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苦戦
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貴族が召集されてから開かれた軍議は、将軍の手回しもあってあっさりと終わった。
作戦は単純明快。
相手の本陣目掛けて電光石火の突撃。先陣は王家直属部隊が全て占有した。一応、私たちの部隊からも兵士だけを貸し出す形を取って名目も取り、兵数的にも体裁を整えた。とはいえ、それぞれ五〇騎ずつ程度で、先陣といっても後衛だが。
殿下は納得いってなさそうだったが、私たち地方貴族たちも何も言わないのであれば、旗色悪しと思ったのだろう、口出しはしなかった。
そして。
始まった戦は、惨憺たる状況に陥れられた。
電光石火の勢いで突撃し、敵が構築した最初の防衛柵を突破したまでは良かった。直後、相手が準備していた罠が炸裂し、敵方の猛烈な反撃もあって一気に戦況が硬直化。
泥沼の争いに成り下がってしまった。
こうなっては作戦もあったものではなく、ただ血を血で洗う殺し合いでしかなく、そうなると準備を整えていた相手に有利だった。
しかも狭い盆地に、入り組んだ地形。天然の要害にも近いそこを主戦場にするのは、あまりにも愚かだった。分かっているはずなのに、将軍はそこでの激闘を選択している。
故に、私は早々に自軍へ撤退命令を出し、体制の立て直しを図る。他の諸将たちも同じ様子だった。
「伝令です。我が軍、全員撤退完了です」
「分かりました。混乱の中、良くやってくれましたね、お疲れ様」
私は労いの言葉をかけてから、前方――激しい争いを繰り広げている小さい盆地を睨む。戦況はどう見ても悪い。そろそろ後詰を要請される頃合いだろうか。
私は静かに目を細める。
後詰に出向いたところで、状況は好転しない。
むしろ、なんとかして撤退させ、仕切り直す方がいい。そのためには指揮官――殿下が絶対必要だ。しかし、突撃部隊に殿下がいる。
位置は前線の中でもやや中央よりだったはずだけど……さすがに後退を始めている感じだ。よし、今しかチャンスはない。
「ではこれより、殿下救出作戦を決行します。敵の首に執着するな、味方を一人でも多く助け、そして殿下を無事に助け出すことこそ何よりの名誉と思いなさい!」
私は激を飛ばし、自ら馬に跨って駆けだす。
慌てて地方貴族の諸将たちもついてくる。私はそんな彼らを置き去りにし、ついてこれる精鋭だけで突っ込んでいく。
一気に血なまぐさくなる戦場に、私は一瞬だけ顔をしかめてから突撃した。
狭く、でこぼこだらけの道は罠だらけだ。
私はなんとかそれらをかいくぐり、殿下まで辿り着く。殿下は僅かな手勢で円形の陣形を取りつつ、敵の猛攻をなんとか受け止めていた。
でも、あのままじゃダメだ。
私は息を吸うと同時に馬に激を飛ばし、全力で突撃する。その勢いに怯え、ゴブリンたちが避けるように道を開ける。
殿下たちを囲んでいた一角が崩れた!
