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9話
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桜宮に別れの挨拶をして伊織と二人夜の道を歩く。先ほどのオメガ園の話が衝撃的でお互い口数は少なめだった。
「そうだ三葉くんデータの件、番の彼は了承してくれた?」
「・・すいません、拒否されました」
「そっかー。浮気するくせに番は解消したくないなんて自分勝手だな。まだ浮気相手とは続いてるの?」
「おそらく」
「最低だな。でも三葉くんはまだ好きなんだ?」
「・・多分もう気持ちはないと思います。でも初めて俺を必要としてくれた人だから・・」
あんな目に合っても嫌いだと言い切れないのは番に対するΩの本能なのか。馬鹿馬鹿しいと思いながらも昨日の浩太の言葉を信じられたらと虚しい希望が胸を塞ぐ。
「そうだ伊織さん、番がいるΩ用の抑制剤ってまだ市販されないですかね」
「研究は進んでるけど製品として認可されるのはもう少し先だね」
「やっぱりそうですよね」
「せめてそこに効く物が出来れば番解消まで別居も出来るんだけどなあ」
同居してても前回のように帰って来て貰えない事もあるとは流石に伊織さんには言えない。何より次の発情期もそばにいてくれる保証もないし入院しても強い睡眠剤と点滴で管理されるだけで根本解決は出来ないのだ。
「三葉くん家に帰りにくいならうちにおいでよ。俺は海のとこでも泊めてもらうから」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
心遣いにほわっと暖かくなる
でもまだ大丈夫。まだ一人で頑張れる。今までもそうやって生きて来たんだ。
「遠慮いらないからね。俺はラボに泊まる事も多いし。いつでも連絡して」
三葉を自宅まで送り届けた伊織はそう言って手を振り駅に向かって帰っていった。
自分は恵まれてる。伊織の後ろ姿に頭を下げながらしみじみ思った。
後は浩太の事さえ解決すれば、と考えながらドアを開けると見慣れた理佐のヒールが脱ぎ散らかされている。やっぱりという落胆と浩太の靴がない事に安堵を覚え三葉は部屋に入った。
「人の家に何の用?」
「浩太が帰ってくるの待ってんのよ」
「ふーん」
二度と浮気しないと言ったのはたった二十四時間前だ。まあ信じてはいなかったけど。
「それよりこれ見て!」
わざわざ三葉の前まで来て理佐が髪を持ち上げ、頸を見せる。
そこにはまだ新しい噛み跡が付いていた。
「先週のヒートの時浩太が噛んでくれたの。番になったのよ私たち。だからもう浩太に付き纏わないでよ」
三葉は呆然と理佐を見つめる。
まさか他の相手と番契約までするなんて。
壊れかけていた気持ちが跡形もなく粉々になる瞬間だった。
だがショックではあるがどこか冷静に受け止めている自分もいる。
遅かれ早かれいつかこうなると心のどこかで思っていたからだろうか。
反応しない三葉に理佐はつまんないと言い捨て家を出て行った。一人になった三葉はやっと大きく息を吐き、今起こった事を自分の中で消化すべく頭を働かせる。
まずは風呂場に行くと洗面台に向かい冷たい水で顔を洗い頭をすっきりさせる。
この先どうすればいいかうじうじ考えていたが奇しくも浩太が決めてくれた。
もう二度と二人は元に戻らないのだ。
別れた後、ヒートの時は伊織さんのラボで番解消の薬が出来るまで入院すればいい。
来年になれば大学に行く日も少し減る。バイトを増やして何とかあと二年乗り切ろう。
そう決めると鏡に映る自分の顔は晴れやかで憑き物が落ちたような気持ちになる。これからは自分の為に生きよう。
そう決意した時、玄関で何やら複数人の気配がした。
「理佐、三葉は帰って来たか?」
そう言いながら部屋に入ってくる浩太の声がする。
風呂場にいる自分には気付いてないらしい。
その後ドカドカと乱暴な足音がして三葉はそっと息を潜めた。
「理佐いねーじゃん。あいつ役に立たねえなあ」
「自分の番だろ。大事にしろよ」
言ってる事は優しいが下卑た口調に人間性が窺い知れる。クズの友達はクズだなと三葉は思った。
「それよりさ、本当に三葉とヤラせてくれんの?」
突然呼ばれた自分の名前に三葉は心臓が跳ねた。
「しゃーねーだろ。借金返せねーんだから。あいつが悪いんだ。もっと溜め込んでると思ったのに100万ぽっちしか無いとかあり得ねー」
「いや、悪いのお前だろ。勝手に人のカード使って金おろすとかお前のがあり得ねーわ」
「まあそのおかげでいい思い出来んだからな」
どっと笑いが起こる。
・・なに?
