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101.エルのおうち

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 ローマに戻った俺はベリサリウスへ状況報告すると共に預かった書状を彼に渡す。
 ベリサリウスは辺境伯が所持するであろう五千という数字を聞くと、獰猛な笑みを浮かべていた……怖いって。

「ふむ。ご苦労だった。プロコピウス。兵の訓練は私が行おう。お前は情報を集めてくれ」

「分かりました。逐一報告いたします。フランケルにも出向いてみます」

「よろしく頼む。相手の出方次第だが、戦略会議は近く行う」

「了解致しました!」

 俺はベリサリウスの元を辞すと一旦自宅に戻ることにした。エルラインもそのまま俺についてくる様子だ。

 戦争になりそうな状況だけど、今すぐ何かって事はないんだよな。
 ベリサリウスから俺に課せられた仕事は情報収集だけど、フランケルに行くのは当然として、外部の知人には全て会っておこうと思う。
 外部の知人と言っても、カエサルとジャムカにガイア達冒険者らだけなんだが。
 あ、ああ。後は行商人達か。

 今後の動きを考えていると、自宅に到着したので一旦椅子に座り、一息つく。

 今日の当番はカチュアで、俺が座るとすぐに、俺とエルライン二人分の水を持ってきてくれた。

「ふう」

 俺が再びため息をつくと、向かいに座ったエルラインがニヤニヤと微笑んでいる。この微笑みは嫌な予感がする奴だよ!

「な、何かなー?」

「どうも王都で動きがあるみたいだね」

「王都で? 一体どうしたんだ?」

「んー。見た方が早いよ。こっちに来てよ」

 まさか、王都まで突然転移とかしねえだろうな。とは言っても留まってるわけにもいかないから俺はエルラインの隣まで歩く。
 俺が近くに来たことを確認したエルラインは、いつもの大きなルビーが先端に付属した杖を軽く振るう。

――視界が入れ替わり、古ぼけた屋敷が目に入った。

「ここは?」

「僕の家だよ。歓迎しようって前から言ってたじゃないか」

 エルラインはウキウキとした様子で、俺について来るように促すと、俺たちは洋館に入る。

 洋館は全て木製みたいだったが、歩いてもギシギシといった木が傷んだような音はしない。
 しかし、見た目が物凄いんだ。この家。
 外観は一面蔦が覆い、外壁が見えないほど汚れがついている。中も同じで、蔦が廊下にも部屋の中にも侵食し、一面蔦だらけだ。
 掃除なんてしたことがないかのように、蔦の上に埃が被り、歩くたびに埃が舞い上がる。
 それでも木製の床は傷んだ音がしないんだ……不気味過ぎる。

「エル? 一体どうなってるんだ?」

「ん? 建材のことかな? 魔術だよ」

「魔術で木が傷まないのか?」

「まあ、そんな感じだよ。さあ、着いたよ。ここだ」

 エルラインが扉の前に立つと、扉は音も立てずに独りでに開く。

 中には壁に沿って大きな机と棚が設置してあり、埃を被っている。左右には天井まで届く本棚が置いてあり、ぎっしりと本が詰まっていた。
 机の上にある棚には沢山の鏡が立て掛けているが、全て違う風景を映している! 俺の目から見たら小さいモニターが大量に並んでいるように見えるが……

「エル? これは?」

「うん。これはね。いろんな場所の風景を映しているんだよ」

「これも魔術なのか?」

「うん。王都のは……」

 エルラインは棚から一つ鏡を取り出し、机の上に置くと俺に見るように促す。鏡をのぞき込んでみたが、移った風景は上空から街全体を映した映像でこれを見ても何も分からないぞ!

