35 / 89
第二章 静かに暮らしたいだけだったのに
34・すべてが始まる日
「アルヴェリオ様大変です!」
「何事だ」
レオポルドがノックもなしに執務室に飛び込んで来る。長年執事として男爵家に尽くしできた彼にあるまじき行動だ。
(アシュレイ絡みに違いない)
アルヴェリオは静かに机の上にペンを置いた。
「アシュレイ様が、海岸の街を出立されたそうです!夕刻にはこちらに着く予定ですがどういたしましょう?」
「……戻りはまだ先のはずだが、何かに勘づいたのか」
こんなことなら同行者に妬きもちを妬いているフリの一つでもしておけば良かった。アルヴェリオはため息をついて地図を広げた。
「姑息なアシュレイのことだ。周り道をして確実に着くように計画しているだろう」
リゾート地から男爵家に戻るには二つのルートがある。
一つは切り立った崖にある一本道を通る近道。
二つ目は森の中を通る、安全だが遠回りの道だ。
「……アシュレイたちが森に入ったら引き返せないように入り口を塞げ。途中で道が細くなる場所も石を積んでどちらからも出られないよう閉じ込めるんだ。……それから」
アルヴェリオは事細かに指示を出す。それを聞いたレオポルドは、主人の指示を遂行すべく部屋を後にした。
「あーあ、なんでアシュレイなんかに振り回されてるんです?」
聞き慣れた声。
アルヴェリオはそちらを見もせずに「うるさい」と呟いた。
「冷たいですね」
いつから潜んでいたのか、ブラウンがカーテンの影から姿を現した。
「……今日は何の用だ」
「舞踏会で王都に来たから寄っただけですよ。じゃあ俺はこれで」
「待て待て、本当に何をしに来たんだ。せっかく来たんだから何かあるだろうほら、その」
「その?」
「だからほら、元気かとか」
「あー俺ならすこぶる元気です。ありがとうございます」
「黙れ、誰もお前の心配なんてしてない」
「全く素直じゃないんだから、ライネル様は元気かと聞けばいいじゃないですか」
ブラウンはそう言うと、ソファーにどかっと腰下ろした。
(こいつ、本当に性格が悪い)
アルヴェリオに芽生えかけている小さな思いなどブラウンには全てお見通しなのだろう。
アルヴェリオは悔しい気持ちで、わざと乱暴に、ブラウンの前にお茶の入ったカップを置いた。
「……それでライネルは?変わりないか?」
「とってもお元気ですよ。ショー……あ、指輪を送った相手ですが、彼と一緒に一つ屋根の下に住んで、とても仲睦まじく過ごしています。それはもう見てるこっちが照れる位に二人は……」
「もういい」
ブラウンの言葉に、アルヴェリオはそっぽを向いて書類の積まれたデスクに腰掛けた。そして黙々と仕事を再開する。
「嘘ですよ、アルヴェリオ様。まぁ一緒に暮らして仲良くしてるっていうのはほんとなんですが」
「……じゃあ全部本当のことじゃないか」
手を止めることもなく、淡々とそう言い放つアルヴェリオに、ブラウンは、驚きの声を上げた。
「アルヴェリオ様、本当にライネル様のことを大事に思ってるんですね。安心しました」
「意味がわからない。なぜライネルを心配したら、お前が安心するんだ」
そんなアルヴェリオの言葉に、ブラウンは(両思いになるまでの道のりは遠そうだな)と親のような心境になった。
「ひとまず全員無事に王都に着きましたし、商品も全部持ってこられました。後は貴族たちの反応次第ですが、そこはライネル様がしっかりと説明をするでしょう」
「そうか」
アルヴェリオは男爵邸に来たばかりの頃のライネルを思い出していた。痩せて目ばかりが大きくボロボロの服を着ていた少年が、今や王都で高位貴族を相手に商売の話をするという。
「なんとか俺も行くようにするからそれまでしっかり頼んだぞ」
「わかってますよ。悪い虫一匹を寄せつけるようなことはしません」
(……ライネルが村に着くなり早々にショーとかいう大きな虫を寄せ付けることを許したくせに)
アルフレッドはそんな思いでブラウンをじっとりと眺めたが、当の本人はすました顔をして紅茶を飲んでいた。
(ライネルと離れて数ヶ月。
気にはかかるが、離れていれば忘れるだろうと思っていた。けれど、時間が経てば経つほど記憶は鮮明になり、会いたい思いは募るばかりだ)
アルヴェリオは、自分の中で彼の存在が大きなものになっていることを、認めざるをえなかった。
「何事だ」
レオポルドがノックもなしに執務室に飛び込んで来る。長年執事として男爵家に尽くしできた彼にあるまじき行動だ。
(アシュレイ絡みに違いない)
アルヴェリオは静かに机の上にペンを置いた。
「アシュレイ様が、海岸の街を出立されたそうです!夕刻にはこちらに着く予定ですがどういたしましょう?」
「……戻りはまだ先のはずだが、何かに勘づいたのか」
こんなことなら同行者に妬きもちを妬いているフリの一つでもしておけば良かった。アルヴェリオはため息をついて地図を広げた。
「姑息なアシュレイのことだ。周り道をして確実に着くように計画しているだろう」
リゾート地から男爵家に戻るには二つのルートがある。
一つは切り立った崖にある一本道を通る近道。
二つ目は森の中を通る、安全だが遠回りの道だ。
「……アシュレイたちが森に入ったら引き返せないように入り口を塞げ。途中で道が細くなる場所も石を積んでどちらからも出られないよう閉じ込めるんだ。……それから」
アルヴェリオは事細かに指示を出す。それを聞いたレオポルドは、主人の指示を遂行すべく部屋を後にした。
「あーあ、なんでアシュレイなんかに振り回されてるんです?」
聞き慣れた声。
アルヴェリオはそちらを見もせずに「うるさい」と呟いた。
「冷たいですね」
いつから潜んでいたのか、ブラウンがカーテンの影から姿を現した。
「……今日は何の用だ」
「舞踏会で王都に来たから寄っただけですよ。じゃあ俺はこれで」
「待て待て、本当に何をしに来たんだ。せっかく来たんだから何かあるだろうほら、その」
「その?」
「だからほら、元気かとか」
「あー俺ならすこぶる元気です。ありがとうございます」
「黙れ、誰もお前の心配なんてしてない」
「全く素直じゃないんだから、ライネル様は元気かと聞けばいいじゃないですか」
ブラウンはそう言うと、ソファーにどかっと腰下ろした。
(こいつ、本当に性格が悪い)
アルヴェリオに芽生えかけている小さな思いなどブラウンには全てお見通しなのだろう。
アルヴェリオは悔しい気持ちで、わざと乱暴に、ブラウンの前にお茶の入ったカップを置いた。
「……それでライネルは?変わりないか?」
「とってもお元気ですよ。ショー……あ、指輪を送った相手ですが、彼と一緒に一つ屋根の下に住んで、とても仲睦まじく過ごしています。それはもう見てるこっちが照れる位に二人は……」
「もういい」
ブラウンの言葉に、アルヴェリオはそっぽを向いて書類の積まれたデスクに腰掛けた。そして黙々と仕事を再開する。
「嘘ですよ、アルヴェリオ様。まぁ一緒に暮らして仲良くしてるっていうのはほんとなんですが」
「……じゃあ全部本当のことじゃないか」
手を止めることもなく、淡々とそう言い放つアルヴェリオに、ブラウンは、驚きの声を上げた。
「アルヴェリオ様、本当にライネル様のことを大事に思ってるんですね。安心しました」
「意味がわからない。なぜライネルを心配したら、お前が安心するんだ」
そんなアルヴェリオの言葉に、ブラウンは(両思いになるまでの道のりは遠そうだな)と親のような心境になった。
