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第三章 貴方となら何でも出来る気がしました
55・これが今一番の楽しみなのです
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「お前が望むなら、グランチェスターの嫡男を何らかの罪で拘束させても構わないんだぞ」
重々しい静けさの中で、ハーシェルの声が低く響いた。
王城の執務室は深紅の絨毯が敷かれ、壁には古い王家の肖像画がいくつも並んでいる。その空間に似つかぬほど、アルヴェリオの瞳は澄みきっていた。
彼はハーシェルの言葉にゆっくりと首を振った。
「自分の力で成し遂げたいのです」
「アルヴェリオ……」
ハーシェルが眉を寄せる。
だが、アルヴェリオがそう返した理由は、自分への誇りや意地だけではなかった。
アシュレイは、とにかく外面が良い。
財務局内ではもちろん、他部署でも──さらには平民たちからでさえ“美しく聡明で、誰にでも礼儀正しい青年”として評判は上々だ。
あの整った容姿に、柔らかな物腰。
真っ直ぐに伸びる金髪や穏やかな声色は、知らぬ者の心を簡単に油断させる。
……それはもう、不自然なほどに。
そんな男を皇室が、決定的な証拠もなく拘束するなどあれば──
その瞬間、民衆は「皇室の専横だ」と騒ぎ立てるだろう。
しかもハーシェルは、穏やかで慈悲深い王だ。
長年、裏金や癒着で肥え太ってきた貴族からすれば、彼は目の上のこぶのような存在なのだ。
(アシュレイのことで、陛下を追い落とす口実を与えるわけにはいかない)
アルヴェリオの奥歯が、かすかに噛み締められる。
「どうした? アルヴェリオ」
「いえ……。なんでもありません。とにかく、早く証拠を集めるよう尽力します」
ハーシェルは、その静かすぎる答えが逆に気がかりになり、優しく彼を見つめた。
「あまり無理をするな。……復讐のためにアシュレイと結婚すると聞いたときには、私は本当に肝を潰したぞ」
「……ああ、それは……」
あの頃の自分は、ただ近づくためだけに結婚を選ぼうとした。
復讐のためなら、自分の一生など捨てても構わないと本気で思っていたのだ。
だが──。
「考え直しました。結婚せず、このままで進めていくつもりです」
「ほう……?」
ハーシェルの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「……なんでしょうか?」
「いや、お前は昔から、自分のことなどどうでもいいと考えるところがあったが……その心境の変化は、何が原因だ?」
「……特にありません」
咄嗟に視線が逸れた。
脳裏に浮かぶのは、愛しい人が見せる柔らかな笑顔。
けれど、まだそれを誰かに語るつもりはない。
それに、初めてのことでどう言葉にすればいいのか分からなかったのだ。
「まあいいさ。そのうち、紹介してくれ」
「……紹介って……」
(やはり、陛下は何もかもお見通しだ)
アルヴェリオは内心で舌を巻く。
「……いずれ」
「ふふ、その時を楽しみにしているよ」
(何も望まぬと言っていたアルヴェリオについに、大切に思う相手ができたのだな)
ハーシェルの胸には、静かな安堵と喜びが満ちていた。
◇◇◆◆◇◇
「ライネル、定期便だ」
「ありがとうございます、ブラウンさん!」
村の朝。
柔らかな光が窓から差し込み、木の香りがかすかに漂う工房の奥で、ライネルは飛び跳ねるようにブラウンのもとへ駆けていった。
最初に手紙を交わして以来、ライネルとアルヴェリオは頻繁に手紙を送り合っていた。
だが、二人のやりとりをアシュレイに知られるわけにはいかない。そのため、手紙の配達はいつもブラウンの役目だった。
「何度もすみません。すぐ返事を書きますから、また男爵邸に戻るときはよろしくお願いします!」
「ああ」
ブラウンは苦笑した。
最初は軽い気持ちで引き受けた役目だったが、ここまで頻度が高いとは思っていなかった。
──だが。
手紙を渡した瞬間に浮かぶ、二人のあの幸福そうな顔を見るたびに、
「まあ、これも悪くないか」と思ってしまう。
(……俺は自分で思ってたよりお人よしだな)
そんなつぶやきを飲み込みながら、ブラウンは肩をすくめた。
ライネルはというと、手紙を胸に抱きしめるようにして部屋へと駆け戻る。
アルヴェリオからの手紙には、決して重要なことは書かれていない。
だが──
文章の端々に、ライネルを気遣う言葉や、静かな想いがあふれていた。
便箋をめくるたび、胸の奥がぽかぽかと温まっていく。