気合いをこめて回転しながら槍をふるい、私はさらに敵を怯ませる。そこに精鋭たちも追い付いた。今しかない。
「殿下、乗って!」
不敬だが、今はわずか一つの単語も削りたい。そんな思いが伝わったか、殿下が私の後ろに飛び乗り、わずか残っていた側近たちも精鋭たちの馬に飛び乗った。
攻撃するつもりはない。
私はそのまま駆け出し、全速力で離脱を図る。我に返った敵たちから襲われるが、予め手配していた通り、諸将の軍たちの見事な介入によって阻止され、私たちはなんとか森の方へ逃げ込んでいく。
私たちに続いて、ずっと戦っていた軍も撤退していく。
「アイシャ、すまない」
安全圏にまで逃げて、ようやく殿下は私に声をかけてきた。安堵したらしい。
「いえ、よくぞ持ちこたえてくださいました。しかし……」
私は再び戦場を睨む。
盆地には、今も金属音や断末魔が響いている。突撃し過ぎて奥に入り込んだ将軍たちだろう。
ただ、さっきよりも大分小さくなってしまっている。全滅が、近い。
「将軍……」
「命令とあらば、突撃しますが」
「いや、構わない」
一応聞いてみるが、殿下は頭を振った。
「無理に助けようとすれば、こちらが全滅する。それに、今からどれだけ足掻いても、間に合わないだろうね。それくらいは分かる。無念だけど……」
殿下は苦虫を潰すかのような表情を浮かべていた。
私からすれば、将軍は昔こそ有能だったかもしれないが、老いてしまって傲慢になり、更に自分の地位を守るためか、さらに視野を狭くしてしまっているイメージだったのだけれど。
殿下からすれば、大事な部下だったのだろうか。
いや、大事にしていたんだろう。
見るからにお人好しだ。この殿下は。
憐憫の思いを抱いていると、金属音も、断末魔も消えた。
戦いが、終わってしまったのだろう。
それを悟ったか、殿下がいきなりむせび泣く。
「なんてことだっ……!」
「殿下。そう気を落とされずに」
「くっ。全てはボクのせいだ。ボクが、ちゃんと……!」
「……殿下」
「ああ、済まない。分かっている。分かっているよ。総大将はボクだ。被害を取りまとめて、残存戦力を取りまとめよう。撤退するかどうかも視野に入れないと……。こんなことになるなんて」
悔恨に身体を震わせる殿下の手を、私は思わず取ってしまった。ああ、これでどうしようというのか。
久しぶりに、胸がとくんと鳴った。
戦場の高揚とは違う、ぬくもりの鼓動。
殿下が私を見る。
すっかり泥だらけで、憔悴していて。でも、芯は何一つ鈍っていない。
私にできること、できること。
何も考えていなかったから、見つめてしまった。
いけない。
私に、私にできること……──。
そうだ。
あれしかない。
「殿下。今は食事にしましょう」
「へ?」
完全に予想外だったらしく、殿下は間抜けな声を出す。
いや、その。私も予想外だった。
突発的に思いついてしまったのだけれど。
いや、でも、その。
私が、私として出来ることと言えば、それくらいしかない。武人としてのアイシャではなく、一人の女としてのアイシャが出来ること、だ。
「今は考える時であり、癒す時である。違いますか?」
「確かに……色々と纏めるには時間がかかるし、負傷兵の治療もある。立て直しには時間がかかるな」
「で、あれば、総大将である殿下が一番に立て直していただかなければなりません」
「……分かった。そうする」
中々強引な理由だったけど、殿下は納得してくれたようだった。
私は安堵しつつ、配下に指示を出してから食事の用意を始めた。
作戦は単純明快。
相手の本陣目掛けて電光石火の突撃。先陣は王家直属部隊が全て占有した。一応、私たちの部隊からも兵士だけを貸し出す形を取って名目も取り、兵数的にも体裁を整えた。とはいえ、それぞれ五〇騎ずつ程度で、先陣といっても後衛だが。
殿下は納得いってなさそうだったが、私たち地方貴族たちも何も言わないのであれば、旗色悪しと思ったのだろう、口出しはしなかった。
そして。
始まった戦は、惨憺たる状況に陥れられた。
電光石火の勢いで突撃し、敵が構築した最初の防衛柵を突破したまでは良かった。直後、相手が準備していた罠が炸裂し、敵方の猛烈な反撃もあって一気に戦況が硬直化。
泥沼の争いに成り下がってしまった。
こうなっては作戦もあったものではなく、ただ血を血で洗う殺し合いでしかなく、そうなると準備を整えていた相手に有利だった。
しかも狭い盆地に、入り組んだ地形。天然の要害にも近いそこを主戦場にするのは、あまりにも愚かだった。分かっているはずなのに、将軍はそこでの激闘を選択している。
故に、私は早々に自軍へ撤退命令を出し、体制の立て直しを図る。他の諸将たちも同じ様子だった。
「伝令です。我が軍、全員撤退完了です」
「分かりました。混乱の中、良くやってくれましたね、お疲れ様」
私は労いの言葉をかけてから、前方――激しい争いを繰り広げている小さい盆地を睨む。戦況はどう見ても悪い。そろそろ後詰を要請される頃合いだろうか。
私は静かに目を細める。
後詰に出向いたところで、状況は好転しない。
むしろ、なんとかして撤退させ、仕切り直す方がいい。そのためには指揮官――殿下が絶対必要だ。しかし、突撃部隊に殿下がいる。
位置は前線の中でもやや中央よりだったはずだけど……さすがに後退を始めている感じだ。よし、今しかチャンスはない。
「ではこれより、殿下救出作戦を決行します。敵の首に執着するな、味方を一人でも多く助け、そして殿下を無事に助け出すことこそ何よりの名誉と思いなさい!」
私は激を飛ばし、自ら馬に跨って駆けだす。
慌てて地方貴族の諸将たちもついてくる。私はそんな彼らを置き去りにし、ついてこれる精鋭だけで突っ込んでいく。
一気に血なまぐさくなる戦場に、私は一瞬だけ顔をしかめてから突撃した。
狭く、でこぼこだらけの道は罠だらけだ。
私はなんとかそれらをかいくぐり、殿下まで辿り着く。殿下は僅かな手勢で円形の陣形を取りつつ、敵の猛攻をなんとか受け止めていた。
でも、あのままじゃダメだ。
私は息を吸うと同時に馬に激を飛ばし、全力で突撃する。その勢いに怯え、ゴブリンたちが避けるように道を開ける。
殿下たちを囲んでいた一角が崩れた!
