恋人以上の幼馴染と、特別な関係を築くまで

永戸望

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幼馴染は譲れない

ホテル、幼馴染と一緒

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「……うわぁ、ほんとに結人と来ちゃった」

「うわぁとか言うなよ」

「あ、ごめん。……別に嫌って訳じゃ……あ、でもだからといって今すぐアレはちょっと」

「分かってよ。ただ寝るだけだよ」

「寝る!?」

「睡眠だよ! 明日の朝までな!」

 俺は、ホテルの部屋に入ると緊張で震えていた。
 外は雨が降り始め、電車もなくなり、こんな田舎じゃタクシーも捕まらなかった。
 だから、仕方なくホテルの部屋を取ったのだ。何かの運命力が働いたように、一部屋しか空いてなく、一緒の部屋になったのだが。

 横を見ると、紬が少し顔を赤くして立ちすくんでいる。

「安心しろ紬」

「うん?」

「絶対に変なことはしない。約束する。俺のことは床で縛り上げた状態で寝ても良い」

不安なのは、紬の方だろう。

「……あ、ありがとう? でも、別に心配してないよ。結人はそういうことしないって、私が1番わかってるから」

「そうか……」

 1番わかってる。
 その言葉に、俺は少し胸が躍った。
 そして、紬は頭を掻きながら

「……べ、別に結人になら変なことされても」

「おい」

「ひゃいっ」

「俺がじゃねえよ。紬がどうしたいかだ。俺はしないから安心しろ」

「……はぁ」

 なにか、紬は心底呆れた表情で俺を見つめる。
 ……なんだよ。

「結人は、言葉の表裏って知らないの?」

「そんなの知るか。言いたいことがあったら言ってくれ。じゃないと分からん」

 紬の察せという考えに、今までどれだけ苦しめられたか分からない。
 そのせいで、こんなに拗れたんだ。もっと、素直に行こうぜ。
 
「それに、俺と紬は家族なんだろ? なら、変なことしないよ」

 紬は、覚悟を持って「家族でいたい」と伝えてくれた。だからこそ、俺はそれを裏切ることはしてはいけないんだ。

「そっか。……なら、安心だね」

 そういうと、紬は部屋へとズカズカ入り、ベッドへダイブした。

「うわぁ! 柔らかいよこれ! ……なんか枕元に沢山なんかある………………!? や、これは見ない方がいいね、うん」

 そう言いながら紬は、枕元にタオルをかけて見えないようにする。
 まあ、ここはそういうホテルなのでそういうものが置いてありますよね……。 

「あ! そういえば、お風呂入らないと! ……砂でベタベタする」

 紬は、パタパタ手で顔を仰ぎながら、シャワー室へ向かう。

「結人、覗かないよね?」

「覗かねえよ」

「……おお、このやり取りやってみたかったんだよね」

 紬は感嘆の声をあげると、扉を閉めた。
 俺と紬は同じ家に住んでいるんだ。お風呂なんて日常茶飯事。何も起こりはしない。

 数分後。
 扉越しに聞こえるシャワーの音。そこに紬のいるという気配。微かに聞こえる紬の鼻歌。
 やべえ、めちゃめちゃ意識しちゃう……。
 こんなイレギュラーな状況だと、普段は何も思わないことでも、変に体が反応してしまう。
 しかも、隣の部屋から聞こえる甘い声が、脳を刺激し身体が熱くなっていく。
 そしてさらに数分。シャワーを終え、部屋に置いてある服に着替えた紬が出てくきた。

「お風呂、使って良いよ」

「お、おう」

「……結人、大丈夫?」

「え? 何が!?」

「無理、してたりしない?」

 無理は相当してますね、はい。邪な心でごめんなさい。

「大丈夫だ。シャワー浴びてくる」

 俺は、紬から逃げるようにシャワー室へと足を踏み入れた。

   ◇

「……終わったぞ。って、紬?」

 俺がシャワー室から出ると、紬はベッドで横になり「すぅすぅ」と寝息を立てていた。

「この状況でも寝れる精神力よ……」

 それだけ俺も信頼されてるって事だろうか。そう思えば、悪い気はしなかった。
 俺は、紬の寝顔を見ながら夕方のことを思い出す。

「私は、結人と家族でいたい」

 家族、ね……。
 ここでの家族とは、何を指すのだろうか。父母兄弟姉妹叔父叔母孫etc……家族の中での名称は、色々あれど、俺と紬をカテゴライズするものを見つけることができない。
 どこまでが許されてどこまでが許されないのか。

 大切な人だと思っていてくれるのは嬉しい。だから、俺も家族でいることには納得したり、理解もする。
 家族としての感情を、俺も持ち合わせていたから。この何年も、一緒に同じ家で住んできて、もうそれが当たり前で、それが日常で、それが家族の形だと思っていた。

 ……でも、その裏にある恋心を、どう処理するべきなのか、俺はどうするべきなのか分からない。
 
 家族に、恋心を抱くのは悪いのだろうか。
 法律上、戸籍上。俺と紬は他人である。ただ、自宅が同じなだけ。
 一緒に住んでいるだけの関係。親が別に再婚してる訳でもない。
 別に兄弟姉妹ではない。

 だけれど、紬は「家族でいたい」と願った。
 家族……か。

 幼い頃に母を亡くして、父親と二人。父親は海外転勤に。
 そんな中、日本に残って助けてくれたのは美雪さんと紬。だからこそ、紬は家族。

 俺は、紬の顔をじっと見つめる。

 このアホみたいな寝顔も、凛とした普段の顔も、慌てて口をあんぐり開けた時の顔も全部。
ーー行かないで、結人
 あの涙が、俺の心を撃ち抜いたんだ。

 ほんと、こいつは罪深い。
 自分勝手で、傲慢で、負けず嫌いで。
 すごく、めんどくさい

「だけど………そこが、好きなんだ」

 夏目紬のことが、どうしようもなく。
 好きになってしまった。

 恋愛は、先に好きになった方が負けだと、どこかで聞いた。
 惚れた方が負け。
 惚れた方が、尽くしてしまう。

 こんな、わがままな女の幼馴染になってしまった俺の負けなんだ。

    ◇

「だけど………そこが、好きなんだ」

 実は私、夏目紬。目が覚めていました!
 少しうたた寝していたら、結人がじっと見つめてきている事に気づき、とっさに寝てるふりをしてしまった。

 結人の、絞り出すような「好き」という言葉。
 それを聞いて、私は嬉しかったのと同時に、胸がキュッとなった。

 家族でいたいと、私は願った。その気持ちに変わりはない。
 幼馴染として、家族としての結人との時間が長く、それ以上の幸せなんて想像出来ないから。

 でも、それで結人を苦しめてしまっている事にも気付いている。困らせていることも分かってる。
 だけど、私の気持ちに嘘はつけない。

 
 だから、私は決めました。
 結人には言わないけれど。きっと、困るだろうし、怒られそうだから。
 私は、結人を好きになる。
 これから、沢山好きな所を見つけて、結人に恋をする。

 それが、私なりのケジメだよ。
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