浮気されて婚約破棄されて実家に戻ったら、兄から戦争の名代を押し付けられたので男装騎士になります。

しろいるか

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女であること、将軍のこと

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 バレてしまった。
 私は絶望感に陥っていく。男子として、兄上の「弟」として、私はここに出張ってきているのだ。それなのに、女とバレてしまうなんて。

 これは不敬だ。

 殿下に対して嘘をついていたからだ。
 いったいどんなバツを受けるのだろう。どんな辱めを受けるのだろう。ああ、何より家の名に傷をつけてしまった。どうすれば、どうすればっ……神様っ。
 泣きそうだった。いや、泣いてしまった。
 ほろり、と涙が落ちる。

「――すぐに手当てをしよう。申し訳ないが、少し触れるよ」

 思いつめる私に、殿下は優しい声をかけてから、胸に少しだけ触れた。傷は予想以上に浅かったらしい。殿下が手持ちの止血剤を塗ってくれた。

「鎮痛作用もあるから、これで大丈夫だとは思う。けれど、頭を打っているから少し休んだほうがいい」
「殿下、私にかまわず……」
「構わないわけがないだろう? 君は、女性でありながらこんなボクを庇ってくれた。それこそ身を挺して。申し訳ない。本当に申し訳ない」

 ひたすらに謝りながら、殿下は再び私に胸板金を取り付ける。そして乱れた髪も簡単にまとめてくれた。
 なんて、優しい人なんだろう。

「誰か、誰か! 簡易テントを設営してくれないか。彼を休ませたい。このボクの命を救ってくれた恩人だ!」

 私を抱きかかえながら、殿下は声を張り上げた。
 たちまちに伝聞され、私の配下たちがテントを設営し、私はそこに運ばれる。

 すぐに軍医もやってきて、私に異常がないことを確かめると、さっと人払いまでしてくれた。

 きっと、今の私の状態を考えてくれて、だろう。
 隅々まで配慮がいきわたっていて、私は驚いてしまった。どこまでも外に対しては私が男であるというように振舞ってくれたのだ。

「……さて、ある程度安全が確保されたし、人払いもした。小声で話す分には問題ないかと思うんだけど」
「そうですね。殿下。申し訳ありませんでした」
「何を謝る必要があるんだい? 君は間違いなくボクにとって恩人だ。謝る必要などどこにもない」

 私の謝罪を、殿下は柔らかく拒絶した。

「それは……しかし、私は嘘をついていました。女子なのに男子と偽り、兄の名代として参ったのですから。私は……っ」
「どうか、ボクが怒っていないと理解して聞いてくれ。ウォンティーヌ家は武門の家柄のはずだね。辺境地にあってその統治は堅牢、戦においては猛々しく八面六臂の活躍をする名将の家だと認識している。そんな家が、どうして君を? 本当のところ、君の兄上はそこまで具合が悪いのか?」

 どうやら殿下は本気で心配しているらしい。あんな兄上のことまで。
 だからだろうか。
 私は我慢できなかった。兄上を、庇い立てできなかった。

 包み隠さず、私は打ち明けた。

 私が相手の浮気の末に婚約破棄され、顔に傷を負ってしまったが故にどこにも貰い手がなくなってしまった愚かな妹であること。兄上が、虚弱だった頃を利用して戦地へ赴くことを避けていること。
 一通り話し終えると、殿下は痛ましい表情を浮かべながら、私の頭をそっとなでてくれた。

「なんて苦労をしてきたんだ、君は……その傷だって、名誉の傷だ。何一つとして君の魅力を損なうものではないのに」
「殿下……そのようなお言葉をいただけるなんて」
「婚約破棄したのは、例の伯爵家のドラ息子だね。ボクの方にも噂は目に入っているよ。どうやら、かなりの悪行を積んでいるようだ。近々処分を下さないといけないと思っていたんだ。それも罪状に加えておくね」

