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9.チョコクロは涙の味
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──やっぱ、ひとりは楽だ。
誰も来ないし、誰も見ない。
泣いてたってバレないし、弱い自分を隠さなくていい。
そのときだった。
「いた」
ドアがゆっくり開いて、誰かが側に来る足音がした。
振り向かなくてもわかる。春人だ。
「……どうかしたのか?」
出来るだけいつも通りに聞こえるように尋ねた俺に、春人は少しだけ間を置いて返した。
「……お前、授業始まっても戻んねぇから」
「──どうせ麻央に言われたんだろ?」
春人の足が止まる。
「ちげぇよ!」
図星だ。頼むからもう少し上手く隠してくれ。あれだけ普段無表情なくせに、麻央のことになるとどんだけポンコツになるんだよ。
「じゃあ、なんで来たんだよ?サボろうと思ってたのに邪魔すんなよー」
なるべく軽く、俺の傷は見せないように。そう思いながら春人に笑って見せる。
「……なんか分かんねーけど、とりあえず戻ろうぜ」
「分かんねーならほっとけよ。心配すんな、別にお前は悪くないよ」
そう、悪いのは勘違いして期待した俺だ。
「でも……」
「なんだよー、いつも人のことなんて構わねーのに」
揶揄うようにそう言うと、春人はムッとしたように黙り込んだ。
麻央は春人にとって必要な人なんだろう。
それが俺であればと胸の片隅でちらりと思ったが、そんなことを考えたところでどうにもならない。
「……もういいから戻れよ、授業始まってるし」
「でも、お前が──」
ようやく顔を上げると、春人はそこで立ち尽くしていた。何か言いたげに、でも言葉が見つからないみたいに口を噤んでいる。
そのとき、ドアが再び開いた。
「──ったく、まーた揉めてんのかよ、お前ら」
ケイだった。
「ケイ……」
「タケル、ちょっと俺と話そ。春人、お前は戻れ」
ケイは春人の肩を軽く叩く。
春人はしばらく俺たちを交互に見やり、その後、何も言わずにドアの向こうへ消えていった。
ドアの音が閉まると、ケイは隣に座って、俺の背中をポンと叩いた。
「泣けよ。俺が見ててやるから」
「は?泣くわけないだろ。なんで俺が」
けれど、その言葉が合図だったかのように
俺の目から涙がこぼれた。
「……っ、くそっ!」
情けなくて、悔しくて、どうしようもなくて。
顔なんて見せられないから、両腕で覆いながら、声を押し殺して泣いた。
ケイは何も言わず、ただ横でじっと座っていてくれた。
スマホも見ないし、変に慰めようともしない。
それが逆に、すごくありがたかった。
しばらくして、ようやく落ち着いてきた俺に、ケイは静かに言った。
「……俺も、知ってるよ。その気持ち」
「え?」
「春人を好きなんだろ?」
俺は顔を上げた。
ケイは空を見上げたまま、ふっと笑った。
「俺もさ、気づいたらあいつを目で追ってたんだよねぇ。無愛想だし、無口だし、何考えてんのか分かんねーやつなのに。……でも、なんか惹かれるんだよな。あの自由でわがままな猫みたいなとこ」
「……うん」
「んで、気づいたら、麻央のこと見てる春人の顔に、すげー嫉妬してんの。……あんな顔、俺には見せたことないのにってさ」
俺はハッとした。
こいつも気づいてたのか。
「タケルさ、お前、ちゃんとしてるよな。……応援しようって決めたんだろ?」
「……うん。でも……ダメだな、全然。ちょっとした一言で、すぐグラグラする」
「当たり前だろ。好きなんだもん。そんくらい動揺して当然」
ケイの声は優しくて、どこか自嘲が混じっていた。
「もう行こ。授業なんてどうでもいいけど、腹減ったろ?パンくらい買ってやるよ」
「……それ、慰めになってんのか?」
