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将軍の主張

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 謁見もそこそこに、私は自分の野営テントへ戻っていた。
 とにかく召集場所へ急いだので、宿にも泊まっていない。久方ぶりに寝れそうだし、一人になれる。

 私は人払いをして、お湯を手配してさっと身体を拭いていく。

 髪だけは丁寧に洗う。
 それだけでも全然違うのだ。しばらくの間、リラックスを楽しむ。
 お茶でも淹れようか。
 お菓子みたいなシャレたものは当然持ってきていないけれど。

「アイシャ様。お客人です。相手は将軍様です」

 まさにお湯を沸かそうとしたタイミングで、見張りからの伝令が入った。思わず眉根を寄せる。
 将軍が、何の用件だろうか。
 とはいえ身分は相手の方が上である。待たせるわけにはいかない。

 私はすぐに準備を整えて待たせているテントへ向かう。

 もう夕刻だというのに、将軍は毅然と鎧を纏ったままだった。
 重くないんだろうか。

「お待たせ致しました」
「……ふむ? 湯浴みでもしていたのか」
「恐れ入ります。戦場に立つ前は身体を綺麗にするのが身上でして」
「はっ。若造がしれたことを」

 殿下と謁見していた時とは全然態度が違う。
 私は即座に心で受け流す身構えを取る。こういう手合いはまともに相手にしていては苛立つばかりだ。

「それで、こんな時間にどのようなご用件で? 至急案件でしょうか」

 相手のイヤミは気にしないことにして、私は話題を振る。

「決まっておろう。開戦時の陣形配置についてだ」
「陣形配置、ですか?」

 私は思わずおうむ返しに聞いた。
 そういうのは軍議のときに決めるものだ。今話す内容ではない。

 と、頭が考えて、一つの可能性に行き着く。

 将軍は威厳そうな表情でこちらを侮蔑するように睨んでくる。
 別に何かした覚えはないんだけど。とはいえ、波風たてるつもりはない。私はあくまで兄上の名代であり、家の代表なのだ。ここでの不手際は即座に打撃となる。

「左様。殿下とのやりとりである程度気づいているだろうが、今回は電光石火の突撃を持って敵を撃滅する」

 ……もはや決定事項か、それは。

「よって、最前面に配置される隊がもっとも功績をあげやすい」

 道理ではある。同時に、相手の防衛網を突破するだけの破壊力も求められるのだが。
 ともあれ、名を上げる、名誉を取る、といった目的を第一にするのであれば、最前面への配置は武人の出であれば誰もが狙うだろう。かくいう私も、最前面とまではいかずとも前線に出るつもりだ。
 その想定の装備も整えてあるし。

「故に、その最前面は我らが取る」
「……はい?」
「聞こえなかったか? 最前面は我ら王家直属部隊が陣取る。貴様ら地方騎士はそのサポートで良い」

 ……これはこれは。
 私は言葉が出なかった。つまり、手柄は全部自分のものにしたい。という傲慢極まりない発言を今、この男は言い放ったのである。

 軍議の場でそのように申し出すれば、貴族たちからの非難は必須だ。

 だから、こうして事前に手回しをしてきたのだろう。
 一対一での状況で、将軍に逆らえる地方領主はいない。揉めれば、どんな難癖をつけられるか分かったものではないのだ。

「特に貴様は名代でありながら、それなりの軍功を挙げていると聞く」
「おそれおおくも」
「なめるな。田舎ものが」

 これは強烈な罵倒だ。

「我ら王家直属部隊は、多くの戦に出向いているのだぞ。ほんの少し、数回戦闘に参加しただけで良いツラをするなという話だ。今回の戦、手柄は我らがいただく。良いな?」

 なるほど。
 つまり地方領主の台頭を防ぎたいのか。ある意味で自分の地位を守るのに必死なのだろう。なんと浅ましいことか。
 とはいえ、ここで文句をつけることもかなわない。

 かといって、何も戦果なく戻れば、兄上から叱責を食らう。

 私の家は武門だ。何かしらの戦果は求められる。
 ちょっとこれは困ったことになりそうだった。

「返事がないようだが?」

 考える猶予は与えないつもりらしい。なんとも強引で傲慢だ。

「……あまりに急なお話で理解に少し時間をいただいておりました。なるほど、田舎もので戦場しらずの私を慮ってのお言葉だったのですね」

 敢えてイヤミをしれっと返してみるが、将軍に通じた様子はない。
 むしろどうしてか威張る姿勢を取られた。
 もしかしなくてもこの将軍、アホだ。なれば、付け入る隙もあるだろう。上手く進軍すれば、おこぼれ程度の戦果は挙げられる。

「承知しました。では我らは不足の事態に備えて支援させていただく所存です」
「はっはっは。分かれば良いのだ、分かれば」

 特に私がゴネなかったからだろう、将軍は気を良くした様子で立ち去っていく。
 足音と気配が完全に遠のくのを待ってから、私は息を吐いた。

「今の、記録はとりましたね?」
「は、はい。念のため……」

 私は振り返って、議事録をとっていた兵士に尋ねる。戸惑いながらも、兵士は議事録を見せてきた。
 うん。ばっちりだ。
 私は用意してもらった自分の蝋印をしっかりと捺印する。

「大事に取っておいてください。今後の重要な証拠になるかもしれません」
「わ、分かりました」
「そうならないように願っていますけれどね」

 私はぽつりとひとりごちで、自分のテントへと戻った。
 なんだか疲れた気がする。
 二日後の軍議、ある意味で荒れるだろう。なんとかして支援する位置でも前線に出やすい場所を確保したいところだ。

 と、ここまで考えて自己嫌悪に見舞われる。

 ああ、なんで私はこんなことしているんだろう。
 本当はこんな血なまぐさい場所にいたくない。
 貴族の妻として穏やかに夫を支え、時に内政を支え、領地を豊かにすることで民の笑顔を見たい。私も笑いたい。

 そんなささやかな願いは、きっと叶わない。

 あまり具合の良くない簡易ベッドに寝転んで、私は目を閉じた。
 私の心は、踏みにじられてばっかりだ。
 なんだか、ムカムカしてきた。
 将軍の生意気な顔が脳裏に浮かぶ。ダメだ。もやもやする。

 私はゆっくりと起き上がる。

 このまま、黙っていてはダメだ。
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