【完結】前世は犬と猫! 〜二度目の恋のやり直し〜

ivy

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7.文化祭

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「いらっしゃいませ!」

今日も春人は、バイト先でお手本みたいな笑顔を浮かべていた。

俺は、店内の隅にある観葉植物の影から、こっそりと彼を眺めていた。

……なんで隠れてるかって?

それはもう、ストーカーと間違われてもおかしくないくらい毎日通ってるからだ。

一人のときは、他のレジに並んで、さっと注文して静かに退店。
ガタイがいい俺が隠れるには無理があるけど、それでもなんとか気配を殺してるつもりだ。

でも、ケイや麻央が一緒のときはそうはいかない。
だいたいケイが春人にダル絡みして、目立ちまくる。

そのとき、あることに気づいた。

俺が見てるとき――それも、バレてないときの春人は完璧だ。
接客も対応も、そつがないどころか、他の店員より段違いに上手い。

けど、ケイたちと一緒に堂々とカウンターに行くと……
決まって何かしらやらかす。

ジュースを溢す。
お釣りを落とす。
おしぼりを忘れる。

……まさか、とは思うけど。

春人、もしかして俺のこと、意識してる?

いやいや、それはさすがに……でも、前世の記憶が少しずつ戻ってきてて、それに戸惑ってるとか……。

そんな希望的観測をぐるぐる妄想して、ひとりで胸を膨らませてしまう。
本当に、しょうもないくらい。

でも、どうしようもなく春人に惹かれていく。



ある日の昼休み。
教室の隅で眠っていた春人に、ついに声をかけた。

「なあ、昼……一緒に食わねー?」

春人は、机に突っ伏したまま目を細める。

「……俺と?」

「ああ」

沈黙。
断られると思ったけど、春人はあっさり立ち上がった。

「……いいよ」

「……ほんとに?」

嬉しさより先に驚きが来る。

そのまま二人で中庭へ行くと、春人は周囲をきょろきょろと見回した。

「……タケル、お前だけ?」

「え? うん。なんで?」

「……いや、なんでもねーよ」

……え、今、俺のことタケルって呼んだよな?

やっぱり、思い出しかけてるんじゃ――!

「……なあ、春人って呼んでいい?」

「いいけど。俺もタケルって呼んでるし」

「……ありがとう」

春人は芝生に腰を下ろすと、自分で握ったようなでかいおにぎりを取り出して、無言でかぶりついた。
あっという間に食べ終わると、ぽつりと「ごちそうさま」とつぶやいて、芝生にごろんと寝転がった。

「おまえ、飯それだけかよ」

「ああ」

……それだけ? でかいとはいえおにぎり一個?
栄養偏りすぎじゃないか?