(……アルヴェリオ様……)
ほんの少しの言葉だけで、こんなにも心が満たされてしまう。
ライネルは頬を染めながら、そっと便箋を抱きしめた。
重々しい静けさの中で、ハーシェルの声が低く響いた。
王城の執務室は深紅の絨毯が敷かれ、壁には古い王家の肖像画がいくつも並んでいる。その空間に似つかぬほど、アルヴェリオの瞳は澄みきっていた。
彼はハーシェルの言葉にゆっくりと首を振った。
「自分の力で成し遂げたいのです」
「アルヴェリオ……」
ハーシェルが眉を寄せる。
だが、アルヴェリオがそう返した理由は、自分への誇りや意地だけではなかった。
アシュレイは、とにかく外面が良い。
財務局内ではもちろん、他部署でも──さらには平民たちからでさえ“美しく聡明で、誰にでも礼儀正しい青年”として評判は上々だ。
あの整った容姿に、柔らかな物腰。
真っ直ぐに伸びる金髪や穏やかな声色は、知らぬ者の心を簡単に油断させる。
……それはもう、不自然なほどに。
そんな男を皇室が、決定的な証拠もなく拘束するなどあれば──
その瞬間、民衆は「皇室の専横だ」と騒ぎ立てるだろう。
しかもハーシェルは、穏やかで慈悲深い王だ。
長年、裏金や癒着で肥え太ってきた貴族からすれば、彼は目の上のこぶのような存在なのだ。
(アシュレイのことで、陛下を追い落とす口実を与えるわけにはいかない)
アルヴェリオの奥歯が、かすかに噛み締められる。
「どうした? アルヴェリオ」
「いえ……。なんでもありません。とにかく、早く証拠を集めるよう尽力します」
ハーシェルは、その静かすぎる答えが逆に気がかりになり、優しく彼を見つめた。
「あまり無理をするな。……復讐のためにアシュレイと結婚すると聞いたときには、私は本当に肝を潰したぞ」
「……ああ、それは……」
あの頃の自分は、ただ近づくためだけに結婚を選ぼうとした。
復讐のためなら、自分の一生など捨てても構わないと本気で思っていたのだ。
だが──。
「考え直しました。結婚せず、このままで進めていくつもりです」
「ほう……?」
ハーシェルの口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「……なんでしょうか?」
「いや、お前は昔から、自分のことなどどうでもいいと考えるところがあったが……その心境の変化は、何が原因だ?」
「……特にありません」
咄嗟に視線が逸れた。
脳裏に浮かぶのは、愛しい人が見せる柔らかな笑顔。
けれど、まだそれを誰かに語るつもりはない。
それに、初めてのことでどう言葉にすればいいのか分からなかったのだ。
「まあいいさ。そのうち、紹介してくれ」
「……紹介って……」
(やはり、陛下は何もかもお見通しだ)
アルヴェリオは内心で舌を巻く。
「……いずれ」
「ふふ、その時を楽しみにしているよ」
(何も望まぬと言っていたアルヴェリオについに、大切に思う相手ができたのだな)
ハーシェルの胸には、静かな安堵と喜びが満ちていた。
◇◇◆◆◇◇
「ライネル、定期便だ」
「ありがとうございます、ブラウンさん!」
村の朝。
柔らかな光が窓から差し込み、木の香りがかすかに漂う工房の奥で、ライネルは飛び跳ねるようにブラウンのもとへ駆けていった。
最初に手紙を交わして以来、ライネルとアルヴェリオは頻繁に手紙を送り合っていた。
だが、二人のやりとりをアシュレイに知られるわけにはいかない。そのため、手紙の配達はいつもブラウンの役目だった。
「何度もすみません。すぐ返事を書きますから、また男爵邸に戻るときはよろしくお願いします!」
「ああ」
ブラウンは苦笑した。
最初は軽い気持ちで引き受けた役目だったが、ここまで頻度が高いとは思っていなかった。
──だが。
手紙を渡した瞬間に浮かぶ、二人のあの幸福そうな顔を見るたびに、
「まあ、これも悪くないか」と思ってしまう。
(……俺は自分で思ってたよりお人よしだな)
そんなつぶやきを飲み込みながら、ブラウンは肩をすくめた。
ライネルはというと、手紙を胸に抱きしめるようにして部屋へと駆け戻る。
アルヴェリオからの手紙には、決して重要なことは書かれていない。
だが──
文章の端々に、ライネルを気遣う言葉や、静かな想いがあふれていた。
便箋をめくるたび、胸の奥がぽかぽかと温まっていく。
(……アルヴェリオ様……)
ほんの少しの言葉だけで、こんなにも心が満たされてしまう。
ライネルは頬を染めながら、そっと便箋を抱きしめた。
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