異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

うみ

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12.うぎゅー

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「よいしょー」

 赤い丸を槍の穂先でグサリと刺した。
 案外、硬いな。
 穂先が中に入っていかない。
 勢いをつけて威力を増そうにも、洞の中は狭くてコアラの体格でも少しジャンプしただけで頭がつっかえてしまう。
 
「戦いは数だよ。兄貴」

 偉大なる先人の言葉を呟きながら、一心不乱に何度も何度も何度もおおお突き刺す。
 よおおっし。削れて来たぞ。塵も積もれば山となる。
 この調子、この調子。
 
 これだけ暴れているのに、エルダートレントは手を出して来る様子はない。
 どうやらここは、弱点があるにも関わらず安全地帯のようだな。
 強力なモンスターだと言うのに灯台下暗しとはまさにこのこと。願ってもねえ展開だ。
 まともに攻めたら、ジャックオーランタンを抜きにしても無数の刃が襲い掛かって来るからさ……。
 
 考え事をしながらも、手は一切止めない。
 もうひと踏ん張りだ。
 頑張れ、俺!
 
 ――ゴツン。
 何かを破壊した感触が手に残る。
 お、おお。
 赤い丸が消えているじゃあないか。
 てことは、弱点を破壊したってことだ。
 
 だけど、エルダートレントが崩れていく様子はない。
 巨体だから、俺のいる場所まで砂になるには時間がかかるのかも。もしくは、この弱点を潰すだけじゃあ倒せないのか?
 一抹の不安がよぎった時、ぐらりと足元が揺れる。
 
「う、うおおお」

 完全に足元が浮く。
 横倒しにエルダートレントが倒れでもしたか?
 そのまま洞の外に飛ばされそうになったが、爪を引っかけて洞の中から顔だけ外に出し様子を窺う。
 
 え?
 トリアノンが斧を振り回し、エルダートレントの枝から伸びる無数の刃を打ち払っている。
 弱点を潰したからか、エルダートレントの枝は彼女へ襲い掛かるというよりは力が抜けて落ちてきているって感じだった。
 そこまではいい。
 問題はオルトロスの口元に赤いものがチロチロと見え隠れしていることだ。
 それも二つの口元から。
 
「待てええええ! ブレスは止めろって言ってんだろおお!」

 思わず叫んだとこで、エルダートレントがグラリと横に倒れ込み始める!
 う、うおおお。
 落ちる。落ちるうう。
 
 ――ポフン。
「大事ないか?」
「お、おう」

 落ちてきたところをトリアノンが素早く俺をキャッチしてくれた。
 だから、ぎゅーってするんじゃねえってば。痛い、鎧が痛い。

「ってそれどころじゃねえ。その犬が炎を吐こうとしているだろ!」
「オルトロスは、戦いでちょっと興奮しているだけだ。なあに心配などないさ」
「いや、ほっといたら大火災になるよね?」
「そんなことになるかもしれないし、ならないかもしれない」
「いいからやめさせろって!」
「全く貴君は心配性だな」

 トリアノンが口笛を吹くと、オルトロスの動きがあっさりと止まる。
 ん? こんな漫才をしている暇があるのかって?
 あるさ。
 
 何故なら、エルダートレントがぶっ倒れたまま動かないからな。
 トリアノンとオルトロスがジャックオーランタンを全滅させたみたいだぞ。
 正直、エルダートレントが倒れたことよりも、あれほどの物量を誇るジャックオーランタンを短時間で仕留め切ったことの方が驚きだよ。
 彼女らが戦っていた場所が火の海になっていないことに、ホッと胸を撫でおろす。
 
「願うと良い」

 ん? えらく唐突だな。
 俺を胸に抱いたままトリアノンが呟く。
 祈るって? エルダートレントへ哀悼の意でも示せってのか?

「そんな悠長なことをやっている場合じゃないだろ。エルダートレントの息の根を止めねえと」

 エルダートレントはまだ砂になっていっていない。
 まだまだ油断できねえぞ。
 しかし、トリアノンは静かに首を振り、俺の言葉を否定する。

「オルトロスの様子を見ろ。エルダートレントは既に倒している」

 いや、さっきまで思いっきり炎のブレスを吐こうとしていたよね?
 オルトロスに目を向けると、確かに先ほどまでと違ってリラックスムードになっていることは分かる。
 地面に伏せ、前脚に頭を乗せて欠伸までしているのだから。
 それでも、不安は残る。

