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2nd STAGE
『桜子の歌』 ―5
しおりを挟む他の皆もこの異様な事態に気が付つくと茫然とその場に立ち尽くした。大きくなる桜子の歌に合わせ室内の熱が引いていく。
「桜子・・・」
智花までもが桜子の姿に目を奪われていた。
「これは魔技か?」
「いえ、こんな魔技は私の指輪に入っていません」
「じゃあ、まさか――魔法?」
桜子は歌い続けた。
その瞳は閉じられ、意識すらどこか遠い所へ行ってしまったかのように、ただ静かに歌い続ける。その場に居た全員がその神秘的な光景を見つめ、歌が終わるのを黙って見守っていた。
やがて、桜子を包んでいた光が次第に薄れていき、歌も終わりを迎える。
桜子がゆっくりとその瞳を開いた。
「――あれ?どうなったの?」
眠りから覚めたばかりのようなぼんやりとした瞳で呟く。
「どうなったのって、覚えてないのかよ?」
「ううんと・・・なんとなく、しか・・・」
要領を得ない回答に智花達が呆れていると、唐突に桜子が目を見開いた。
「そうだ! 卵! 卵はどうしたの!?」
桜子は慌てた様子で卵へと視線を移し―――首を傾げた。
目の前にあるのが、熱を完全に失い脈動も収まった沈黙する卵だったからだ。
状況が飲み込めない様子で卵を見つめていると、不意に何かが割れるような音が聞こえてきた。なんの音かと訝しむ桜子の目の前で、卵のヒビ割れが急速に大きくなっていく。
「ひいいい! 卵が割れるっ!!」
桜子が叫び声をあげる間にもヒビ割れは大きくなり――ついに卵が縦に割けた。
「キュ~・・・」
中から4本脚で這い出てきたのは金色の蜥蜴だった。ただ普通の蜥蜴とは違って背中から蝙蝠のような羽が生えている。生まれたてだからか、瞳はまだ閉じられており、用心深そうに辺りの気配を伺っている。
「これは・・・ドラゴン、ですね」
セシアが呟くのとほぼ同時に、ドラゴンが閉じていた瞳を静かに開いた。
正面に居た桜子と視線が交じり合う。桜子は黒い宝玉のようなその大きな瞳に自分の姿が写り込んでいるのを見た気がした。
「キュ、キュ~」
ドラゴンは人懐っこい声を上げて桜子へと近づいていき、そのまま足元に頬を摺り寄せた。
「懐かれたな」
ダンバンがボソリと呟く。茫然とした表情を浮かべながら桜子は言った。
「なんか、よくわかんないけど―――助かったの、かな?」
「ああ。お前のおかげだな」
ダンバンに突然肩を叩かれ、桜子が素っ頓狂な声をあげる。
「ええ? 私!? ・・・何をしたんだっけ? あ、こらトモ姉笑わないでよ。セシアちゃんも。ちゃんと説明してよう! もうっ!」
自自分一人だけ除け者にされたような気がして桜子がむくれる。智花は笑い声を上げながらもさっき見た現象を思い返していた。
(さっきのは一体なんだ?)
桜子の歌声は聞き慣れているはずなのに、あの時はまるで別人のようだった。
あの発光現象も初めて見る。あれは一体・・・。
智花はそこまで考えて・・・そして止めた。
どうせ自分の頭では良い答えなど出ないだろう。あとは美羽辺りに任せとけばいい。
(それよりも、今は疲れた)
床に腰を下ろして桜子達のやりとりを見つめる。一人状況に取り残されている桜子を皆がいじって遊んでいる。
その平和な光景を眺め、智花は静かに笑みを浮かべた。
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