【完結】望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy

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第二章 静かに暮らしたいだけだったのに

35・マルゲリータ

 ◇◇◆◆◇◇

 その頃、ライネルたちは馬車で皇室所有のホールへと到着した。昨日は裏口からの荷物搬入で、ろくに内部を見られなかったが、今日は正面玄関からの入場だ。

 扉をくぐった瞬間、ライネルは思わず息を呑んだ。

 天井は見上げても見切れないほど高く、シャンデリアは金と水晶の滝のように輝いている。赤い絨毯は足音をすべて吸い込み、壁には有名な名画が所狭しと並んでいた。

「……本当に俺たちがこんな所に入っていいのか?」
「……なんか、うちの村より広そう」
「いやいや、オイショそれは言い過ぎだろ……いや、確かにその通りだな」
「みんな見てみろ!床が、光ってる……!」

 村人たちの感想は、もはや観光客そのものだった。
 誰もが口をぽかんと開け、きょろきょろと視線を泳がせている。せっかく、ブラウンが用意してくれた上等な服を着ているのに台無しだ。

「皆さま、初めまして」

 上品な声が響き、振り向くと、淡いラベンダー色のドレスに身を包んだ女性が立っていた。
 彼女の名はマルゲリータ・ローレンス。アルヴェリオの従姉妹で、今回、村の案内役として派遣された令嬢だ。

「初めまして。この度、アルヴェリオ様からお手伝いを任されましたマルゲリータです。どうぞよろしくおねがします」

 碧みがかった金の髪を頭上に編み込み、同じ色の瞳をした彼女はとても美しい人で、村人一同は更に口を大きく開けその笑顔を見つめていた。

「初めまして、ライネルです。お世話になります!」

「まあ!貴方がライネル様。アルヴェリオ様がとても可愛らしい方だと仰っていたのですが、本当でしたわ」

 そう言ってマルゲリータはコロコロと笑う。

(アルヴェリオ様が?僕を?可愛い?!)

 ライネルは驚き過ぎて返事も出来ず、ただあわあわと汗をかくばかりだ。

「皆さまが昨日運んでこられた荷物はこちらに並べてあります。等間隔にしてあるのでお客様に売り込みやすいように自由に並べ替えてください。それとライネル様はあちらの壇上でご挨拶とご説明をお願いいたします」

「はい!分かりました。ありがとうございます」

 マルゲリータはライネルに微笑を浮かべながらも、村人たちを的確に移動させ、緊張で固まった年寄りの手をそっと取る。
 その手つきは優雅で、見ているだけで安心感を覚えるほどだった。

「さあ、皆さま。お客様が来るまでは、こちらの席でお待ちください。お水もご自由にどうぞ」

 長テーブルには白いクロスが掛けられ、金の縁取りが施されたグラスが整然と並んでいる。
 ライネルたちは恐る恐る椅子に腰を下ろしたが、緊張で誰も一口も飲めなかった。

「……あの、これ、割ったら弁償ですかね」

「やめろよライネル! そういうこと言うと本当に割りそうで怖ぇ!」

 村の青年が小声で突っ込む。
 マルゲリータはくすっと笑い、「大丈夫ですよ。けれどお怪我をされると大変なので気をつけてくださいね」と優しく返す。

 そんな穏やかな空気の中、彼女が突然「あら」と声を上げた。

「グラスが少ないですね、念の為に取ってまいります。皆さま、少しお待ちを」


 彼女が席を外したちょうどその時、ホールの扉が重々しく開いた。

 そこから貴族たちが次々と入ってくる。
 絹の衣擦れ、香水の甘い香り、金のボタンが光を跳ね返し、場の空気が一瞬で張り詰めた。

「まあ、あの方々が今回の展示会を?楽しみだわ。何を見せていただけるのかしら」
「ふふ……支援は貴族の娯楽ですものね。是非とも助けて差し上げたいわ」

 そんな優しい声が聞こえる一方で、別の貴族は扇子を口元に当て、ひそひそと囁く。

「所詮は田舎者。泥臭いものしかないのでは?」
「まあ平民が着飾って。あれでは服が可哀想ですわ」

 ライネルの背中にじんわりと冷や汗が滲んだ。
 村人たちは居心地悪そうに視線を落とし、誰も何も言えない。

 そこへ、タイミングよくマルゲリータが戻ってきた。
 にっこりと完璧な笑顔を浮かべ、ひとりの貴族婦人の前にすっと立つ。

「まあ、お褒めいただけて光栄ですわ。泥臭いかどうか……それは皆さまのご支援の数で決まりますものね?伯爵夫人ともなりますと、審美眼は大層なものでしょうから」

 その場の空気が、一瞬で変わった。
 婦人は顔を真っ赤にし、「え、ええ、もちろんですわ!」と慌てて去っていく。

「……あれが“貴族のあしらい方”ってやつか」
「すごい……戦わずして勝ってる……」

 村人たちはぽかんと口を開けたまま、マルゲリータを見つめた。
 彼女は何事もなかったように椅子に腰を下ろし、ライネルにウインクをひとつ。

「大丈夫。あなたたちはあなたたちらしく、堂々としていればいいのです」

 その一言に、ライネルの胸が温かくなった。

 やがて、約束の時間になり、ライネルは震える足を叱責しながら壇上に上がった。

 ──いよいよ、村おこしが始まるのだ。

ライネルは緊張に胸を高鳴らせた。

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