「エルダートレントは、まだ砂化していっていないぞ」 
「エリアボスを討伐したのは初めてか?」

 エリアボス? 当たり前だが、異世界に来てそのまま放り出された俺が知るわけがない。
 エルダートレントは俺がこれまで確認したモンスターの中では図抜けて強者の気配を放っていた。
 そこで寝そべるオルトロスも森のモンスターに比べると断然強いが、エルダートレントほどではない。
 なるほど。
 エルダートレントは特別なモンスターだったってわけか。だから、やたらめったら強かったんだ。

「普通のモンスターと違いがあるのか?」
「うむ。通常のモンスターは倒すと砂になるが、エリアボスは討伐してから消え去るまでに少し時間がかかる」

 ピンと来た!
 俺って天才かもしれないぜ。

「ひょっとして、エリアボスの場合はドロップアイテムを選ぶことができるのか?」
「選ぶ……まあ、似たようなものか」
「つまり、欲しい物をねだることで、ドロップアイテムが決まるってことだろ?」
「何でもってわけにはいかないが、通常モンスターが落とすレアアイテム程度ならまず獲得できる」
「ま、マジか……」
「本当だとも。貴君が倒したのだ。貴君が願うといい」

 よおおおっし。
 こいつは期待大だ。
 「通常モンスター」が落とすアイテムなら、ゲットできるんだろ?
 欲しい物? そんなもの決まっている。
 俺に迷いなんて微塵もないぜ。
 
 目を瞑り、願う。
 
『ユーカリの葉!』

 すると、エルダートレントが白い光を放ち、光が収まると完全に姿を消す。
 後には、大量のユーカリの葉がドロップしていたじゃないか!
 枚数は数えてみないと分からないけど、三百はくだるまい。
 
「す、すげええええ! エリアボス最高だ!」

 ひゃっほーい。
 トリアノンの腕から滑り落ち、アイテムボックスにユーカリの葉を仕舞い込んで行く。
 あ。

「すまん。トリアノンにも半分渡さなきゃだな」
「貴君……何故そんなゴミを願ったのだ……」
「これ以上の宝物なんて無いだろ?」
「そ、そうか。私には必要ない。全て持っていくがいい」
「それだと、俺だけ得をするじゃないか。遠慮はいらない。持って行ってくれ」
「……貴君が全て持て。その代わりと言ってはなんだが……」

 トリアノンは俺の耳元で囁く。
 
「分かった。ユーカリの葉の報酬としては安いものだ」
「良し!」

 ギュッと両手を握りしめるトリアノンであった。
 
 ◇◇◇
 
 ――森の中、とあるキャンプ地。
 
「うぎゅー」
 
 また変な声が出た。
 トリアノンとの約束で、彼女と一緒にゴロンと寝転がることになったのだ。
 添い寝するだけでいいって言ったのに、ぬいぐるみのように扱いやがって。
 口元が緩みっぱなしで俺の頭や背中をわしゃわしゃしてくるトリアノンに、もはや戦士としての威厳など全くない。
 いい加減、寝てくれねえかな……。
 寝たら脱出するつもりなんだけど。もう、深夜三時頃のはず(コアラ腹時計による)。
 
「トリアノン」
「何だ? もっと撫でて欲しいのか?」
「……それは君がやりたいことだろ……」
「ほう。貴君も撫でたいのか? 頭くらいならいいぞ」

 話が通じません。
 ボク、ドウシタライイノ?
 いいやもう。通じないなら通じそうな話をしたらいい。
 せっかく彼女と会話できるのだ。少しでも情報を得たい。
 
「そういや、オルトロスを連れて街に行くのか?」
「もちろんだとも」
「でも、あんな凶悪そうな……失礼。あれほど大きくても街に入れてもらえるの?」
「うむ。私のペットだからな。テイマーがしっかりテイムしている生物だと登録しておけば問題ない」

 もし暴れ出したらとか、街の衛兵は考えないんだろうか……。
 ちょっとザル過ぎないか、街の治安。
 
 この後、数度「うぎゅー」と声が出たくらいで、特に何事もなく明け方を迎える。
 結局、トリアノンは一睡もせずだった。
 
「じゃあな。エルダートレントとの共闘助かったよ」
「わたしこそ。無事、討伐できた」

 手を振り、太い幹をスルスルと登って行く。
 枝に登ったところで、トリアノンに手を振ると彼女も手を振り返してくれた。
 
「達者で」
「貴君もな。また森で会うこともあろう」

 オルトロスを引き連れ、「全身鎧のテイマー」トリアノンは俺に背を向け歩き出す。
 彼女の姿が見えなくなったところで、俺も移動を始める。
 
 ふああ。眠い。 
 
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