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2nd STAGE
2-11 エグリアス砦動乱編⑦ 『ドラゴンの卵』
しおりを挟む階段を降りきると、桜子達三人は、近くに置いてあった巨大な木箱の陰にその身を隠した。
「・・・こりゃあ、一体どうなってるんだ?」
ダンバンが混乱したようにその瞳を瞬かせた。
中庭に着陸していた帝国軍の船が慌てて撤退していく様子を、2階の窓から確認していた。それを見た三人は、捕まった人達も解放されるだろう、と喜び勇んで階段を下りて来たのだ。
しかし、桜子達が階段を下りた直後、一階で目撃したのは数人の帝国兵だった。
初めは逃げ遅れた人達なのかと思った。
しかし、様子を伺ってみると、どうもそうではないらしい。
帝国兵達は倉庫の中央に設置された装置を守るかのように、銃を手に持ち身構えている。その装置は遠目でよくは見えないが、前面の開いた大きなカプセルのような形状をしており、その真ん中に何やら生物を思わせる丸いものが置かれていた。
「あれ、何かな?」
「暗くて良く見えねえな」
桜子とマインが木箱の上に半分だけ顔を出して様子を伺っていると、セシアが「ここは任せて欲しい」とばかりに胸を張った。
「私、夜目が効くんです」
猫耳をピクピクさせながら得意げな顔を見せるセシアに、桜子は「いよいよもって猫っぽいな」と心の中だけで呟き、席を譲る。木箱の陰からそろそろと顔を出すと、セシアは帝国兵達が居る場所へ目を凝らした。
「どう? 何か見える?」
木箱の陰にしゃがみ込んだ桜子がセシアに声だけで問いかける。だが、返事が無い。セシアの反応の薄さに首を傾げていると、セシアがまるで腰の力が抜けたようにストンとその場に座り込んだ。
「どうかしたの?」
ぎこちないその様子を不思議に思いながらセシアの顔を覗き込み・・・桜子は驚きに目を見張った。
セシアの浮かべる表情があまりにも異常だったからだ。瞳は見開かれ、完全に血の気が失せた顔に大量の汗を浮かべている。
「そんな・・・」
セシアの口から洩れた呟きはひどく皺がれ、まるで老婆の声のようだ。ここにきて、ようやく桜子はなにか異様な事態が起きていることを悟った。
あの装置にそうさせるだけの何かがあるのだ。
「セシアちゃん、どうしたの?」
「・・・ドラゴンの卵」
その呟きを聞いたマインも、セシアと同じように驚愕に顔を強張らせる。
「ドラゴンの、たまご――ってなんなの?」
桜子が上げた疑問の声を聴き、見開かれていたセシアの瞳に光が戻ってくる。
「――希少生物であるドラゴンの卵です。生きている卵は初めて見ます・・・」
淡々と語る声は震えており、物珍しさに驚いている訳では無いと言うことが分かる。
「・・・ドラゴンは、卵内に火のエレメントを貯め込んで成長していき、ある大きさまで育つと卵を割って出てきます。通常、それには百年単位の時間がかかると言われています」
「百年!? ずいぶんと気の長い・・・あ、ひょっとしてあの卵、孵化しようとしてるの?」
「・・・はい」
「じゃあ百年以上経ってるんだね」
「いえ――、違うと思います」
「へ? だって今、孵化には百年単位の時間がかるって――」
「ドラゴンの孵化にはもうひとつ方法があるんです」
桜子が口にした疑問を打ち消すように、完全に血の気の引いた顔でセシアが答える。
「それは特殊な装置によって火のマナを過剰に注ぐことです。火のマナの供給量次第では、孵化までの時間は劇的に短縮されます。それこそ1年から10分ほどまで」
「そ、そんなに!?」
「はい。でもそこまで劇的に短縮するのですから、そもそも無理があるんです。ドラゴンは孵化しますが、注がれた火のマナを吸収しきれずに辺りに放出してしまうのです」
セシアの喉がゴクリと鳴った。
「昔、この方法でドラゴンを孵化させる実験をした人達がいました。結果、見事ドラゴンは孵化しました。しかし、その時に放出された熱と爆風で周辺にあったものは全て吹き飛び、炎は辺りを焼き尽くしました。・・・一瞬で街がひとつ消えて無くなったんです」
「へ? 街が――消えた?」
桜子はセシア達が何を恐れているのか、ようやく悟った。
今自分の目の前にあるものがその装置なのだ。炎を吐き出すドラゴンの卵と、それを孵化させる装置。
背筋に冷たいものが走った。手足が震えてくる。喉がカラカラに渇く。今から起きようとしている惨状を思い浮かべ、不覚にも涙が浮かんでくる。
「じゃ、じゃあこれって――」
マインは眉間に幾重もの皺を刻み、吐き捨てるように言った。
「ああ。爆発させようとしてるんだよ! 砦にあるもの全て巻き込んでな!」
――指令室では怒号にも似た声が行き交っていた。
「早く誰かを向かわせろ!」
「駄目です。展開中の部隊が戻ってくるまで7分ほど掛かります!」
巨大スクリーンの端にはカウントダウンを示すタイマーが表示されている。その数字は既に9分を下回っていた。
「シェルターへの避難はどうなってる!?」
「現在、避難が完了しているのは3割です。時間内には間に合いません!」
「くそがっ!」
ハイドは王としての振る舞いも忘れ、悔しさを吐露する。
「どうすることも出来ないのか!!」
「いいえ――手はまだあります」
美羽の言葉に部屋中の全ての視線が集中した。
「智花は――救援部隊はあと何分で到着するの?」
問いかけられたオペレーターが素早くキーボードに指を走らせる。
「は、はい!あと7分ほどで――」
「――いえいえ。リミッターを切って全速力で飛ばせば、4分で行けます」
他のオペレーターの言葉を遮り、リコが答える。その言葉に未羽は頷いた。
「すぐに智花に繋いで」
素早く反応したリコがキーボードを叩き、スクリーンに智花の顔が映し出された。その背後に映っているのは飛空艇のブリッジだ。兵士長のダンバンの姿も見える。
「今の聞いていたでしょう?」
「ああ。既に全力で飛ばしてるよ」
「智花」
「あん?」
「――頼んだわよ」
美羽の短い言葉ににやりと微笑むと、巨大スクリーンから智花の顔が消えた。
画面上に表示されているのは爆発の予想範囲を示した巨大な円。それはエグリアス砦を飛び出し、遥か彼方まで広がっている。そして、その円の中心へと猛スピードで向かっている青い点があった。
表示されているタイムリミットは残り7分をもう半分過ぎている。
指令室内の人間が向ける祈りにも似た視線。それは今、たったひとつの青い点に注がれていた。
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