逆ハーエンドを迎えたその後で

逆ハーエンドを迎えたはずなのに再び幕が上がるようです①

　この年の卒業パーティーは異様な静寂の中で始まった。


「卒業パーティーくらい可愛い女の子のエスコートしたかったな」
　空気を読まない俺の従者が隣で何やらぼやいている。それ今言わないといけないこと？
　会場が広いからぼやき程度で目立たないけどナイフ一本落としただけで爆発しそうなくらい空気が張り詰めてるからな。勇気と無謀を履き違えるなって説教されるやつだから静かにしてください。てか、空気読めるだろお前。あえてか？　あえてなのか？

　確かにこの空間に耐えろと言うのは少々酷だ。
　せっかく綺麗に着飾っていても、楽しげな雰囲気はどこにもない。会場の隅に用意された料理も手付かずのまま、談笑もなく、誰の顔も強張っており、この時間が平穏に過ぎることを息を潜めて祈っている。
　豪華な会場でドレスとスーツの展覧会を開いていますと言われた方がしっくりとくる有様だ。

　そりゃあ、一応は晴れ舞台なんだから俺もどうせなら可愛い女の子が隣にいてくれた方が嬉しいよ？
　こういった類のパーティーはパートナー同伴を求められる場合が多いが、この学園ではそういった決まり事は設けられていない。
　もちろん婚約者と参加してもいいし、婚約まで行かなくとも付き合っている人でもいいし、友人同士でも、それこそぼっちでも参加してればオールオッケーな貴族学校の公式行事にしては割とゆるい作りになっている。
　国王陛下を筆頭に国内外の有力貴族も参列してるのに良いのか？って思っていた時期が俺にもあったが、何となく察した。
　ヒロインとパートナーにならなかった攻略対象が他の女性と参加してたら、興醒めだからだ。各ルートなら問題ないのだが、逆ハールートが存在するからには全員揃っている必要がある。
　俺が乙女だったらお前私のこと好きって言ったじゃん！　なんで他の女をエスコートするのよ！　って理不尽なこと考えると思う。それぞれがパートナー同伴なんて土台無理な話なのだ。乙女ゲームなんだから主人公プレイヤー中心に世界が回るのは当然の真理だろう。
　そういったシナリオ上の都合というものがこの世界でも反映されているのではないかと考えると何となく辻褄が合う気がする。

　まあ、俺的には全然ありがたいんですけどね。どうせパーティーに誘える女の子なんていないし。家同士で付き合いがある女性とか親族とかでもいいんだけどちょっと気まずいし。だからーー
「俺はお前と参加出来て良かったけどな」
　ぼっちにならないし、気楽で。
「はいはい。そういうセリフは可愛い女の子に言えよな。マジで。お前、いい加減自覚しないと」
　ちらっと見上げるとアレクは半眼で俺を睨んでいた。マジでから声のトーンが低い。何かしらを言いかけたアレクの言葉を遮るように会場に高らかな声が響き渡る。

「この場を借りて皆に報告したいことがある！」

　なんかデジャヴだな。

　会場の中心には見覚えのある面々が揃っていた。これぞまさしく学園の生徒たちが恐れていた事態だ。誰の期待も裏切らないところは流石と言える。

　登場人物は学園きっての有名人たちだ。
　まず注目すべきは彼女だろう。貴族の入学しか許されていないはずのこの学校に特別入学を果たし、第二王子の心を射止め婚約者となった平民の少女、アンナ・ロドリー。
　平民という出自ながら優秀な成績を収め、天真爛漫なその微笑みは権謀術数の渦巻く貴族社会で生きてきた子息たちの心を溶かした。
　出自ゆえに逆風にさらされ、数多の困難が待ち受けていようとも健気に立ち向かうその様はまさしく地に根を張る一輪の野花だ。
　そんな彼女を中心に置いてまたやらかそうとしているのが、この国の第二王子であり彼女の婚約者であるレオン・ハルハドールとその仲間達である。
　宰相子息トワ・シンプソン。ギプスは外れたようだが、杖で体重を支えている。
　公爵子息ガゼル・ロンド。顔半分を覆う仮面を身につけている。
　伯爵子息マイセル・フォワード。以前よりもだいぶ痩せている。
　彼らは見るからに疲弊している。けれど誰もそれを口にはしなかった。触れてはならない禁忌として、学園の生徒たちの胸に刻まれている。


　頭によぎるのは赤い影。二年前、確かにこの場所に立っていた亡霊の記憶。


　そんな恐怖を、憂いを、憎しみを払拭しようとするように第二王子を始め攻略対象たちはにこやかな笑みを顔に張り付けている。

　彼らにはアンナ・ロドリーの表情が見えているのだろうか？
　ドレスの隠しに忍ばせた手が何を掴もうとしているのか彼らは本当に気づいていないのだろうか？

　彼が何かを言う前に、彼女が掴んだ何かを振りかざす前に、影は動いた。