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第三章 貴方となら何でも出来る気がしました
54・暖かい時間
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けれど、ペンネの言葉はもうアシュレイには届かなかった。
ペンネは、彼女を気遣い恐る恐る声を掛けた使用人をジロリと睨みつけ、ドスドスと音を立てて馬車に乗り込み、来た道を戻っていった。
「嘘よ。絶対に結婚なんかしてないわ。あいつが嘘を言ったのよ!」
独り言にしてはあまりに荒々しいペンネの声が、護衛と二人きりの馬車にこだまする。
「命令よ! あの男のことをすぐに調べて!」
「承知いたしました」
(今に見てなさい! 私を馬鹿にしたこと、後悔させてやるんだから!)
ペンネの怒りを映したような砂煙を巻き上げながら、馬車は勢いよく走り去っていった。
◇◇◆◆◇◇
「……帰ったか?」
「はい」
アシュレイの問いに、フェルナンドが恭しく頭を下げて答えた。
「あんなうるさい女が親戚とは。婚姻が成立したら、すぐに縁を切らねばならないな」
「仰る通りです」
アシュレイは古びた廊下を歩きながら、懐から取り出した時計をちらりと確認した。
「まだアルヴェリオが帰るまで時間がある。邪魔をされたが、引き続き邸内を探る」
「あとは執務室だけですが、流石に……」
「鍵すらかけていないんだ。入られても怒りはしないだろう。それより、この家の資産状況や、俺に隠していることがないか確認するほうが先だ」
アシュレイは切れ長の目を細め、不快を隠そうともしなかった。
いくらアシュレイが「取り急ぎ婚約だけでも」と訴えてもアルヴェリオは言葉を濁すばかりで決して前に進もうとしない。
「他の男なら、とっくに切ってるぞ」
ぶつぶつと独り言をこぼしながら、アシュレイは執務室のドアを開けた。
「ここまで焦らされると、何かあるんじゃないかと疑うのが道理だよな。……他に情を通わせてる相手がいるとか」
そんな相手がいるなら、即座に消してやる──
そう考えながら、積み上がった書類や本棚を丹念に物色し始めた。
◇◇◆◆◇◇
その頃、アルヴェリオは王城で国王陛下──ハーシェルと共に過ごしていた。
最初は人目につかないよう密かに城を訪れていたアルヴェリオだったが、噂というものは止めようもなく広がる。いつの間にか「アルヴェリオはハーシェルの甥らしい」という話が少しずつ民の間でも囁かれるようになっていた。
「早く正式にお前を甥だと公表したいものだ」
「陛下、まだ早いと申し上げたはずです。今はまだ噂段階。王室から何も声明を出していないからこそ、私は自由に動けるのです」
アルヴェリオの言う通り、まことしやかな噂は流れているが、王室は一切の反応を見せていない。その状態ゆえに、誰も面と向かって彼に詮索をすることができない。
「私は弟の分も、お前に幸せになってほしいのだ」
「私は今、十分に幸せです。あとはバロウズ男爵の無念さえ晴らせれば、何も望みません」
「必要なものがあれば何でも用意させる。いつでも相談しなさい」
「ありがとうございます」
アルヴェリオは、親愛の情を滲ませながらハーシェルを見つめた。
ハーシェルは即位するとすぐに、実母である皇后メルリアを拿捕し、塔に幽閉した。
自分の腹違いの弟、エルハルトに謀反の罪を押し付け追放した罪を償わせるためである。
──そして、そのエルハルトこそがアルヴェリオの父親だった。
「陛下は、貧しい暮らしをしていた私と母を助けてくださいました。母はすぐに亡くなってしまいましたが……返しきれない恩があります」
「それだけでは私の気が済まないのだ」
何度も交わしてきた会話の中には、ハーシェルの無念と後悔、そして深い懺悔が滲んでいた。
当時は力がなく、そんな陰謀が行われていることにさえ気付かなかったのだ。
本来なら、ハーシェルが気に病む必要はないはずなのに──。
ペンネは、彼女を気遣い恐る恐る声を掛けた使用人をジロリと睨みつけ、ドスドスと音を立てて馬車に乗り込み、来た道を戻っていった。
「嘘よ。絶対に結婚なんかしてないわ。あいつが嘘を言ったのよ!」
独り言にしてはあまりに荒々しいペンネの声が、護衛と二人きりの馬車にこだまする。
「命令よ! あの男のことをすぐに調べて!」
「承知いたしました」
(今に見てなさい! 私を馬鹿にしたこと、後悔させてやるんだから!)
