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3.もふもふからの転生
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……縁側。
金色の毛並み。
俺の胸に丸く収まって眠る黒猫の、柔らかい毛と尻尾の先のぴくぴくした動き。
ああ、懐かしい。
「……春人……」
俺は大きな舌で、春人の頭をべろりと舐めた。
「やめろ! びちゃびちゃになるだろ!」
春人はそう言いながら、鋭い爪で俺の顔に猫パンチを繰り出す。
「いたたた……じゃあ、おまえがお手本見せてくれよ」
「チッ、仕方ないな。本物の毛繕いってやつを教えてやるよ」
春人は、ザラザラした舌で俺の前足を丁寧に舐め始める。
ザリザリと音がして、少しずつ俺の体に春人の匂いが移っていく。
「……疲れた。今日はここまで。ったく、無駄にデカいんだから」
「はは、ありがとう。春人、好きだよ」
「だから! いきなりそういうのやめろって!」
赤くなって怒っている、大事な大事な宝物。
不貞腐れた春人は、それでもいつものように俺の腹に顔を埋めて、幸せそうに居眠りを始めた。
⸻
「……あれ? ここどこだ? 春人?」
目が覚めたとき、俺は知らない匂いのするベッドに横になっていた。
しかも、なぜか体が動かない。
「タケル、目が覚めた? 痛いとこない?」
突然かけられた声に驚いて視線を動かすと、そこには見覚えのないおばさんの顔。
え? 誰? おばあさんはどこ?
「……どちらさまですか」
「は? やだ、この子ったら一体どうしちゃったの!? 先生呼んでくるから待っててよ!」
バタバタと走り去る足音。
俺は『なんで俺の言葉が人間に通じたんだろう』と不思議に思いながら、再び抗えない眠りに引きずり込まれていった。
⸻
次に目を覚ましたときは、俺にはこの人間として生きていた記憶があった。
さっきのおばさんも、今なら自分の母親だと認識できる。
けれど犬だった自分の前世を忘れたなんてこともなく、両方の記憶を併せ持つハイブリッドヒューマン(?)となっていたのだ。
「まったく、心配させないでよ。入学式当日に車に撥ねられるなんて鈍臭い。しかも足よ? あんた大きいのに世話が大変よ」
「……ごめん」
⸻
俺の名前は美馬タケル。
高校一年生……になるはずだったが、入学式さえ迎えられず、現在は骨折により入院中。
「母さん、俺いつ学校に行けんの?」
「そうねえ、一年近くかかるって聞いたけど」
「そんなに?!」
「そりゃもう派手な開放骨折だったのよ。記念に写真撮ったけど見る?」
記念に写真? なんて母親だ。
「見ない……」
せっかく高校生になったってのに。
それに、こんなタイミングで前世を思い出したってことは、もしかすると同じ高校に春人がいるかもしれない。早く春人に会いたい。
「まあ仕方ないじゃない。今はせめて勉強だけでも遅れないように頑張りなさいよ。鈍臭い上に頭も悪いなんて誰も相手してくれないわよ」
カラカラと笑いながらそんなことを言う母親。……悔しいが正論だ。
「分かったよ」
せっかく復帰できても、留年したら意味がないもんな。何でかって、何となくだけど春人も同じ年な気がするからだ。
幸い、定期試験なんかは特別に病室でやってくれるらしいので、今は勉強に励もう。
……他にやることもないし……。
⸻
それにしても、便利な世の中になったもんだな。
放課後には担任の先生がオンライン会議システムを携帯に繋いで、その日の授業の進捗を教えてくれる。
板書を撮影したデータやプリントもPDFで送ってくれるから、俺は病室にいながら学校に通っているような感覚で、入院生活を送れている。
『元気か?タケル、今日の調子はどうだ?』
ちょっと……いや、かなり体育会系の担任大葉先生が、今日も定期連絡をくれた。
若くて元気で声もデカいので、実際に病室に来たら苦情が入りそうだし、オンラインって素晴らしいなと再認識している。
「元気です! ……先生、聞きたいことがあるんですが」
『なんだ? なんでも聞いてくれ!』
……同じ学校に春人がいるんじゃないかと、ずっと気になっていた。
でも今まで聞けなかった。だって、今世ではまだ出会っていない相手だ。
「知り合いか?」と聞かれても、何も答えられない。だから、我慢していたんだ。
でも……
俺は思い切って、口を開く。
「同じ一年に、岡崎春人って男子いますか?」
「お? いるぞ? 同じクラスだ」
「そうですか。ありがとうございます」
やった!! 聞いてよかった!! 同じクラス?! マジか!!
