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「蓮、下がって!!!」
無意識に立ち上がって歩き出そうとした蓮を、ジャックが押し止めて大きな身体の背後に庇う。その隣へ示し合わせたようにディランが移動し、そして総介とシンが無言のまま前面に出て金狼と対峙した。
『やれやれ…無駄な殺生はしたくはないんだがね…』
「確かに敵わんだろうが…簡単に殺れると思うな…いくぞ、シンっ」
「おうよ!!!任せとけ!」
言うが早いか総介とシンは金狼の左右から、別々のタイミングで襲い掛かった。同時に対処させるのではなく、時差を付けることによって対応を僅かにでも遅らせる。守りに付くと見せかけたディランも、少し差をつけて正面から金狼に向かって行った。
「おりゃあああああっ!!」
3方向からの時差攻撃。それは、圧倒的な力の差を埋めるために、仲間を囮にしてでも隙を作る作戦だった。だが、彼らとセオドアの力の差は、それをさえ無にするほどであったのだ。
「ぎゃっ!!」
「ぐおっ!!」
「いってええええ!!」
3人3様の悲鳴や唸り声をあげて、彼等は3方向に数メートルも吹っ飛ばされてしまう。セオドアからすれば蠅の止まった攻撃など、片手片腕の一振りで簡単に凪いでしまえる程度でしかなかった。
「シンっ、総介っ、ディラン!!!」
吹っ飛ばされ地に伏せた3人の姿に青ざめ、蓮を庇ったままジャックが叫ぶ。各々うめき声を上げているのを見て、死んではいないことに僅かにホッとするが、そんな暇もなく正面に緊張の面を向けた。
「く………ッ」
『君は戦闘向きではない。そろそろ観念してくれたまえ。でなければ……』
面倒臭そうに言ったセオドアは、金色の巨体をゆっくり折り屈めると、倒れたままゼェゼェと息を吐くリアムの首元に、その大きく裂けた咢をかける素振りを見せる。
『私は恩人の彼にこうやって…止めを刺さなければならなくなるんだよ?』
「ぐ……が…っっ!!??」
尖った犬歯がリアムの首に食い込んだ。苦痛の声を上げて目を剥くリアムの、愛する番の苦しむ顔を、蓮がその目にした瞬間──
「………えっ!!??」
『何……っ!?』
黒い影がジャックの背後から、目にも止まらぬ勢いで飛び出したかと思うと、金狼を地に押し倒して上から馬乗りになっていたのだ。
いったい何が。地面に付したまま傷の回復を図っていた総介らは、目に映る光景に信じられないと声を詰まらせる。
「蓮……っ!!??」
「お、おいおい…!?」
「どう……なってやがる…?」
圧倒的な力を誇り全員の前に立ちはだかっていた金狼を、小さな、まるで子供のような体躯を持つ蓮が圧倒していた。馬乗りになったまま毛だらけの太い首に両手を掛け、物凄い力で絞め上げる蓮の顔は、まるで凶暴な1匹の獣そのものの様で。
「リアムを……俺の、リアムを傷付けるな…っ!!」
ふうふうと荒い息をつき、ギリギリとセオドアの首を絞めながら、蓮は己の愛する者を傷付けられた怒りに我を忘れていた。青く美しい瞳は、瞳孔が小さく細くなり、獣のそれのように狂気を孕んでいる。
「れ、蓮……」
「うっそだろ…なんで…」
ただの人の子であるはずの蓮が、リアムですら敵わなかった金狼を圧倒していた。そんな信じられない光景に、ジャックも、よろよろと立ちあがり始めたシンらも、未だ信じられないでいる。
『そうか……蓮、きみ…は…』
ただ一人、首を絞められ呼吸を奪われて、人の姿へと変わっていく金狼、セオドアだけが、何かを察したように微笑んでいた。
「う……ううっ……ううううっ」
蓮の喉から獣のような唸り声が轟く。ふと気付くと、岬の広場に恐ろしい沈黙が下りていた。あとほんの僅か。もうあと数秒絞め上げれば、セオドアの命の火が消える。そんな恐怖に誰もが声を失い身を縮ませていた、時、
「蓮……蓮っ、もういい!!!」
「………っっ!!!」
ぴくんっと小さな体躯がリアムの声に震え、我を失っていた青い瞳に光が戻った。急速に力が失われて、跨ったセオドアの身体の上で、蓮はリアムを振り返る。
「リアム……っ」
「蓮…もういい…おいで」
今にも泣き出しそうな蓮の目の前に、満身創痍で身を起こしたリアムの姿があった。そして、身体の中へ迎え入れるように、彼の長い両腕が広げられると、蓮は吸い込まれるように腕の中に飛び込んでいく。
「リアム……リアムっ…!!」
「大丈夫…俺はこんくらいで死にはしねえよ…」
『痛ぇのは痛ぇけどな』などと、軽口を叩きながらリアムが笑うのを、蓮はホッとした笑顔で見詰めた。少し潤んだ青い瞳にリアムは不敵に笑って見せ、それから視線を転じて立ち上がるセオドアの姿を凝視する。
「…どうすんだ、まだ、やる気なのかよ…?」
「ふふ…何度やっても君に勝つ自信はあるが…まあ、やめておこう」
そう言うが早いかセオドアは、人の姿を狼へと変じる。身に着けていた衣服がすでに無い以上、獣の姿の方が自由が利くと判断したのだ。そして、言葉通り大人しく場を去ろうと後ろを振り向くと、最後に一度だけ蓮の姿を緑の目で捕えて笑う様に細める。
『蓮、体を大事にするといい…』
「……は?」
モゴモゴとかなり聞き取り辛い人語で一言残すと、セオドアは金色の狼の姿で雑木林の中へと消えていった。
