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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
184、学園の日々 14(初級騎馬と初級体術)
しおりを挟む「うあああああああ! なあぁぁんでえええ゛ーーーー!!」
騎馬の授業、中級クラスにて。
ユリは暴れる馬にしがみ付き、振り落とされないよう必死に耐えていた。
入学してからひと月半が経ったが、ユリにはこの騎馬の授業で一度も無事に馬に乗りきれた記憶がなかった。
穏やかだった馬が突然驚いて立ち上がってしまったり、かと思えば突然授業の間に深い眠りについてしまったり。毒虫に噛まれて痺れて倒れてしまう事もあった。その毒虫は温室で飼われていた、授業用に準備していた物らしく、誰かが悪戯で持ち出した形跡が見つかり担当教員はユリに深く謝罪した。その生徒も直ぐに見つかったらしく、学内の清掃と減点という形で罰を受けたようだ。
そんな幾つかの例のように、彼女の乗っていた馬が突然暴れ出し授業が一時中断されるというのは毎回の事なのだ。
今日はと言えば―――
「おい! どこ行く!!」とユリの後ろから教師の声が聞こえた
「ど、どこって……」
突然の浮遊感がユリを襲い、彼女は「ひゅっ」と息をのむ。直ぐにがくりと体は揺れて、着地と共に鞍からずれ落ちそうになった体を気合いで持たせた。
「……っん!」
(し、舌噛むかと思った……!)
馬が高々と柵を飛び越えたのだ。そのまま減速することなく前方に見える木々へと突っ込んでいく。
授業用の厩と馬の運動場は、通常の運動場と隣り合ったスペースにある。二種類の運動場の境には小さな林が設けられており、今馬が突っ込んだのはその林だ。
「ユ、ユリィー?!」
リドはユリの消えていった方林の方へ馬を寄せ、友人を追いに行こうと馬を下りて柵の外に出ようとする。
「待ちなさいロイッタ!」
担当教員のフォイスマイ・ノウルが引き留める。
「警備の者たちに行かせます。あなたは授業に戻りなさい」
リドは聞こえて来た鎧の音と、もう一人の担当教員が説メイルする声を聞き「はい」と頷く。
馬に乗り、再度ユリが消えていった林の方を見る。
多分、騎士達が向かう頃にはユリはあの林を抜けて隣の運動場へと乱入している事だろう。
後ろからくすくすと、数人の生徒たちの笑い声が聞こえリドは眉を寄せる。
せめて、あちら側で多クラスや上級生が授業を行っていなければいいのだが。
(ユリ……ご武運……!)
リドは友の無事を心の中で祈り、授業へと戻った。
(なんで、私、旅の間ずっと馬といたし、乗馬は全然得意なのにぃぃぃぃぃ!!!)
なんでも何も、誰かの嫌がらせだからこの様ざまなのだと分かっていた。
学園の騎馬の授業は初級、中級、上級の三クラスに分かれる。魔術学も同じ分け方で三クラスだ。
初級は全く乗れない者、乗ったことのない者達が振り分けられる。中級は経験者が集められ、上級は馬に乗れ、プラス魔力の共有ができる者達が振り分けられていた。
馬の扱いには自信があるが、魔力の制御がうまくできないユリは他への魔力の共有などまだできるはずもなく、それ故に中級クラスだった。
(馬には乗れるから、この授業の単位は大丈夫って安心してたのに……! 何?! どこに行くの?!)
除雪のされていない木々の中、馬は徐々に減速していた。だが決して脚を止めようとしない。何かから逃げまどっているように必死に走っていた。
もしかしたら幻覚でも見ているのかもしれない。
ユリが必死にしがみついている中、視界が開け、馬は隣の運動場へと抜けていた。
(え、えええ……、じゅ、授業やってる……)
木々を走り抜けてきた馬に、生徒たちのざわめく声が聞こえた。
必修講義が入る時間というのは、そのクラスに振り分けられてない者達の選択科目の時間だ。今回で言えば必修である騎馬の中級クラスに振り分けられていない、初級や上級クラスの生徒たちは選択科目の授業をしていることになる。
運動場にいるのが上級生等可能性もあったのだが、ユリの視界に同級生の特待生仲間、クレア・テンウィルとイレブィー・ヒフマスの姿が入り、同級生たちの授業に乱入したことが確定した。
彼女たちは「ユーリィ?!」と驚いた声を上げていた。
(ああ……同級生に情けない姿見られた……。先輩に見られてもやだけど……)
ユリは馬にしがみつく中、ふとそんな事を思う。
(ていうかこれ早く止めなきゃなのに!!)