「ひとまず全員無事に王都に着きましたし、商品も全部持ってこられました。後は貴族たちの反応次第ですが、そこはライネル様がしっかりと説明をするでしょう」
「そうか」
アルヴェリオは男爵邸に来たばかりの頃のライネルを思い出していた。痩せて目ばかりが大きくボロボロの服を着ていた少年が、今や王都で高位貴族を相手に商売の話をするという。
「なんとか俺も行くようにするからそれまでしっかり頼んだぞ」
「わかってますよ。悪い虫一匹を寄せつけるようなことはしません」
(……ライネルが村に着くなり早々にショーとかいう大きな虫を寄せ付けることを許したくせに)
アルフレッドはそんな思いでブラウンをじっとりと眺めたが、当の本人はすました顔をして紅茶を飲んでいた。
(ライネルと離れて数ヶ月。
気にはかかるが、離れていれば忘れるだろうと思っていた。けれど、時間が経てば経つほど記憶は鮮明になり、会いたい思いは募るばかりだ)
アルヴェリオは、自分の中で彼の存在が大きなものになっていることを、認めざるをえなかった。
あなたにおすすめの小説
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる
蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。
キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・
僕は当て馬にされたの?
初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。
そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡
(第一部・完)
第二部・完
『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』
・・・
エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。
しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス……
番外編
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』
・・・
エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。
『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。
第三部
『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』
・・・
精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。
第四部
『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』
・・・
ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。
第五部(完)
『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』
・・・
ジュリアンとアンドリューがついに結婚!
そして、新たな事件が起きる。
ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。
書きたかったことが書けた感じです。
S S
不定期でマクシミとエリアスの話をあげてます。
この2人はきっといつまでもこんな感じなんだと思います。
番外編
『僕だけを見ていて』
・・・
エリアスはマクシミのことが大好きなのです。なんか、甘めの話を書いてみたくなりました。
『ホワイトデー♡小話』(前後編です)
・・・
エリアスからのプレゼントのお返しをするマクシミのお話です。
ホワイトデーなので、それっぽく書いてみました。
エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃)
マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子)
♢
アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王)
ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃)
※扉絵のエリアスを描いてもらいました
※本編はしばらくお休みで、今は不定期に短い話をあげてます。
生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
君に不幸あれ。
ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」
学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。
生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。
静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。
静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。
しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。
「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」
玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。
それから十年後。
静は玲に復讐するために近づくが…
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
そう思って、失恋の悲しみを猫カフェで埋めていたある日のこと。
僕は“彼“に出逢った。
その人は僕に愛を教えてくれる人でした。
失恋の先にある未来では、僕は幸せになっているのかな。
君のことは愛さない 〜死に戻りの伯爵令息は幸せになるため生き直します〜
蒼井梨音
BL
ルーシェ・ディオラントは、先祖返りで、王家の印と言われる薄い水色を帯びた銀髪と浅葱色の瞳をもつ美しいオメガ。しかし、正妻との子どもでないため、伯爵家では虐げられて育てられてきた。
そんなルーシェは、アルファである冷徹無比といわれる騎士団長のサイラス・ヴァルフォードと結婚することになった。
どんなに冷遇されようと、伯爵家での生活よりは、いいはず。
もしかしたら、これから恋に落ちるのかもしれない、と思うと、ルーシェはとても幸福に満ちていた。
しかし、結婚生活は、幸せとはほど遠いものであった。
ーーなんで、サイラス様は、僕の手をとってくれないの?
愛することも愛されることも知らない2人が、すれ違いを経て、やり直した人生でようやく愛を知る・・・
※基本ルーシェ視点ですが、たまに別な視点が入ります。