「……よかったら、これ食えよ」

俺は、買ってきたパンの袋を差し出した。
カレーパン、メロンパン、ツナサンドにチョコクロワッサン。迷って、いっぱい買ってしまった。

「……なんでこんなにあるんだよ」

「お前、節約してるって聞いたし……一緒に食べようと思ってさ」

春人の目が、すっと細くなった。

「……いらねぇよ、そういうの」

「えっ……?」

「俺、施しとか嫌いなんだ。そういうの、ありがた迷惑っていうんだよ」

ギラリと睨まれた気がして、背筋が伸びる。

……ああ、俺、無神経だった。

「……そっか、ごめん。俺、なんか勝手で……」

分かってるつもりだったのに、全然分かってなかった。
恥ずかしくて、情けなくて、顔が熱くなる。

「……でも」

春人がふいに袋を見て、少しだけ視線を落とす。

「気持ちだけもらっとく。ありがとな」

「……うん」

「確かに俺は目的あって金貯めてるけどさ。他人に奢らせるとか、それって違くね?」

「……そうか、確かにな」

こいつ、やっぱ猫だよな。

誰にも媚びない。
誰にも頼らない。
でも、たまにふっと気を許す顔を見せる。

その瞬間が、たまらなく嬉しい。

「俺、もっと春人のことが知りたいな」

「はあ? 俺を知って、お前になんの得があんの」

「これから仲良くなりたいんだよ。いいだろ、春人」

「……まあ、いいけど。俺といたってつまんないぞ」

「つまるつまんないは、自分で決めるからいいんだよ」

「はぁ、勝手にしろよ」

時間がかかってもいい。

思い出してくれなくても、いい。

まずは――ちゃんと友達になるところから、だ。



季節は巡り、文化祭のシーズンが近づいてきた。

うちの学校は、一番売り上げが良かったクラスに賞金が出るので、どこも皆、必死になっている。

うちのクラスは、チームごとに屋台を出すという屋台村方式で、いくつかのグループを作ることになった。

俺は、麻央・ケイ・春人と4人でチームを組んだ。

「やるならまともに儲け出すやつな!採算度外視とか俺許さねーから!」

とケイが言えば、春人はあからさまに不機嫌な顔をする。

「俺、バイトあるし……文化祭とか、別に出たくないし……」

「まあまあ、そう言わないでよ、春人~!みんなでやった方が楽しいから、頑張ろ?」

にこやかに麻央がそう言うと、春人はわずかに視線を逸らして、口元を引き結んだ。

そして、しぶしぶ参加が決まった。

……その時の俺は、てっきりバイトを休みたくなくて嫌がってると思ってた。

でも、違ったんだ。



企画はシンプルなカフェ風屋台。
紅茶とワッフル、焼きマシュマロ入りのホットチョコレートが目玉商品。

麻央の提案で、映えを狙った盛り付けが功を奏し、女子たちを中心に前売りチケットは好調な売れ行きだ。

イケメンのケイが会計と客引き、俺が厨房。
麻央と春人はホール担当と決まった。
俺たちはわくわくしながらその日に備えていた。




そしていよいよ文化祭当日。

「おい春人、またホットチョコこぼしてんぞ」

「……わかってる」

バイトで見せていた完璧な動きは、ここではまったく発揮されていない。
それどころか、トレーの上のカップがぐらついたり、足をもつれさせてテーブルにぶつかったりと、ひどく不器用な姿をさらしていた。

俺はハラハラしながら厨房から様子を見ていた。

「なあ春人、中と変わるか?」

「いい」

「……いいって言うけど、いつか火傷すんぞ?」

「いいって!ちゃんとやるから!」

「……お、おう」

珍しく語気を強めた春人に、それ以上何も言えず、俺は引っ込むしかなかった。

でも、気になって目線はついホールに向いてしまう。

……そして気づいた。

春人の視線は、ずっとある一人に向けられていた。

紅茶を運ぶ麻央だ。

焼いたマシュマロを浮かべたホットチョコを手に、笑顔で接客しているその姿に――

春人は、頬を少しだけ染め、ふっと微笑みを浮かべていた。

それは、無表情だったはずの春人が見せた――いや、俺には一度も向けられたことのない、優しい笑顔だった。

……ああ、そうか。

俺はめでたい頭してたんだな。

前世がどうとか、運命がどうとか、そんなのは俺の独りよがりで。

春人は、最初から――ずっと俺じゃなく麻央を見てたんだ。

俺は、手のひらを強く握りしめた。

もう、何も残ってない。
それくらい、俺の中は春人のことでいっぱいだったのだ。

そっと厨房の影に身を引いて、ひとりマシュマロを焼きながら、俯いて笑った。

「……ま、そりゃそうだよな」

普通は女の子を好きになるんだ。
ましてや春人に前世の記憶はない。

どうして俺が選ばれると思ったんだろう。

最初に昼飯に誘ったとき、きょろきょろと誰かを探していたのも。
バイト先で挙動不審だったのも。

……それは全部、麻央のせいだったんだ。
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