神様は俺たちの味方だった!! あともう少しで、また春人に会えるんだ!!
『よーし! じゃあ今日の授業内容を伝えるぞー!』
「はい!」
……ほら、やっぱりな。
この先生は、細かいことは気にしない。いや、気がつかない。
一ヶ月ほど話してみて、それが分かったから満を持して聞いてみたんだけど、グッジョブ、俺!
それからの俺はというと、ただひたすらリハビリをこなし、一日も早く学校に行けるように、死ぬ気で頑張る毎日を過ごした。
⸻
◇◇◆◆◇◇
⸻
そして、九月。
長かった入院生活が終わり、俺はようやく高校に復帰した。
復帰と言っても、入試以来の登校。
右も左も分からない俺を、大葉先生が教室まで連れていってくれた。
「いやー、ようやく“生”のタケルに会えて嬉しいな!」
生って……ちょっと嫌だな。
「俺もです。これからもよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた俺に、「もちろんだ」と真っ白の歯を見せた大葉先生……すごく眩しくて、目が痛い。
「ほら、ここが教室だ。皆には伝えてあるから、入れ」
「はい!」
ああ、ようやくだ。
やっと、春人に会える!
⸻
ドアを開け、教卓の横に立つ。
興味津々でこちらを見ているクラスメイトたちの前で、遅ればせながら自己紹介をした。
「美馬タケルです。入院で遅くなったけど、これからよろしくお願いします」
「おかえりー! 待ってたよー!」
誰かがそう言うと、一斉に拍手が起こる。
歓迎ムードにホッとしながらも、俺は春人の姿を探した。
……あれ? いない? そんなはず――
姿が変わっても、必ずわかると思っていた。
俺は必死に春人の面影を探すが、なぜか見当たらない。
この中にいるはずなのに!
「どうした? 嬉しくて固まっちゃったか?」
「あ、いえ。緊張して……」
「えーー、美馬くんかわいいじゃん!」
女子生徒の言葉に、どっと笑いが起こる。
俺は一緒に笑いながらも、混乱して頭が真っ白になっていた。
金色の毛並み。
俺の胸に丸く収まって眠る黒猫の、柔らかい毛と尻尾の先のぴくぴくした動き。
ああ、懐かしい。
「……春人……」
俺は大きな舌で、春人の頭をべろりと舐めた。
「やめろ! びちゃびちゃになるだろ!」
春人はそう言いながら、鋭い爪で俺の顔に猫パンチを繰り出す。
「いたたた……じゃあ、おまえがお手本見せてくれよ」
「チッ、仕方ないな。本物の毛繕いってやつを教えてやるよ」
春人は、ザラザラした舌で俺の前足を丁寧に舐め始める。
ザリザリと音がして、少しずつ俺の体に春人の匂いが移っていく。
「……疲れた。今日はここまで。ったく、無駄にデカいんだから」
「はは、ありがとう。春人、好きだよ」
「だから! いきなりそういうのやめろって!」
赤くなって怒っている、大事な大事な宝物。
不貞腐れた春人は、それでもいつものように俺の腹に顔を埋めて、幸せそうに居眠りを始めた。
⸻
「……あれ? ここどこだ? 春人?」
目が覚めたとき、俺は知らない匂いのするベッドに横になっていた。
しかも、なぜか体が動かない。
「タケル、目が覚めた? 痛いとこない?」
突然かけられた声に驚いて視線を動かすと、そこには見覚えのないおばさんの顔。
え? 誰? おばあさんはどこ?
