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第6話 メイド、付いてくる
しおりを挟む屋敷を追い出された僕は、森の中を当てもなく彷徨い歩いていた。
ヴァレイユ家の屋敷は、町外れの森の奥深くにある。
だから、町へ行く為には必然的にこの森を通り抜けないといけないのだ。
……しかしよく考えてみれば、こうしてのびのびと外を歩くのは久しぶりかもしれない。
僕が神から何一つとして魔法を授かれなかったあの日から、ずっと屋敷の中に幽閉されていたし。
なんでも、ヴァレイユ家の恥が人前に姿を晒してはいけないらしい。
でも今は自由だ。そう思うと、家を追い出されたのは悪いことばかりでもないのかもしれない。
「ふふ……ははは……」
……そう思ってないと、やっていられなかった。
「……間抜けな奴だな…………」
僕は自分に向けて言う。
もうじき日が暮れそうだ。
きっとこのまま、夜の森で魔物に食べられて死んでしまうのだろう。
「あはは、あはははは」
それも悪くないかもしれない。――魔物に襲われたら、僕はどんな風に惨めに泣き喚くのだろうか。
ずたずたに食い破られた僕の死体を見れば、兄さんやハウラさんは喜んでくれるだろうか。
歩き疲れた僕は、その場に膝をつく。
兄さんが居て、妹達の笑顔が見れれば、僕は満たされていた。
それなのに、生きていくための心の支えも目的も、全て失ってしまったのである。
「……聞こえてるでしょ? 僕もあっちに行くから……一緒に――」
絶望し、虚空に向けて呟きかけたその時。
「お待たせしましたアニ様」
真上で女の人の声がした。
「はっ!」
掛け声と共に木から飛び降り、僕の前で華麗な着地を決めたのはハウラさん――ではなく、兄さ……デルフォスの世話係をしていたメイドさんだった。
「あ、あなたは……オリヴィアさん……?」
「申し訳ございません。屋敷から抜け出すのに少々手間取ってしまいました」
そう言って僕の方へ近づいてくるオリヴィアさん。
「ど、どうしてこんなところに……?」
彼女は、屋敷の使用人の中でも唯一僕に優しくしてくれた人だ。
小さい頃いつも泣いていた僕のことを、なぜかとても気にかけてくれたことを覚えている。
でも……。
「オリヴィアさんも……僕のことを嗤《わら》いに来たの……?」
「……………………っ!」
オリヴィアさんは突然駆け寄って来て、僕のことを抱きしめた。
「アニ様……っ! 辛い思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
「わっ……!」
何故だか懐かしい匂いがして、僕は思わず目を閉じる。
――もしかすると、オリヴィアさんはまだ知らないのかもしれない。
それなら、早く教えてあげないといけない。
「僕にされて嫌だったこととか……ずっと我慢してたこととか……僕をどんな風に懲らしめたいかとか…………何でも言って、好きなだけ殴って良いんだよ……? 僕はもうヴァレイユ家の人間じゃない、ただのゴミだから……」
「な、なんてことを仰るのですかっ!」
オリヴィアさんは青ざめた顔で、右手を振り上げる。
僕はぎゅっと目をつぶって、その手が振り下ろされるのを待った。
――だけど結局僕は叩かれず、もう一度抱きしめられる。そして、優しく頭をなでられた。
「グレッグですか? デルフォスですか? それとも……ハウラですか? 教えてくださいアニ様。一度屋敷へ戻り、あなたにそんな言葉を言わせた人間を血祭りに――――」
「だ、だめだよオリヴィアさん!」
自分より危うそうなオリヴィアを見て、僕は少しだけ冷静になる。
「違うんだ。今のは……その、僕が勝手に勘違いしただけだから……」
どうやら、オリヴィアさんは僕に恨み言を言いに来たわけではなさそうだ。
「……分かりました。アニ様のお心に免じて、この件はひとまず不問といたしましょう」
「う、うん」
僕はしばらくじっとしていたが、オリヴィアさんはいつまで経っても離してくれそうにない。
とりあえず、このまま話をするしかないのだろうか。
「ところで……どうしてオリヴィアさんはここにいるの?」
「はい。それは……私《わたくし》が真にお仕えするのはレスター家――アニ様ただ一人だからでございます」
「れ、レスター家…………?」
「今まで本当のことを話さず申し訳ありませんアニ様。あなたはヴァレイユ家の人間ではなく、レスター家の嫡男――アニ・レスターその人なのです」
「…………?」
レスター家……確か、かつてヴァレイユ家と肩を並べて名門と称されていた家名の中に、そんな名前があった気がする。
何があったのか詳しい事は分からないけど、今となっては名前を口にする者もないくらい没落していることだけは間違いない。
「い、いきなりそんな話をされても……僕、分からないよ。――――それならどうして、僕は今まであのお屋敷に……?」
「……全て、私個人の判断によるものです。私には……こうするしか……」
そう言うと、オリヴィアさんは今までのことをゆっくりと語り始めた。
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