少年に、伝えたいことを伝えられたのだろうか。

(………所詮言葉だ)

 淹れた紅茶を飲み干して、席を立とうとした。 

「ガミッサさん」

 名前を呼ばれ、少年へ視線を移す。

「………ありがとう」

 彼は、弱弱しくだが笑って見せた。

 ガミッサの唇が僅かに開かれ、直ぐに閉じられる。彼はガシガシと自分の頭を掻くと、「………ゆっくり休めよ」と言って部屋を出て行った。

(ガミッサさん。やればできるじゃない)

 傍で話を聞いていた施設長は、やわらかく微笑む。

「そうそう。ライラギだけどね、民間のどこかの研究者さんが、汚染の元になってる毒素を中和する薬液を開発して、町に無料提供してくださったの。…………もう少しで、皆あの家に戻れるわ」

「はい、…………また、よろしくお願いします」

 ホークは、顔を隠すように頭を下げる。

 もう少しで帰れた。

 その言葉に、悔しさが沸き上がる。同時に、小さな喜びと、罪悪感を感じてしまう。どんな顔をしたらいいか分からなかった。

 施設長は「………優しい子」と呟き、血の繋がりのない大切な「孫」の頭に、しわくちゃで温かい手をのせる。





 開いたままの扉の外。

 壁に背を預け、アルベラは斜め上の天井と壁の境目を眺めていた。

 今しがた部屋から出て行った男性の背が、視界の端から消えていく。

(『人の世で生きるってのはそういうものだ』か。素敵ね。………………これまた色々と突き刺さるなぁ)

「お嬢様、入らなくていいんですか?」

 エリーもアルベラの隣に並び、壁に背を預け尋ねる。

「うーうん」

 アルベラは首を振った。

「なんか入りづらい空気だし、今度にする。その花、『この部屋に』って伝えて、スタッフの人にでも渡しておいて」

「分かりました。予定より早く終わっちゃいましたね。早めに向かわれます?」

「そうね。早めに行って見学を楽しみましょう」

「承知いたしました」

 エリーは花を持って受付の元へと向かう。

 アルベラは、この後、中等部の敷地を案内すると、ラツィラスから招かれていた。序でにお茶でも飲みながら、是非あの村の一件について話を聞かせてほしいとのご要望だ。

(どっちが『ついで』なんだか…………。適当に煙に巻いて、適当に解散できればいいけど。…………………………………ま、学園が見れるのは嬉しい事か。どんな感じか見てみたかったし)



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