恋人以上の幼馴染と、特別な関係を築くまで

永戸望

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幼馴染は譲れない

やはり俺の幼馴染は間違っている

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ーー「幼馴染契約しない?」

 あの時から、私と結人の少し歪な関係は始まってしまったような気がする。

 幼馴染契約書。
 それは同居時のルールを定めるという側面を持ちながら、名前の通り幼馴染関係を強固な縛るものだった。

 あの時、失わないために制定したルールが、今新しいものを手に入れることへの壁となってしまっている。
 現状維持は停滞である。

 前に歩かないといけないのに、私はずっと止まったまま。
 前に進み出した結人の邪魔にしかなっていないのだ。

 だから私は。

「私の気持ちを聞いて欲しい」

 この数週間ずっと考えていた。私がどうするべきなのか。
 結人の気持ちを知って、どうするべきなのか。

 リリアナさんの登場で揺らいだ私の心。自分でも処理しきれなかった感情の渦。
 それを、少しずつ噛み砕いて、整理していった。
 今日1日遊んで分かった。

「私は……結人と付き合っても良いと思ってるよ」

 これが、私の素直な気持ち。
 
「いつも私を気にかけてくれて、優しくて、めんどくさがりながらもなんだかんだ助けてくれる、そんな結人なら、私は良い」

 奈緒ちゃんとかリリアナさんとかと仲良くしてるのを見て私は嫉妬してた。
 だから冷たく当たってしまった
 そんな私が嫌いだった。

「だから、私がどうするべきなのか。それをずっと考えてた。どうしなきゃいけないのか」

 前に進むには、どうしないといけないのか。
 その答えは、もう出ていた。
 ただ、その答えを見ないようにしてただけ。
 嫌なものを拒絶して、理想だけを見ていた。

「悪くないなって。結人と恋人になって、普通に生活して、普通にステップアップしていって。……きっと、そうやって楽しく生きれると思うんだ」

 私の望む未来像。
 古臭い考えかもしれないけれど。理想的なに、結人とならなれる気がする。
 結人と一緒なら、それで良いと思ってる。

「……だから、結人と恋人に」

「なあ紬」

 結人は、言葉を強く私に言い放つ。

「それで、俺が喜ぶと思ってるのか?」

 ……え?
 結人は、怒りを滲ませていた。

    ◇

「私は……結人と付き合っても良いと思ってるよ」

 俺は、この言葉を聞いて気持ちが昂った。
 嬉しかった。
 俺の聞きたかった言葉。求めていた答え。
 それがこんなにも早く聞けるなんて、嬉しくてたまらなかった。

 でも。

「それで、俺が喜ぶと思ってるのか?」

「え……」

 俺の反応に、紬は驚きの声を上げる。
 そりゃそうだ。
 付き合ってもいい。付き合える可能性が出てきたっていうのに、俺は紬に突っかかっている。
 紬は想定していなかっただろう。
 俺だって、こんなこと言いたくない。今すぐにでも承諾したい。

 ……でも、この鹿には言わなきゃいけない。
 言わなきゃ分からない。
 いつも知ったふりして、分かってるように振る舞ってるこいつには、口で言わないと伝わらない。

 幼馴染だから伝わるなんて幻想だ。誰であろうと、本音は言わなきゃ伝わらない。

「紬。お前さっきから、なに勝手に悟ったような口聞いてるんだよ」

「え……?」

「『私がどうするべきか?』『どうしないといけない?』? そのどこにお前の気持ちがあるんだよ」

 こいつは、ひと言もとは言っていない。
 自分がしたいわけではなく、しないといけない。

「俺を憐れんで私は別にどうでも良いけど仕方ないから付き合ってあげるなんて態度、俺が喜ぶと思ってるのか」

「そんなつもりじゃ……」

「そうだな。いつもそうやって自分の気持ちを押し殺してるから、誰か本音か分からなくなるんだよ」

 何かに固執して、失わないように、亀裂を生まないように、円滑に物事が進むように。
 紬は、いつだって自分が損する役回りばかり引き受ける馬鹿だ。
 
 常に、夏目紬を演じている。

「俺はお前の本当の気持ちが聞きたい。お前は、どう思ってるんだよ」

「私の、気持ち……?」

「そうだよ。夏目紬の本当の気持ちを教えろ。……俺になんて遠慮するな、配慮するな。お前の好き勝手には慣れてる」

 例え何を言われようと、俺は覚悟している。何かを失うことを恐れては、前には進めないから。

 俺の言葉に、紬は固まった。

「私の……気持ち」
 
 そして、紬は……。
 涙を、溢した。

「……私は、結人が好き。大好き。信頼してる。何かあったら1番に報告したいし、悲しい時はそばにいて欲しい。……でも、それが恋なのかは分からないの。結人といたら楽しい。でも、世間一般でいうドキドキは感じないの。安心しちゃうの、だからこれが恋なのかわからない。でも、好きなの……」

 紬は、泣きながら膝をつく。
 ……ほんと、こいつは涙脆い。
 本当は弱いから、常に明るく気取って、深く考えないようにして、感情が溢れないようにしていたんだ。

「そうか」

「……私は結人と一緒にいたい。でも、この気持ちが恋かと言われると分からない。十数年、一緒にいてこれから好きになれるか保証はないの。……だから、恋人になったとしても満足のいく答えを返せないと思う。……私は、結人と家族でいたい」

「そうか。……ちゃんと言ってくれてありがとうな。スッキリしたよ」

 そのまま、紬が泣き終わるまで砂浜にいた。

    ◇

「……電車、無くなっちゃったな」

「…………ほんとごめん」

「別に謝ることじゃないよ」

 紬が泣き終わる頃には、すでに日は落ちて、帰る手段がなくなってしまった。
 田舎の電車本数、少なすぎる。

 美雪さんにも連絡はしたが、美雪さんは車を持っていないのでタクシーで帰るしかない。

 が、

「ねえ結人。……あれ」

 紬が、袖をくいっと引っ張り指を指す。
 その先には、ネオンに光る建物。
 ピンクの外観に『HOTEL』の文字。

 …………いやいや。
 幼馴染とそれは流石にまずいだろ。

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