 なにやらしれっと凄い発言をしたような気がする。
 でも、もうあのヒトと私は関係がないから忘れることにした。

「アイシャの兄上に関しては、調査をさせていただいても構わないかな。ウォンティーヌ家は、我が王国にとって大事な存在なんだ。みすみす凋落する気配を見逃してはおけない」
「恐れ多いことです」
「悪いようにはしないから、安心して。君は本当にボクにとって命の恩人だから」
「殿下……私は当然のことをしたまでです」
「身を挺して凶器からボクを庇うのは、例え当然だったとしても誰にでも出来ることじゃないよ。もっと自分を誇っていい」

 殿下は私を慰めるように頭をなでてくれた。
 どうしてか、とても落ち着く。

 そうだ。殿下は、私をアイシャとしてみてくれているからだ。

 見栄をはらずともいい。
 気張らずともいい。
 とても、安心できる。

 ぽかぽかした気分を手に入れて、私はとても安らいだ。

「よし。それではこの困難な局面を乗り切らねばならないね」

 殿下の発言に、私は思い出す。そうだ。

「あの、殿下。それに関しまして、一つあります」
「どうしたんだい? 聞かせてほしい」
「今回の討伐戦、おそらくは仕組まれたものだと思います」

 私は上半身を起こしながら、真剣な眼差しで殿下を見る。
 これは大事な内容だ。
 必然的に声を落とすと、殿下も同じように表情を一変させた。

「詳しく」
「今回の戦、主導したのは将軍でお間違いないですか?」
「ああ、そうだね。彼に報告が入って、彼からボクに。それで、ボクが討伐戦を行うことを決めた」

 やはり。

「ということは、具申者が将軍にあたるので、戦の準備も基本的に将軍が?」
「そうだね。捺印はボクがしたけれど、兵站やルートに関しては彼の意見が大きく反映されている……って、まさか?」
「今回の事件、おそらく将軍が指導したものかと思われます」

 かなり危険な発言なのは理解している。
 殿下が浮かべる複雑そうな表情が、すべてを物語っていた。

 彼の王国への貢献は長年に渡るもので、非常に大きい。

 王族だからこそ、殿下も知るところだろう。
 何より、殿下は武王と呼ばれる戦巧者。将軍からもたくさん学んできたに違いない。信頼関係もあるだろう。

「確かに、今回はやけに強引だったけれど……」
「将軍は獣人とのハーフ。であればこそ、魔物の脅威はご存知のはずです。にも関わらず、今回の戦はあまりにもずさんではありませんか」
「返す言葉もないね」

 殿下は小さくうなだれる。

「何より、この矢です」

 私は回収してもらった兜に刺さる矢を指さした。
 この矢は、紛れもなく王家で制式採用している矢だ。保存状態はとてもよく、否、新品そのものだ。

「この矢が、殿下を狙ったのです」
「敵が戦場で拾った可能性は?」
「それにしては綺麗過ぎるのです。それに、殿下をお救いするために相手の陣地へ突入したところ、随所に王家のものと酷似した造りがございました。空掘りにしても、柵にしても、です。お心当たりは?」
「……ある」
「何より、魔物が複数種族混合して集落を形成し、簡易的な社会性を形成している事実。すなわちそれは、より高度な知性を誇り、かつ、魔物に対して影響力を本能的に発動できる存在が頭領であるはずです」

 将軍は、獣人のハーフ。
 獣人は時として魔物とカテゴリされるくらい、魔物に近い。
 どくどくと、心臓が高鳴った。

「何より、今回の最前線は将軍でした。指揮具合はいかがでしたか?」
「……ある程度奥深く入るまでは、こちらの突撃力が勝っていたように思う。それこそ矢のように相手を蹴散らしていた、はずだ。不自然なくらいに」
「それが、見方を一つ変えてみたのであれば?」
「……わざと?」

 私が黙って頷くと、殿下は愕然としてから口を手元で隠した。
 あえて中央に突撃し、逃げるのが困難になった状況で一斉に襲わせる。確実に仕留めるチャンスだ。

「そんな……いや、でも、まさか……? 動機が見つからない」
「将軍のご子息は、王家の養子になられましたね? 確か、第四位王位継承者」
「…………っ!」
「しかし、まだ私の憶測です。証拠を掴みましょう」

 私の言葉に、殿下はただ小さく頷いた。
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