状況が飲み込めない。
100万?振り込まれた奨学金の事だろうか?
あれは来週大学に支払うものだ。
「薬手に入ったか?」
「もちろん。ヒートの誘発剤な。あと、誰にやられてても相手が番に見える薬。これがあれば三葉に拒絶反応も起こんなくて長く楽しめるぜ」
「お前本当に三葉気に入ってんな」
「そりゃそうだろあんな綺麗な顔してんのΩでも珍しい。ずっとチャンス狙ってたんだ。早く帰ってこねーかな。一番は誰にする?」
三葉は震える腕で自分を抱きしめた。
今聞いた話が信じられない。
更に恐怖を煽ったのはその男達に自分を売ろうとしているのがこの世に一人しかいない自分の運命の番という事だ。
どうやってここから出るか。狭いユニットバスには窓も何もない。
家を出るには彼等のいる部屋を通らなければならないのだ。どうにかしなければと焦って視線を走らせた先に天井があり四角に切り込みが入っている。
一か八か触れてみると板が横にずれた。
三葉は必死に手を伸ばしその狭い隙間に潜り込めないか画策するが170センチほどの自分ではバスタブに足をかけてもとても上に上がる事は出来なかった。
「うわ冷てえ!」
「あっ!馬鹿お前酒もったいねーだろ」
「風呂場で洗ってこいよ」
そんな声が三葉の耳に届く。
ああもうダメだ。見つかる!
その時、ポケットに携帯が入っている事を思い出した。誰に?と思った時、真っ先に浮かんだのは桜宮の顔だった。
登録しただけでかけるつもりのなかった番号を探し祈るような思いで画面をタップして呼び出し音を鳴らす。
早くしないとあいつらに訳の分からない薬を盛られて好きなようにされてしまう!
だが一向に電話は繋がらない。
早く!
早く!!
ガチャリと音を立てて風呂場のドアが開く。
ああ・・終わった。
「こんなとこに隠れてたのか」
三葉が恐る恐る振り向くとそこには見た事の無い顔で笑う浩太がいた。
「そうだ三葉くんデータの件、番の彼は了承してくれた?」
「・・すいません、拒否されました」
「そっかー。浮気するくせに番は解消したくないなんて自分勝手だな。まだ浮気相手とは続いてるの?」
「おそらく」
「最低だな。でも三葉くんはまだ好きなんだ?」
「・・多分もう気持ちはないと思います。でも初めて俺を必要としてくれた人だから・・」
あんな目に合っても嫌いだと言い切れないのは番に対するΩの本能なのか。馬鹿馬鹿しいと思いながらも昨日の浩太の言葉を信じられたらと虚しい希望が胸を塞ぐ。
「そうだ伊織さん、番がいるΩ用の抑制剤ってまだ市販されないですかね」
「研究は進んでるけど製品として認可されるのはもう少し先だね」
「やっぱりそうですよね」
「せめてそこに効く物が出来れば番解消まで別居も出来るんだけどなあ」
同居してても前回のように帰って来て貰えない事もあるとは流石に伊織さんには言えない。何より次の発情期もそばにいてくれる保証もないし入院しても強い睡眠剤と点滴で管理されるだけで根本解決は出来ないのだ。
「三葉くん家に帰りにくいならうちにおいでよ。俺は海のとこでも泊めてもらうから」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
心遣いにほわっと暖かくなる
でもまだ大丈夫。まだ一人で頑張れる。今までもそうやって生きて来たんだ。
「遠慮いらないからね。俺はラボに泊まる事も多いし。いつでも連絡して」
三葉を自宅まで送り届けた伊織はそう言って手を振り駅に向かって帰っていった。
自分は恵まれてる。伊織の後ろ姿に頭を下げながらしみじみ思った。
後は浩太の事さえ解決すれば、と考えながらドアを開けると見慣れた理佐のヒールが脱ぎ散らかされている。やっぱりという落胆と浩太の靴がない事に安堵を覚え三葉は部屋に入った。
「人の家に何の用?」
「浩太が帰ってくるの待ってんのよ」
「ふーん」
二度と浮気しないと言ったのはたった二十四時間前だ。まあ信じてはいなかったけど。
「それよりこれ見て!」
わざわざ三葉の前まで来て理佐が髪を持ち上げ、頸を見せる。
そこにはまだ新しい噛み跡が付いていた。