頑張って手綱を握るも、それを引いたりどうのする余裕はなかった。
「きゃあ!」
馬が前足を大きく振り上げる。ユリの体が地面とほぼ平行になり、そのまま馬の背から振り落とされた。
「危ない!」と誰かが叫ぶ。
ユリは咄嗟に目を閉じていた。
(あれ?)
何かに受け止められたような感覚に目を開ける。
辺りには高価な香木にも似た心地よい香り漂い、場違いにユリの心は穏やかになっていた。
自分を覗きこむ人影があり、彼女はぼんやりとした頭でその人物を見上げた。
「……キリエ様?」
キリエはユリと目が合い「良かった」とほほ笑む。
「ユリ! 大丈夫か?!」
「ミーヴァ? ……あ」
ユリは「はっ」と我に返る。
駆け付けて来た幼馴染の姿に、自分の下がどうなっているのかようやく気付いた。丸い葉をもつキノコのような植物が、幾つも垂直に地面から生えクッションとなっていたのだ。
「葉っぱ……」
深みのある甘い香りはもう感じない。この葉が生えた時の瞬間的なものだったのだろうか? とユリは思案する。
「流石ミーヴァだよね。痛いとこない?」
「は、はい」
「大丈夫か?!」
息を切らし、ミーヴァはユリに手を差し出した。
「うん。私は何とも」
「ありがとうキリエ」とミーヴァは直ぐに駆け付けてくれた友人へ目をやる。
「いいや。俺は何も」
本当に何もできず、更には実は少し恥ずかしい思いをしていたキリエは苦笑を零した。
(何今の……)
選択科目の基礎体術の授業。
アルベラは馬で乱入してきたユリと、彼女の周囲で起きた出来事に呆れたように目を据わらせていた。
アルベラが見ていた流れはこうだ。
ユリが暴れ馬に乗り林から出て来た。そこにミーヴァがいち早く気付き、何か魔法を放って、物凄い速さで宙に印を幾つか描いた。
いつの間にかアルベラの近くにいたキリエが、足に電気を纏ってあちらへと駆けていた。ユリが振り落とされ、キリエがそれを受け止めるか……と思った瞬間、ユリの下にボフっと植物が生え、キリエが急ブレーキをしてつんのめった。
(うーん……)
アルベラは腕を組み顎に手を当てる。
(……元ネタの方のイベントか?)