「……どちらさまですか」
「は? やだ、この子ったら一体どうしちゃったの!? 先生呼んでくるから待っててよ!」
バタバタと走り去る足音。
俺は『なんで俺の言葉が人間に通じたんだろう』と不思議に思いながら、再び抗えない眠りに引きずり込まれていった。
⸻
次に目を覚ましたときは、俺にはこの人間として生きていた記憶があった。
さっきのおばさんも、今なら自分の母親だと認識できる。
けれど犬だった自分の前世を忘れたなんてこともなく、両方の記憶を併せ持つハイブリッドヒューマン(?)となっていたのだ。
「まったく、心配させないでよ。入学式当日に車に撥ねられるなんて鈍臭い。しかも足よ? あんた大きいのに世話が大変よ」
「……ごめん」
⸻
俺の名前は美馬タケル。
高校一年生……になるはずだったが、入学式さえ迎えられず、現在は骨折により入院中。
「母さん、俺いつ学校に行けんの?」
「そうねえ、一年近くかかるって聞いたけど」
「そんなに?!」
「そりゃもう派手な開放骨折だったのよ。記念に写真撮ったけど見る?」
記念に写真? なんて母親だ。
「見ない……」
せっかく高校生になったってのに。
それに、こんなタイミングで前世を思い出したってことは、もしかすると同じ高校に春人がいるかもしれない。早く春人に会いたい。
「まあ仕方ないじゃない。今はせめて勉強だけでも遅れないように頑張りなさいよ。鈍臭い上に頭も悪いなんて誰も相手してくれないわよ」
カラカラと笑いながらそんなことを言う母親。……悔しいが正論だ。
「分かったよ」
せっかく復帰できても、留年したら意味がないもんな。何でかって、何となくだけど春人も同じ年な気がするからだ。
幸い、定期試験なんかは特別に病室でやってくれるらしいので、今は勉強に励もう。
……他にやることもないし……。
⸻
それにしても、便利な世の中になったもんだな。
放課後には担任の先生がオンライン会議システムを携帯に繋いで、その日の授業の進捗を教えてくれる。
板書を撮影したデータやプリントもPDFで送ってくれるから、俺は病室にいながら学校に通っているような感覚で、入院生活を送れている。
『元気か?タケル、今日の調子はどうだ?』
ちょっと……いや、かなり体育会系の担任大葉先生が、今日も定期連絡をくれた。
若くて元気で声もデカいので、実際に病室に来たら苦情が入りそうだし、オンラインって素晴らしいなと再認識している。
「元気です! ……先生、聞きたいことがあるんですが」
『なんだ? なんでも聞いてくれ!』
……同じ学校に春人がいるんじゃないかと、ずっと気になっていた。
でも今まで聞けなかった。だって、今世ではまだ出会っていない相手だ。
「知り合いか?」と聞かれても、何も答えられない。だから、我慢していたんだ。
でも……
俺は思い切って、口を開く。
「同じ一年に、岡崎春人って男子いますか?」
「お? いるぞ? 同じクラスだ」
「そうですか。ありがとうございます」
やった!! 聞いてよかった!! 同じクラス?! マジか!!
神様は俺たちの味方だった!! あともう少しで、また春人に会えるんだ!!
『よーし! じゃあ今日の授業内容を伝えるぞー!』
「はい!」
……ほら、やっぱりな。
この先生は、細かいことは気にしない。いや、気がつかない。
一ヶ月ほど話してみて、それが分かったから満を持して聞いてみたんだけど、グッジョブ、俺!
それからの俺はというと、ただひたすらリハビリをこなし、一日も早く学校に行けるように、死ぬ気で頑張る毎日を過ごした。
⸻
◇◇◆◆◇◇
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そして、九月。
長かった入院生活が終わり、俺はようやく高校に復帰した。
復帰と言っても、入試以来の登校。
右も左も分からない俺を、大葉先生が教室まで連れていってくれた。
「いやー、ようやく“生”のタケルに会えて嬉しいな!」
生って……ちょっと嫌だな。
「俺もです。これからもよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた俺に、「もちろんだ」と真っ白の歯を見せた大葉先生……すごく眩しくて、目が痛い。
「ほら、ここが教室だ。皆には伝えてあるから、入れ」
「はい!」
ああ、ようやくだ。
やっと、春人に会える!
⸻
ドアを開け、教卓の横に立つ。
興味津々でこちらを見ているクラスメイトたちの前で、遅ればせながら自己紹介をした。
「美馬タケルです。入院で遅くなったけど、これからよろしくお願いします」
「おかえりー! 待ってたよー!」
誰かがそう言うと、一斉に拍手が起こる。
歓迎ムードにホッとしながらも、俺は春人の姿を探した。
……あれ? いない? そんなはず――
姿が変わっても、必ずわかると思っていた。
俺は必死に春人の面影を探すが、なぜか見当たらない。
この中にいるはずなのに!
「どうした? 嬉しくて固まっちゃったか?」
「あ、いえ。緊張して……」
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女子生徒の言葉に、どっと笑いが起こる。
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