「先週のヒートの時浩太が噛んでくれたの。番になったのよ私たち。だからもう浩太に付き纏わないでよ」
三葉は呆然と理佐を見つめる。
まさか他の相手と番契約までするなんて。
壊れかけていた気持ちが跡形もなく粉々になる瞬間だった。
だがショックではあるがどこか冷静に受け止めている自分もいる。
遅かれ早かれいつかこうなると心のどこかで思っていたからだろうか。
反応しない三葉に理佐はつまんないと言い捨て家を出て行った。一人になった三葉はやっと大きく息を吐き、今起こった事を自分の中で消化すべく頭を働かせる。
まずは風呂場に行くと洗面台に向かい冷たい水で顔を洗い頭をすっきりさせる。
この先どうすればいいかうじうじ考えていたが奇しくも浩太が決めてくれた。
もう二度と二人は元に戻らないのだ。
別れた後、ヒートの時は伊織さんのラボで番解消の薬が出来るまで入院すればいい。
来年になれば大学に行く日も少し減る。バイトを増やして何とかあと二年乗り切ろう。
そう決めると鏡に映る自分の顔は晴れやかで憑き物が落ちたような気持ちになる。これからは自分の為に生きよう。
そう決意した時、玄関で何やら複数人の気配がした。
「理佐、三葉は帰って来たか?」
そう言いながら部屋に入ってくる浩太の声がする。
風呂場にいる自分には気付いてないらしい。
その後ドカドカと乱暴な足音がして三葉はそっと息を潜めた。
「理佐いねーじゃん。あいつ役に立たねえなあ」
「自分の番だろ。大事にしろよ」
言ってる事は優しいが下卑た口調に人間性が窺い知れる。クズの友達はクズだなと三葉は思った。
「それよりさ、本当に三葉とヤラせてくれんの?」
突然呼ばれた自分の名前に三葉は心臓が跳ねた。
「しゃーねーだろ。借金返せねーんだから。あいつが悪いんだ。もっと溜め込んでると思ったのに100万ぽっちしか無いとかあり得ねー」
「いや、悪いのお前だろ。勝手に人のカード使って金おろすとかお前のがあり得ねーわ」
「まあそのおかげでいい思い出来んだからな」
どっと笑いが起こる。
・・なに?
状況が飲み込めない。
100万?振り込まれた奨学金の事だろうか?
あれは来週大学に支払うものだ。
「薬手に入ったか?」
「もちろん。ヒートの誘発剤な。あと、誰にやられてても相手が番に見える薬。これがあれば三葉に拒絶反応も起こんなくて長く楽しめるぜ」
「お前本当に三葉気に入ってんな」
「そりゃそうだろあんな綺麗な顔してんのΩでも珍しい。ずっとチャンス狙ってたんだ。早く帰ってこねーかな。一番は誰にする?」
三葉は震える腕で自分を抱きしめた。
今聞いた話が信じられない。
更に恐怖を煽ったのはその男達に自分を売ろうとしているのがこの世に一人しかいない自分の運命の番という事だ。
どうやってここから出るか。狭いユニットバスには窓も何もない。
家を出るには彼等のいる部屋を通らなければならないのだ。どうにかしなければと焦って視線を走らせた先に天井があり四角に切り込みが入っている。
一か八か触れてみると板が横にずれた。
三葉は必死に手を伸ばしその狭い隙間に潜り込めないか画策するが170センチほどの自分ではバスタブに足をかけてもとても上に上がる事は出来なかった。
「うわ冷てえ!」
「あっ!馬鹿お前酒もったいねーだろ」
「風呂場で洗ってこいよ」
そんな声が三葉の耳に届く。
ああもうダメだ。見つかる!
その時、ポケットに携帯が入っている事を思い出した。誰に?と思った時、真っ先に浮かんだのは桜宮の顔だった。
登録しただけでかけるつもりのなかった番号を探し祈るような思いで画面をタップして呼び出し音を鳴らす。
早くしないとあいつらに訳の分からない薬を盛られて好きなようにされてしまう!
だが一向に電話は繋がらない。
早く!
早く!!
ガチャリと音を立てて風呂場のドアが開く。
ああ・・終わった。
「こんなとこに隠れてたのか」
三葉が恐る恐る振り向くとそこには見た事の無い顔で笑う浩太がいた。
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