「エル……これ見ても何のことか……」

「ああ。そうだね。分かりやすいように遠くから見た風景を映したんだよ。自由に移動できるんだ」

「何か鳥のようなものから見ているのかなこれ?」

「そんなところだよ。よくわかったね。音も聞こえるんだよ」

「なるほどなあ。これで情報収集していたってわけか」

 それなら、フランケルやら辺境伯の様子も見ようと思えば見れるってことじゃないか! エルラインの事だから、頼んでも「ふうん」で終わりそうだ。彼は人の可能性が面白いと言っていた。エルラインはあくまで傍観者。俺達は自分たちの力で何とかするよう彼は望んでいる。
 だから、監視なんて協力はしてくれないだろう……

「まあ、こんな感じで見ていたらね。どうも魔王討伐軍なんてものを結成するみたいなんだよ」

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべているエルラインだけど、それお前のことじゃないのか!
 
「それって、ただ事じゃないだろ。知らぬ仲じゃないんだ。ベリサリウス様に相談しよう」

「ん。その必要はないよ。僕は君たちに人間の可能性を見せてもらってるからね。僕は君に魔王という存在がどんなものなのか見せようじゃないか」

 これは、魔王討伐軍なんて相手にならないって言ってるよな。そんな自信満々で大丈夫なのか? 相手がどんだけいるかわからないじゃないか……

「本当に大丈夫なのか?」

「心配してくれるのはいい事だけど。君は辺境伯の事を考えたほうがいいんじゃない?」

「まあ、そうだけど。攻めて来るっていっても、二か月は先になると思うけど」

「辺境伯達は馬だからね。取って返し、領内の兵を集めるのもそれなりに時間がかかるだろうね。まあ、最低二か月かな」

「俺達は飛龍と遠距離会話を使うから、招集は直ぐだ。その間に訓練もできる」

「僕が君につき合わす時間は、僕の転移魔術で君を送ることでお返しとしようじゃないか。それなら時間は変わらないだろう?」

「俺も行くのか……」

「君に見せないと意味がないじゃないか。全く」

 エルラインの転移魔術でカエサルのいるジルコンやジャムカと会うサマルカンドへ行けるというなら、相当時間が稼げる。エルラインと魔王討伐隊なるものとの戦闘を見たとしても、トータル時間は飛龍で移動するより短く済むだろう。
 俺としては願ったりだな……エルラインの戦闘を見ること以外は。
 
「分かった。その話に乗ろうじゃないか。じゃあ。魔王討伐隊とやらが来たら、エルと一緒に行こう」

「まあ、それまでは君の足になろう」

 いろいろエルラインには振り回されるけど、彼は俺が不利になるようなことはしない。それが彼の気遣いなのだろうと俺は信頼しているんだ。口に出しては言わないけどね。
 恥ずかしいからさ……
 
 しっかしこの部屋……埃だらけで、物も散乱してるよなあ。鏡を置いた時、机の上にあった二センチほどの銀色のサイコロがゴロゴロ転がるし……あ、一個落ちてるじゃないか。
 俺は落ちたサイコロを拾い、机に置こうと手を伸ばす――
 
――銀色のサイコロが光った! 

 不可解な現象が起きたので、俺は思わず銀色のサイコロを凝視する。手のひらでサイコロを転がしてみると光が出ているのは一面だけで、他の面は光っていない。光もなんというか、LEDライトみたいな感じなんだよなあ。
 妙な既視感がある。
 
「あ、落ちちゃったのか。それ面白いサイコロなんだよ」

「ええ。そうなのか?」

「うん。そこの壁にその光を向けてみたら分かるよ」

 壁か。壁が見えているところが……扉のある面の壁しかないじゃないか! ぐっちゃぐちゃだからなここ……
 
 俺は壁に光を向けると、壁に光があたり……

――光が映像になった! 映像には人間の男が映っている。歳は三十前後。日本人のような顔をした黒髪を短く切りそろえた髪型で、どこにでもいそうな平凡な顔。服装は上下とも黒のジャージ。
 ジャージはナイロン製に見えるが、何だこれは? ブリタニアには科学繊維なんか存在しないぞ! 映像は男以外は映っておらず背景は真っ白だ。
 
「エル? これは? 映像はともかくあの男の着てる服がおかしい」

「見たこともない服だよね。僕も映像の彼が着ている服のことは想像がつかないよ」

「うーん。この映像はどこから……」

「それね。音もでるんだよ」

 エルラインは俺の手のひらにあるサイコロに触れると、サイコロから音声が出て来る!
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