アルベラがいぶかし気に見守る中、ミーヴァが担当教員に指示されてユリを保健室に連れていく事となっていた。
そこへ、先ほどのキリエのように其々のやり方でスピードを付けた二人の騎士が木々の中から飛び出してきて、近くにいた生徒や教員を驚かせていた。
どうやら馬を追ってきたようで、無事に馬から降りて保健室に向かおうとしていたユリと、少し離れた場所で深い眠りについていた馬を見て安心しているようだ。
ペアになり体術を練習していた女子生徒が、アルベラへ話しかける。
「びっくりしましたわね」
「ええ」
「あれ、平民の特待生ですよね。馬があんなに暴れるなんて……一体どういう扱いをしたんでしょうね」
彼女は今年から騎士見習いとなったご令嬢だった。馬の扱いをよく知る彼女は、ユリの有様にとても呆れているようだ。
騎馬と魔法学のクラスがアルベラと同じ彼女は、選択科目の中でも優雅とは言い難いジャンルの、この基礎体術の授業をわざわざ選んだ公爵ご令嬢に興味があるようだ。
この授業でペアを組む際に、アルベラへ積極的に声をかけに来てくれる相手だった。
「本当にどうしたんでしょうね。……けど、怪我人が出なかったようで良かったですわね」
にこりとアルベラが微笑むと、彼女もつられて「ええ」と笑う。
「そういえば、ディオール様も何か魔法を使おうとしていたみたいですが、彼女を助けようと?」
「……あら。いいえ。ちょっと驚いて。ただの反射です。まだまだ未熟なもので」
感情の高ぶりや驚きで、魔力が出て体の一部に光がともってしまう現象は大人でもたまにあることだ。
アルベラの言葉に、騎士見習いの彼女は「そうでしたか。私もたまにあります」と苦笑した。
「良かったわね。ユリ、ぴんぴんしてるみたい」
平民特待生のテンウィルが、同じ特待生仲間のヒフマスに安心したように笑いかける。
「……嘘だ」
「え?」
小声で呟いたヒフマスに、テンウィルは何の話か首をかしぐ。
「あの人、驚いたにしては魔力の反応長かったよ。あの長さで何もしてないなんて絶対ありない」
近くでペアのご令嬢と話をしているアルベラをみて、ヒフマスはぷくっと頬を膨らませた。
「ユリ、この間は綺麗にまとめたノートぐちゃぐちゃにされてたし、この間は貰ったっていう意味わかんない悪趣味な魔術具の玩具、触る前に壊されてた。悪趣味だから正直壊れてよかったけど……」
「えと……何の話?」
テンウィルは困った笑みを浮かべ首をかしげる。
馬の乱入で授業は一旦止まったものの、初級体術の授業はその後滞りなく終わった。この日の午前の授業はこれで終わりだ。皆お腹を空かせ、昼食をとるべく食堂へと向かう。
「あの」
(ん……?)
緊張交じりの小さな声。アルベラは後ろを振り返った。
少し離れた場所で不安な表情を浮かべる特待生と目が合うも、彼女は慌てて首を振った。
(気のせい……?)
アルベラは前へ向き直る。
隣にはキリエがおり、「アルベラ……」と苦笑していた。
共に学食に向かおうとしていた騎士見習いのご令嬢、ベッティーナも困ったようにアルベラを見ていた。
「気のせいとかじゃないですよ?! あの!! ディオール様?! 聞こえてましたよね?!」
アルベラはやや憤慨しているような声にもう一度振り、更に視線を落とした。
「流石に『小さくて見えなかった』とかありえない事おっしゃいませんよね?!」
ぷくりと頬を膨らませ、涙目になって見上げてくる少女の姿に、アルベラは「あ……」と気まずそうな声を漏らす。
(本当に見えなかった……)
「……あ、ええ。冗談。冗談ですわ」
「なんで目が泳いでるんですか!!」
感情が高ぶっている様子のヒフマスへ、テンウィルが抑えるように彼女の両肩に手を置いて頭を下げる。
「失礼しました。ディオール様。私、特待生のクレア・テンウィルと申します。こちらは、同じく特待生のイレブィー・ヒフマスです」
「ほら、イレヴィー」と肩を押され、ヒフマスは「ヒフマスと申します」と頬を膨らませながら名乗った。
幼い彼女の挙動に「同級生だったよな?」とアルベラは首をかしげる。
「テンウィル様、ヒフマス様、お疲れ様です。改めまして、アルベラ・ディオールです。よろしくお願いいたします。……それで、何か御用でしょうか?」
アルベラが上品に挨拶をし、上品に微笑みかけると、ヒフマスは「うぐっ……!」と苦し気な声を上げる。