無意識に立ち上がって歩き出そうとした蓮を、ジャックが押し止めて大きな身体の背後に庇う。その隣へ示し合わせたようにディランが移動し、そして総介とシンが無言のまま前面に出て金狼と対峙した。
『やれやれ…無駄な殺生はしたくはないんだがね…』
「確かに敵わんだろうが…簡単に殺れると思うな…いくぞ、シンっ」
「おうよ!!!任せとけ!」
言うが早いか総介とシンは金狼の左右から、別々のタイミングで襲い掛かった。同時に対処させるのではなく、時差を付けることによって対応を僅かにでも遅らせる。守りに付くと見せかけたディランも、少し差をつけて正面から金狼に向かって行った。
「おりゃあああああっ!!」
3方向からの時差攻撃。それは、圧倒的な力の差を埋めるために、仲間を囮にしてでも隙を作る作戦だった。だが、彼らとセオドアの力の差は、それをさえ無にするほどであったのだ。
「ぎゃっ!!」
「ぐおっ!!」
「いってええええ!!」
3人3様の悲鳴や唸り声をあげて、彼等は3方向に数メートルも吹っ飛ばされてしまう。セオドアからすれば蠅の止まった攻撃など、片手片腕の一振りで簡単に凪いでしまえる程度でしかなかった。
「シンっ、総介っ、ディラン!!!」
吹っ飛ばされ地に伏せた3人の姿に青ざめ、蓮を庇ったままジャックが叫ぶ。各々うめき声を上げているのを見て、死んではいないことに僅かにホッとするが、そんな暇もなく正面に緊張の面を向けた。
「く………ッ」
『君は戦闘向きではない。そろそろ観念してくれたまえ。でなければ……』
面倒臭そうに言ったセオドアは、金色の巨体をゆっくり折り屈めると、倒れたままゼェゼェと息を吐くリアムの首元に、その大きく裂けた咢をかける素振りを見せる。
『私は恩人の彼にこうやって…止めを刺さなければならなくなるんだよ?』
「ぐ……が…っっ!!??」
尖った犬歯がリアムの首に食い込んだ。苦痛の声を上げて目を剥くリアムの、愛する番の苦しむ顔を、蓮がその目にした瞬間──
「………えっ!!??」
『何……っ!?』
黒い影がジャックの背後から、目にも止まらぬ勢いで飛び出したかと思うと、金狼を地に押し倒して上から馬乗りになっていたのだ。
いったい何が。地面に付したまま傷の回復を図っていた総介らは、目に映る光景に信じられないと声を詰まらせる。
「蓮……っ!!??」
「お、おいおい…!?」
「どう……なってやがる…?」
圧倒的な力を誇り全員の前に立ちはだかっていた金狼を、小さな、まるで子供のような体躯を持つ蓮が圧倒していた。馬乗りになったまま毛だらけの太い首に両手を掛け、物凄い力で絞め上げる蓮の顔は、まるで凶暴な1匹の獣そのものの様で。
「リアムを……俺の、リアムを傷付けるな…っ!!」
ふうふうと荒い息をつき、ギリギリとセオドアの首を絞めながら、蓮は己の愛する者を傷付けられた怒りに我を忘れていた。青く美しい瞳は、瞳孔が小さく細くなり、獣のそれのように狂気を孕んでいる。
「れ、蓮……」
「うっそだろ…なんで…」
ただの人の子であるはずの蓮が、リアムですら敵わなかった金狼を圧倒していた。そんな信じられない光景に、ジャックも、よろよろと立ちあがり始めたシンらも、未だ信じられないでいる。
『そうか……蓮、きみ…は…』
ただ一人、首を絞められ呼吸を奪われて、人の姿へと変わっていく金狼、セオドアだけが、何かを察したように微笑んでいた。
「う……ううっ……ううううっ」
蓮の喉から獣のような唸り声が轟く。ふと気付くと、岬の広場に恐ろしい沈黙が下りていた。あとほんの僅か。もうあと数秒絞め上げれば、セオドアの命の火が消える。そんな恐怖に誰もが声を失い身を縮ませていた、時、
「蓮……蓮っ、もういい!!!」
「………っっ!!!」
ぴくんっと小さな体躯がリアムの声に震え、我を失っていた青い瞳に光が戻った。急速に力が失われて、跨ったセオドアの身体の上で、蓮はリアムを振り返る。
「リアム……っ」
「蓮…もういい…おいで」
今にも泣き出しそうな蓮の目の前に、満身創痍で身を起こしたリアムの姿があった。そして、身体の中へ迎え入れるように、彼の長い両腕が広げられると、蓮は吸い込まれるように腕の中に飛び込んでいく。
「リアム……リアムっ…!!」
「大丈夫…俺はこんくらいで死にはしねえよ…」
『痛ぇのは痛ぇけどな』などと、軽口を叩きながらリアムが笑うのを、蓮はホッとした笑顔で見詰めた。少し潤んだ青い瞳にリアムは不敵に笑って見せ、それから視線を転じて立ち上がるセオドアの姿を凝視する。
「…どうすんだ、まだ、やる気なのかよ…?」
「ふふ…何度やっても君に勝つ自信はあるが…まあ、やめておこう」
そう言うが早いかセオドアは、人の姿を狼へと変じる。身に着けていた衣服がすでに無い以上、獣の姿の方が自由が利くと判断したのだ。そして、言葉通り大人しく場を去ろうと後ろを振り向くと、最後に一度だけ蓮の姿を緑の目で捕えて笑う様に細める。
『蓮、体を大事にするといい…』
「……は?」
モゴモゴとかなり聞き取り辛い人語で一言残すと、セオドアは金色の狼の姿で雑木林の中へと消えていった。
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