「なるわ。甘いもん食えば、なんとかなるって昔から決まってんだよ」
俺は笑いながら差し出されたその手を取った。
ヒヤリとした夏の終わりの風の中で、ほんの少し、心があたたまるのを感じた。
───
「じゃあ早速行きますか」
そう言ってケイが連れて行ってくれたのは、学校から歩いて15分ほどの場所にある、古びたパン屋だった。
商店街の外れにあって、店構えは地味だけど、焼きたての香りにやたらとそそられた。
「ここ、知ってる?」
「……いや、知らない」
「だよな。ここ小学生のときから通ってんだけどさ、チョコクロワッサンが神だから、騙されたと思って食え」
店の奥から出てきたおばちゃんが、ケイの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「あらー!ケイくん久しぶりじゃないの。今日はお友達も?」
「ちょっとサボってきた」
「まあまあ、若いっていいわねえ。チョコクロ焼きたてよ」
「やったー」
俺たちはチョコクロとクリームパン、それにメロンパンまで買い込んで店を出た。
そして公園のベンチで鳩に圧をかけられながらそれらを食す。
「なあ、タケル」
チョコクロをかじりながらケイが言った。
「めちゃくちゃ目が腫れてんぞ」
「え?マジで?」
「……ああ。ドン引き」
俺が肩を落とすと、ケイはくくっと笑った。
「でも、そんだけ本気だったってことだろ。忘れられなくてもいいんじゃねーの。そっから先、どうするかは……まあ、明日考えりゃいいさ」
「……そうだな。今日くらい、いいよな」
「おう」
パンをかじりながら、しばし沈黙。
……と、ここで俺のスマホがブルブルと震えた。
「うわ、やっべ。麻央から鬼電来てた」
「俺も」
通知欄には【着信18件】の文字があった。
「やばい、心配されてんな……」
「でも、さっきはほんと無理だったし」
「うん、今日は許して」
お互い笑いながら、画面を伏せてベンチにスマホを置く。
そしてどちらともなく、空を見上げた。
秋の空は高くて、やけに青くて、少しだけ冷たかった。
誰も来ないし、誰も見ない。
泣いてたってバレないし、弱い自分を隠さなくていい。
そのときだった。
「いた」
ドアがゆっくり開いて、誰かが側に来る足音がした。
振り向かなくてもわかる。春人だ。
「……どうかしたのか?」
出来るだけいつも通りに聞こえるように尋ねた俺に、春人は少しだけ間を置いて返した。
「……お前、授業始まっても戻んねぇから」
「──どうせ麻央に言われたんだろ?」
春人の足が止まる。
「ちげぇよ!」
図星だ。頼むからもう少し上手く隠してくれ。あれだけ普段無表情なくせに、麻央のことになるとどんだけポンコツになるんだよ。
「じゃあ、なんで来たんだよ?サボろうと思ってたのに邪魔すんなよー」
なるべく軽く、俺の傷は見せないように。そう思いながら春人に笑って見せる。
「……なんか分かんねーけど、とりあえず戻ろうぜ」
「分かんねーならほっとけよ。心配すんな、別にお前は悪くないよ」
そう、悪いのは勘違いして期待した俺だ。
「でも……」
「なんだよー、いつも人のことなんて構わねーのに」
揶揄うようにそう言うと、春人はムッとしたように黙り込んだ。
麻央は春人にとって必要な人なんだろう。
それが俺であればと胸の片隅でちらりと思ったが、そんなことを考えたところでどうにもならない。
「……もういいから戻れよ、授業始まってるし」
「でも、お前が──」
ようやく顔を上げると、春人はそこで立ち尽くしていた。何か言いたげに、でも言葉が見つからないみたいに口を噤んでいる。
そのとき、ドアが再び開いた。
「──ったく、まーた揉めてんのかよ、お前ら」
ケイだった。
「ケイ……」
「タケル、ちょっと俺と話そ。春人、お前は戻れ」
ケイは春人の肩を軽く叩く。
