【完結】前世は犬と猫! 〜二度目の恋のやり直し〜

ivy

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6.パンと昼休み

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 そのとき、バタバタと足音が近づいてきた。
 彼が戻ってきたのだ。

 “彼”――春人をバイトに使った、あの全ての元凶、イケメン男子。

「っ……!」

 俺は反射的に立ち上がった。

「おい、お前……っ! あんなことになったの、見てなかったのかよ!」

 思わず声が荒くなり、教室がざわめい
 た。

「え?深谷がなんかしたのか?」

クラスメイトが驚いた顔で俺を見る。

 イケメン男子――深谷という名前らしい――も目を丸くしたまま、俺を見返した。

「え……え? なにかあったの? 俺、購買に行ってて……」

「岡崎のことだよ!女が戻ってきて、岡崎に暴言吐いて、ビンタしたんだよ!頬が真っ赤に腫れてたぞ!」

 深谷の顔が見る見る青ざめていった。

「……マジかよ。……うわ……俺、ほんとに知らなかった。最悪だ……」

 深谷は本気でショックを受けているようだった。

 腹が立っていたけど、それを見て深谷も想定外だったことが分かり、少し俺の頭も冷静になった。

「春人に謝っとく。教えてくれてサンキューな、美馬」

「ああ」

 ……何八つ当たりしてんだ。
 確かに元々といえば深谷があんなバイトを春人に持ちかけたせいだけど、俺だって目の前にいたのに防げなかったんだから。

「悪ぃ。怒鳴って」

「いや、怒鳴られても仕方ないからな」

 深谷は申し訳なさそうに苦笑いしている。

 こいつ……!イケメンの上に性格までいいとは……こんな奴が春人の側にいるなんて侮れない。
 半年遅れをとった分、巻き返して行かないと。

「……?どした?美馬」

「いや、なんでもない」

 俺の思惑などまるで気付いていないかのように、深谷は俺に向かって王子様スマイルを見せた。



 ⸻

 放課後。俺はひとり、保健室の前に立っていた。

 ノックするべきか迷って、手が止まる。

 中から声が聞こえたからだ。

「……お前ってほんと、鈍感だよな」

 低くて、少し笑ったような声。

 それは深谷のものだった。
 俺は少しだけ開いているドアの隙間から中の様子を伺う。

 ベッドの上、安らかに眠る春人。
 深谷はその傍に座り、そっと彼の頬に触れていた。

 昼間の平手打ちの痕が、まだうっすら残っている。

「……ったく、ちゃんと俺に言えよ。……それにしてもあの女、ぜってー許せねえ。手を打っとくか」

 独り言のようにそうつぶやくと、深谷は立ち上がり、洗面の方へと歩いていった。

 タオルを濡らしに行くのだろう。
 そのタイミングで、俺はそっとドアの前から離れた。

 なんだよあいつ。
 春人のことが好きなのか?
 それならあんな危ない目に遭わせんじゃねーよ。……ったく。

 何度生まれ変わっても、春人の周りにはいつも人がいる。
 本人はぶっきらぼうで愛想なしなのに、不思議と人に好かれるのだ。

 でも春人は俺の……

「……お前なにしてんの?」

 び、びっくりした!なんで俺がいることに気がついたんだ?!

「あっ?いやなんでも……」

「ああ、春人が心配だったのか?いい奴だなお前」

 深谷はふっと笑ったあと、「ごめんな。いろいろ心配かけて……俺、深谷ケイ。お前美馬タケルって言ったよな? ……仲良くしようぜ」と手を差し出してきた。

 いい奴だと思った。でも心の奥がちょっとだけ、ざらつく。

 その手を握り返しながらも、俺はうまく笑えなかった。


 ◆◆◇◇◆◆



 翌日も、春人は教室の隅で机に突っ伏して寝ていた。

 律儀に学校来てるだけ偉いけどさ、ちょっと寝過ぎじゃね?
 夜遅くまでバイトしてるのは分かるけど成績とか大丈夫なのか?
 まあ、欠席はしないし、多少の遅刻はするれど、朝のSHRには間に合ってるし……

 ……ずっと寝てるけどな。

 前に人間だった時は春人と勉強の話なんかしたことなかった。
 幼馴染とはいえ俺が意識しすぎたせいで、高校生の頃にはほとんど喋ることもなかったし。
 当然だけど犬と猫の時は勉強とは無縁だったしなあ。

 そんなことを考えていた時、

「春人くんってね、結構頭いいんだよ」

 と、隣の席からふいに声がかかった。

「……え?そうなの?」

 顔を上げると、柔らかい茶髪にピンで前髪を留めた女子がノートを閉じながらこちらを見ていた。
……昨日春人のことを教えてくれた子だ。

「中間テスト、うちのクラスで5位だった。寝ててもね。あ、私は宇野麻央、麻央って呼んで。よろしくね」

「マジかよすげえな。……ああ、よろしく。俺もタケルでいいよ」

「バイトの空き時間に勉強してるんだって。“時間がもったいないから”って」

 もったいない。
 その言葉が、春人らしすぎて笑いそうになる。
でも同時に、なんだか少し切なくなった。

 なんでそこまで……?

 自分をすり減らしてまで、金が必要なんて、それは一体どうしてだろう。
 俺には分からないけど、いつか仲良くなったら話してくれるんだろうか。





 それからの数日間。
 俺は、何とか春人と話す方法を探しまくった。

 何でもない天気の話。
 今日の課題の話。
 廊下で目が合ったときの「よっ」
 教室に入ってきたときの「おはよう」

 ……全部、撃沈。

 「……ああ」「ふーん」「そっか」「で?」
 とにかく返事が塩。塩というか氷点下。
 おまけに目も合わせてくれない。

 いや、犬猫のときはもっと距離近かったよな!?いつも俺の腹でぐっすり寝てたくせに。

 おかしい。おかしすぎる。

 毎日悶々としたまま放課後を迎えていた俺を、麻央とケイが哀れに思ったのか遊びに誘ってくれた。

 向かった先は――

 「……ここ?」

 チェーンのハンバーガー屋だった。
 ……まずは腹ごしらえってこと?

 訳もわからないまま、中に入ると、制服姿の春人がいた。
 赤と白のキャップ、胸元には名札。
 よくある店員の姿だけど――

「いらっしゃいませー」

 その笑顔を見た瞬間、心臓が飛び上がるほどびっくりした。

 あの……!春人が!笑ってる!

 学校で見る無表情とはまるで違う完璧な『営業』スマイル!

 「春人、スマイル0円だろー? もっと笑って!」
 というケイのウザ絡みに「もちろんです」と満面の笑みで返す春人。

 ――いや怖いって!

 犬生でもその前の人生でも春人は常に無表情だった。それなのに仕事が絡むとこんな笑顔も出来るんだなあ。
 一体何がそこまでお前を駆り立てるんだ……。

 だが、実際に三人でオーダーを伝えた辺りから、実はこの営業スマイルはかなり無理をしているものだと分かった。
 だってトレーは落とすし会計は間違うし、極め付けはジュースを落として全部こぼしたんだ。

 しかも恥ずかしいのか耳まで赤くしてる。それを見て俺は猫の春人を思い出した。

 なんかこの春人も、ちょっと――いや
 だいぶ可愛いな。
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