(イレヴィー……空気でもう負けてる)
テンウィルが友人の様子に苦笑する。
ヒフマスは取り繕うようにぎこちない笑みを浮かべ、アルベラを見上げた。
「あのディオール様。先ほど魔法を使っていらっしゃったようですが」
「いいえ。使ってませんわよ?」
「……」
アルベラの柔らかい笑みとヒフマスの引きつった笑みがぶつかる。
「ですが灯ともりが」
「驚いただけです」
「……」
ヒフマスは心の中で「もおーーーーー!」と叫び地団駄を踏んだ。
納得したくない。そんな様子のヒフマスに、アルベラはそっと息をついた。
先ほど確かに魔法は使った。
だが、その効果は誰にも気づかれていないのだから、それならそのままにしておきたかった。
(魔法で馬眠らせただけだし……)
アルベラは腰に下げた小さな鞄に手を当てる。
そこには持ち歩き用の小さな香水と共に、馬を落ち着かせる効果のあるお香が入っていた。
前にジーンが馬を鎮めてくれた時、これを使ったのだと教えてくれたのだ。
(普通に使っても効果てきめんだったから、魔法で使ったらどうなるのか気になってやってみたわけだけど……寝たな)
もともと、このお香の効果を見た後、安眠効果のある香水かしびれ効果のある香水を使い馬を鎮めようとは思っていたのだが……それを使うまでもなかった。
先ほどまで怯えるように興奮していた馬が、今やすっかり安心しきったように眠りについている。
騎士に連れられた馬の世話係が、馬のもとに駆け付けているのを眺めながら、アルベラはお香の効果に感心していた。
「あ、あの!」
意を決した様な声が聞こえ、アルベラはヒフマスへ視線を落とす。
「ディオール様が……ユリを、嫌っているという噂を聞きました!」
「あら……。それはまあ……」
困りましたわ、とでも言いたげにアルベラは頬に手を当てる。
「今日のあの馬の件とか、他の件とか、……何もご関係がないのでしたら、是非ディオール様ご本人のお言葉でそのように聞かせて頂いて良いでしょうか?」
「何て失礼な」とベッティーナが忌々し気に零し、テンウィルが「ごもっともです」と申し訳なさそうに返した。
アルベラは小さく首をかしぐと、「とりあえず軽く流すか」と答えを決める。
自分がユリをいじめているかどうかなど、今後の行動を見て勝手に判断して、勝手に好きとも嫌いとも評価してくれと思った。
「『私は無関係です』」
アルベラはさらりと答え、いかにも育ちのいいお嬢様な笑みを浮かべて見せる。
「は、はぁ……」とヒフマスは疑うような視線を彼女へ向ける。
(そういえばこの間、指示でよく分からない悪趣味な玩具壊したところ、この子に見られたんだっけ……。それでかな)
土偶と日本人形が合わさったような気味の悪い姿がアルベラの脳裏に蘇る。
(呪いの人形にしか見えなかったけど何だったんだろう。触っただけで首が取れたし、壊れた瞬間叫び声上げたし……)
思い出してゾッとするが、何はともあれ……。
今回は本当に関係がないのだ。アルベラは後ろめたさの微塵もなくヒフマスを見下ろす。
「さっきの馬、私が驚いて灯してしまう前から暴れていたでしょう? 魔法だって、ミーヴァとキリエの物以外展開された様子はなかったですし、どう見ても無関係では?」
「そう、ですけど。……馬がこっちに来たのは貴女が居たからじゃないか……って。魔力の灯りが出たのは、その状態を解除するために魔法をつかったのかな……とか」
ヒフマスの自信なさげな小さな声に、アルベラは何となく彼女がどんな想像をしたのか理解した。
ヒフマスは、馬の運動場側の誰かとアルベラが組んで事を起こしたと思ったのだ。
あちらの誰かが馬を錯乱させ、アルベラがこちらから馬を呼んだ……と。
(で。それでなんだ? 馬がこちらに来て……? ユリに嫌がらせしたいだけなら、あちらの運動場で馬が暴れるだけでも十分だし。うーん……)
「……醜態……………? 沢山の人に醜態を見せたいとか? 自らその醜態を拝んでやりたかったとか? そういう考えで私が企てたとお思いで……?」
「ひっ……やっぱりそういう事なんですか?」
「違いますわよ」とアルベラはニコリとほほ笑む。
「もういいかしら? 私はちゃんと『関係ない』と言いましたし」
「イ、イレヴィー……」
テンウィルがもう行こうね、と手招きをした。
ヒフマスは涙目でテンウィルを見て、ぶんぶんと首を振った。
(何で?!)
