人狼

RINFAM

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『ふ…やはり、どれだけ血が薄れようと、獣は獣か…』
 だが、そんな彼らの血の繋がりと結束をこそ、セオドアは何より嫌悪していたのだ。
『……蓮』
 彼はなおも団結しようとするジャックらを冷たい視線で一瞥すると、うって変わった柔らかな緑の瞳で彼らに庇われている蓮を見詰めた。
『良い事を教えてあげよう…私の母もね、君と同じなのだよ、蓮』
「………!?」
 足元に蹲るリアムを足蹴にして、どこか寂しげにセオドアは自身の過去を語り始める。
 そう、彼の母も蓮と同じように、幼少の頃、人狼の里へ攫われてきた少女だったのだ。だが、彼の母はセオドアが子供の頃、彼を連れて人狼の里から逃げ出した。
『なにしろ母を番とした男は、最低最悪なケダモノだったからね』
 彼女の番…セオドアの父は、彼女を子を産むための手段としか考えておらず、そこに愛や労りなどといった甘やかしいものは何1つなかった。血を繋ぎ、子を産むための道具。それが辛くて逃げてきたの、と、彼の母は寂しそうに笑いながら3年前に亡くなった。
『そうそう…言い忘れていたが、リアム…これでも私は君に感謝しているんだよ?…なにしろ君は、私の代わりに、私の復讐の1つを成し遂げてくれてくれたんだからね…』
「な…に……ぐぅっ!?」
 セオドアは密かに意識を取り戻し、反撃の機会を覗っていたリアムを、そう言って再び足蹴にする。
「リアム……!」
 再び飛び出しかけた蓮を、ジャックの腕が引き止めた。賢げなどんぐり眼が無言で、蓮の目に「機会を待て」と告げている。それを気配で察しながらも、蓮は苦悶の声をあげるリアムに、気遣わしげな視線を送り続けていた。
『話が逸れたがね…私はずっと待っていたんだよ』
「待っていたって…いったい何を……?」
『復讐の機会を、だよ』
 僅かでも気を逸らしたいジャックの質問に、金狼はその意図を看破しつつもあえて乗ってくる。そして彼は過去を語り続けた。緑の眼に、初めて見せる憎しみを滲ませながら。
『私は母のために…それを成さねばならないと考えて育ったのだよ』

 そう。セオドアは物心ついた時から、母の人間としての幸福を無理矢理奪った父と人狼の里を憎んでいた。生まれついたこの力で里を、人狼一族を、父を、跡形もなく葬り去ってやる。彼は愛する母のために、ずっとそう考えて生きてきたのだ。
「…ここで私と2人で静かに暮らしましょう?…ね、セオドア」
 だが、母は死ぬ間際まで里の場所をセオドアに教えなかった。出来る事なら復讐など忘れて幸せに生きて欲しい。彼を愛する優しい母は、心からそう願っていたのだ。
「ごめんよ…母さん……やっぱり俺は奴らを赦せない」
 3年前『自分のルーツを探るだけだから』と嘘を言い、死ぬ以前に母から教えて貰っていた人狼の里を訪ねると、そこは今まさに滅びようとしている死の村だった。
『さすがに驚いたよ。私が滅ぼそうとしていた里が、すでに滅びていたのだからね……』
「……………ッ!!」
 まだかろうじて息のあった里の者から、大方の事情を聞いたセオドアは、この惨劇が『リアム』という名の若い人狼の仕業であることを知ったのである。
『君が滅ぼしてくれたんだろう…??あの醜い獣どもの村を。おかげで私は母の願い通り、この手を汚さずに済んだ…』
「…………う…ッ!」
 くくくくっと喉の奥で笑い、セオドアは再び蓮を見詰めた。
『だが、まさか、極東のこんな国で恩人の君と…そして、母と同じ被害者である蓮に会えるとは思ってもなかったよ…』
「俺は、被害者なんかじゃ…!!!」
『だが、君自身の意思でそんな身体になった訳ではないのだろう??それを『被害者』と言うんだよ、蓮』
「…………っっ!!」
 人としてのまっとうな人生を無理矢理奪われ、そして、人でないモノの子を産む責務を負わされた。そんな蓮をセオドアは、母の代わりに助けてやろうと考えたのである。
『さあ。今ならまだ間に合う…私の手を取りたまえ、蓮。私なら君に…人としての幸福な人生を取り戻させてあげられる』
「あんたのお母さんと、俺とは違う…っっ」
 血塗れの身体で何も言えず、ただひたすらに蓮を見詰めるリアム。そんな彼の姿を心配そうに眼の端に捉えたまま、蓮はジャックの影から出てセオドアと対峙した。大きな青い瞳に、決して揺らがぬ強い想いを秘めて。
「俺はリアムを愛してる。リアムも俺を愛してくれてる。リアムは俺を、とても大切にしてくれてるし、俺もそんなリアムが自分の命より大切なんだ。だから…」
 脱出するために暴れて傷めた手首の傷を、蓮は場違いなほど優しい目で見ていた。そうして蓮は、まるで誓いの様に傷口へ口付ける。
 これは自分の想い。リアムに会いたいと願う心の表れ。リアムを愛しているから、なんとしても会いたいから、だからどれほど自らの身を傷めようが、血を流し傷付こうが、そんな事、蓮は最初からどうでも良かったのだ。

 愛するリアムにもう1度会うためならば。

「だから、たとえ最初の切っ掛けが、俺の意思を無視したものだったとしても、今の俺がリアムを愛してる事には変わりがないんだ」
 自分は満足している。リアムの側に居られる事を望んで今もここに居る。それを助けようだなんて自分勝手な思い込みで、傲慢だ。そうキッパリと言い切って蓮は、セオドアの端正な顔を睨み付ける。
『蓮…君は、こいつやそいつらに…人狼一族の呪いに騙されているだけだよ』
「だったら、なに。俺は、それでも良いと思ってる」
『いや……やはり私は、そんな君を呪縛から解き放ってみせるよ…蓮』
 望まぬ答えを否定する緑の瞳が、不穏な空気を孕んで揺らめいた。
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