春人はしばらく俺たちを交互に見やり、その後、何も言わずにドアの向こうへ消えていった。
ドアの音が閉まると、ケイは隣に座って、俺の背中をポンと叩いた。
「泣けよ。俺が見ててやるから」
「は?泣くわけないだろ。なんで俺が」
けれど、その言葉が合図だったかのように
俺の目から涙がこぼれた。
「……っ、くそっ!」
情けなくて、悔しくて、どうしようもなくて。
顔なんて見せられないから、両腕で覆いながら、声を押し殺して泣いた。
ケイは何も言わず、ただ横でじっと座っていてくれた。
スマホも見ないし、変に慰めようともしない。
それが逆に、すごくありがたかった。
しばらくして、ようやく落ち着いてきた俺に、ケイは静かに言った。
「……俺も、知ってるよ。その気持ち」
「え?」
「春人を好きなんだろ?」
俺は顔を上げた。
ケイは空を見上げたまま、ふっと笑った。
「俺もさ、気づいたらあいつを目で追ってたんだよねぇ。無愛想だし、無口だし、何考えてんのか分かんねーやつなのに。……でも、なんか惹かれるんだよな。あの自由でわがままな猫みたいなとこ」
「……うん」
「んで、気づいたら、麻央のこと見てる春人の顔に、すげー嫉妬してんの。……あんな顔、俺には見せたことないのにってさ」
俺はハッとした。
こいつも気づいてたのか。
「タケルさ、お前、ちゃんとしてるよな。……応援しようって決めたんだろ?」
「……うん。でも……ダメだな、全然。ちょっとした一言で、すぐグラグラする」
「当たり前だろ。好きなんだもん。そんくらい動揺して当然」
ケイの声は優しくて、どこか自嘲が混じっていた。
「もう行こ。授業なんてどうでもいいけど、腹減ったろ?パンくらい買ってやるよ」
「……それ、慰めになってんのか?」
「なるわ。甘いもん食えば、なんとかなるって昔から決まってんだよ」
俺は笑いながら差し出されたその手を取った。
ヒヤリとした夏の終わりの風の中で、ほんの少し、心があたたまるのを感じた。
───
「じゃあ早速行きますか」
そう言ってケイが連れて行ってくれたのは、学校から歩いて15分ほどの場所にある、古びたパン屋だった。
商店街の外れにあって、店構えは地味だけど、焼きたての香りにやたらとそそられた。
「ここ、知ってる?」
「……いや、知らない」
「だよな。ここ小学生のときから通ってんだけどさ、チョコクロワッサンが神だから、騙されたと思って食え」
店の奥から出てきたおばちゃんが、ケイの顔を見るなり満面の笑みを浮かべた。
「あらー!ケイくん久しぶりじゃないの。今日はお友達も?」
「ちょっとサボってきた」
「まあまあ、若いっていいわねえ。チョコクロ焼きたてよ」
「やったー」
俺たちはチョコクロとクリームパン、それにメロンパンまで買い込んで店を出た。
そして公園のベンチで鳩に圧をかけられながらそれらを食す。
「なあ、タケル」
チョコクロをかじりながらケイが言った。
「めちゃくちゃ目が腫れてんぞ」
「え?マジで?」
「……ああ。ドン引き」
俺が肩を落とすと、ケイはくくっと笑った。
「でも、そんだけ本気だったってことだろ。忘れられなくてもいいんじゃねーの。そっから先、どうするかは……まあ、明日考えりゃいいさ」
「……そうだな。今日くらい、いいよな」
「おう」
パンをかじりながら、しばし沈黙。
……と、ここで俺のスマホがブルブルと震えた。
「うわ、やっべ。麻央から鬼電来てた」
「俺も」
通知欄には【着信18件】の文字があった。
「やばい、心配されてんな……」
「でも、さっきはほんと無理だったし」
「うん、今日は許して」
お互い笑いながら、画面を伏せてベンチにスマホを置く。
そしてどちらともなく、空を見上げた。
秋の空は高くて、やけに青くて、少しだけ冷たかった。
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