とテンウィルは肩を揺らして困惑する。
ヒフマスは唇を噛む。
(この人……やっぱり言葉だけじゃよく分からない……)
先ほどからヒフマスの頭には、祖父から、父から、言われて育った「人を見定める方法」が思い浮かんでいて離れなかった。
やろう。やるんだ。
彼女は覚悟を決めて鍔を飲む。
駄目なら駄目で仕方ない。もうあれを実践しないと、駄目でも仕方ないから頼むだけ頼んでみないと、自分の気はどうにも収まらなそうだ―――。
「あ、あのワタクシ……」
緊張した声にアルベラが視線を落とすと、視線の先でヒフマスはおびえるように小さく震えていた。
「小動物かな……?」とアルベラが見ていると、ヒフマスの睨みつけるような視線が返ってくる。
彼女は深く息を吐き、自分を落ち着かせるように目を瞑ると、流れるような動作で身構えてこう言った。
「よろしければ、ディオール様にお手合わせ頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
アルベラはにっこりとほほ笑んだまま「は?」と零した。
(え、なんで?)
と率直な疑問がアルベラの頭に浮かぶ。
キリエも事の流れに疑問を感じているようで、「ん?」という顔のまま固まっていた。
ベッティーナは「まあ」と驚いたように口に手を当て、アルベラと平民の特待生をみつめる。彼女の目には、平民への侮蔑の色もあるが、事の成り行きに興味を抱いたような色もある。「手合わせ」ときいて、騎士見習いとしての血が騒いでいるのだ。
(ああ……もう。イレヴィー……! なんで!)
テンウィルは彼女の袖を引き、心の中で涙を流していた。
ヒフマスは友人に袖を引かれ、がくがくと体を揺らしたまま胸を張る。
「ワ、ワタクシ、こんなちんちくりんですが、実家は道場を構えておりますの。腕には自信がありまして……是非、この機会に魔法や騎馬の技術に長けたディオール様の実力を見てみたいと思いまして。授業をご一緒して、全くの初心という訳でもなさそうでしたので」
ヒフマスの構えは、先ほどの体術の授業で教わった形ではない。これは彼女の祖父や父が、彼女が幼い頃から叩き込んできた構えだった。
「道場を……それはそれは…………」と、急な流れで真っ白になった頭で呟き、アルベラはハッと我に返る。
「それで馬やユリ様の話しはどこへ?」
「お願いいたします!」
「貴女さっきの馬の件の確認がしたかっただけのはずじゃ……」
「お願いいたします!!」
ヒフマスが真ん丸の瞳を潤ませ見上げてくる。
(まあ……手合わせ自体は別に……同じ年の子と腕試ししたことないし)
祖父が連れて来た年の近い騎士と手合わせはさせられたが、あれには明らかに実力差があったし、年が近いとはいえ年上だった。
この授業でも、まだ基本の動作を教わるだけで、実践的に人と組んで勝ち負けを決めるようなものはしていない。
やってもいいかな……、と思考が傾き始める。
(んーーーー…………。―――いやけどやっぱ急だな。急だ)
アルベラはしげしげとヒフマスを観察し、他のご令嬢からはこんなお誘い絶対に無いだろうなと考える。
(例えばOKしたとして……この子、このサイズ………………、エリーやティーチ姉さん程コテンパンにはされなさそう……。見てるのはこの数人。皆『不評』や『恥』として言いふらすタイプじゃない、かな………………。……ふむ)
アルベラは口元に弧を描く。
(この勝負、私は負けても何の損はない)
「ふっ」と口の端から小さく笑いを零すお嬢様は、優美とはかけ離れた顔をしていた。
(ヒッ……! なんて凶悪な笑顔を……!)
ヒフマスは下から見上げたそのご令嬢の表情に背筋を凍らせる。
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