気合いをこめて回転しながら槍をふるい、私はさらに敵を怯ませる。そこに精鋭たちも追い付いた。今しかない。
「殿下、乗って!」
不敬だが、今はわずか一つの単語も削りたい。そんな思いが伝わったか、殿下が私の後ろに飛び乗り、わずか残っていた側近たちも精鋭たちの馬に飛び乗った。
攻撃するつもりはない。
私はそのまま駆け出し、全速力で離脱を図る。我に返った敵たちから襲われるが、予め手配していた通り、諸将の軍たちの見事な介入によって阻止され、私たちはなんとか森の方へ逃げ込んでいく。
私たちに続いて、ずっと戦っていた軍も撤退していく。
「アイシャ、すまない」
安全圏にまで逃げて、ようやく殿下は私に声をかけてきた。安堵したらしい。
「いえ、よくぞ持ちこたえてくださいました。しかし……」
私は再び戦場を睨む。
盆地には、今も金属音や断末魔が響いている。突撃し過ぎて奥に入り込んだ将軍たちだろう。
ただ、さっきよりも大分小さくなってしまっている。全滅が、近い。
「将軍……」
「命令とあらば、突撃しますが」
「いや、構わない」
一応聞いてみるが、殿下は頭を振った。
「無理に助けようとすれば、こちらが全滅する。それに、今からどれだけ足掻いても、間に合わないだろうね。それくらいは分かる。無念だけど……」
殿下は苦虫を潰すかのような表情を浮かべていた。
私からすれば、将軍は昔こそ有能だったかもしれないが、老いてしまって傲慢になり、更に自分の地位を守るためか、さらに視野を狭くしてしまっているイメージだったのだけれど。
殿下からすれば、大事な部下だったのだろうか。
いや、大事にしていたんだろう。
見るからにお人好しだ。この殿下は。
憐憫の思いを抱いていると、金属音も、断末魔も消えた。
戦いが、終わってしまったのだろう。
それを悟ったか、殿下がいきなりむせび泣く。
「なんてことだっ……!」
「殿下。そう気を落とされずに」
「くっ。全てはボクのせいだ。ボクが、ちゃんと……!」
「……殿下」
「ああ、済まない。分かっている。分かっているよ。総大将はボクだ。被害を取りまとめて、残存戦力を取りまとめよう。撤退するかどうかも視野に入れないと……。こんなことになるなんて」
悔恨に身体を震わせる殿下の手を、私は思わず取ってしまった。ああ、これでどうしようというのか。
久しぶりに、胸がとくんと鳴った。
戦場の高揚とは違う、ぬくもりの鼓動。
殿下が私を見る。
すっかり泥だらけで、憔悴していて。でも、芯は何一つ鈍っていない。
私にできること、できること。
何も考えていなかったから、見つめてしまった。
いけない。
私に、私にできること……──。
そうだ。
あれしかない。
「殿下。今は食事にしましょう」
「へ?」
完全に予想外だったらしく、殿下は間抜けな声を出す。
いや、その。私も予想外だった。
突発的に思いついてしまったのだけれど。
いや、でも、その。
私が、私として出来ることと言えば、それくらいしかない。武人としてのアイシャではなく、一人の女としてのアイシャが出来ること、だ。
「今は考える時であり、癒す時である。違いますか?」
「確かに……色々と纏めるには時間がかかるし、負傷兵の治療もある。立て直しには時間がかかるな」
「で、あれば、総大将である殿下が一番に立て直していただかなければなりません」
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