ペンネの怒りを映したような砂煙を巻き上げながら、馬車は勢いよく走り去っていった。
◇◇◆◆◇◇
「……帰ったか?」
「はい」
アシュレイの問いに、フェルナンドが恭しく頭を下げて答えた。
「あんなうるさい女が親戚とは。婚姻が成立したら、すぐに縁を切らねばならないな」
「仰る通りです」
アシュレイは古びた廊下を歩きながら、懐から取り出した時計をちらりと確認した。
「まだアルヴェリオが帰るまで時間がある。邪魔をされたが、引き続き邸内を探る」
「あとは執務室だけですが、流石に……」
「鍵すらかけていないんだ。入られても怒りはしないだろう。それより、この家の資産状況や、俺に隠していることがないか確認するほうが先だ」
アシュレイは切れ長の目を細め、不快を隠そうともしなかった。
いくらアシュレイが「取り急ぎ婚約だけでも」と訴えてもアルヴェリオは言葉を濁すばかりで決して前に進もうとしない。
「他の男なら、とっくに切ってるぞ」
ぶつぶつと独り言をこぼしながら、アシュレイは執務室のドアを開けた。
「ここまで焦らされると、何かあるんじゃないかと疑うのが道理だよな。……他に情を通わせてる相手がいるとか」
そんな相手がいるなら、即座に消してやる──
そう考えながら、積み上がった書類や本棚を丹念に物色し始めた。
◇◇◆◆◇◇
その頃、アルヴェリオは王城で国王陛下──ハーシェルと共に過ごしていた。
最初は人目につかないよう密かに城を訪れていたアルヴェリオだったが、噂というものは止めようもなく広がる。いつの間にか「アルヴェリオはハーシェルの甥らしい」という話が少しずつ民の間でも囁かれるようになっていた。
「早く正式にお前を甥だと公表したいものだ」
「陛下、まだ早いと申し上げたはずです。今はまだ噂段階。王室から何も声明を出していないからこそ、私は自由に動けるのです」
アルヴェリオの言う通り、まことしやかな噂は流れているが、王室は一切の反応を見せていない。その状態ゆえに、誰も面と向かって彼に詮索をすることができない。
「私は弟の分も、お前に幸せになってほしいのだ」
「私は今、十分に幸せです。あとはバロウズ男爵の無念さえ晴らせれば、何も望みません」
「必要なものがあれば何でも用意させる。いつでも相談しなさい」
「ありがとうございます」
アルヴェリオは、親愛の情を滲ませながらハーシェルを見つめた。
ハーシェルは即位するとすぐに、実母である皇后メルリアを拿捕し、塔に幽閉した。
自分の腹違いの弟、エルハルトに謀反の罪を押し付け追放した罪を償わせるためである。
──そして、そのエルハルトこそがアルヴェリオの父親だった。
「陛下は、貧しい暮らしをしていた私と母を助けてくださいました。母はすぐに亡くなってしまいましたが……返しきれない恩があります」
「それだけでは私の気が済まないのだ」
何度も交わしてきた会話の中には、ハーシェルの無念と後悔、そして深い懺悔が滲んでいた。
当時は力がなく、そんな陰謀が行われていることにさえ気付かなかったのだ。
本来なら、ハーシェルが気に病む必要はないはずなのに──。
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