囚われの王子様

橘アカシ

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囚われの王子様

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「おい! 引きこもり! いい加減部屋から出てこい!!」

 バーンと開かれた扉の奥に、こんもりとした布の塊が落ちていた。

 それは一瞬もぞもぞとうごめいたが、次の瞬間には微動だにしなくなった。

 日当たりのいいはずの部屋はカーテンが締め切られ、昼間だというのに薄暗い。居心地良く整えられた大きめのベッドは使われた形跡もなく、シーツだけが誰かに持ち去られていた。

 男はひとつ舌打ちをすると、ずかずかと部屋に押し入り、まずはカーテンを開け放つ。

 途端に柔らかな光が室内を包み込む。

 隅に落ちた布の塊はカーテンが開く音にまたびくりと反応し、光を避けるように部屋の奥に逃げようとした。

 その塊に近づいた男は容赦なく布を引き剥がした。

「お前はいつから蓑虫になったんだ。ちゃんと人間らしい生活をしろ」

「……魔王に言われても」

 常人だったら聞き逃してしまうほど小さな声は魔王と呼ばれた男の耳には十分に届いた。

「聞こえてるぞ。そもそも、なぜベッドを使わない? 絨毯を敷いてあるとはいえ居心地が悪いだろう」

「……ベッドは、なんかふわふわしてて落ち着かない」

「お前は」

 言いかけて男は口を噤んだ。外見は立派な青年と呼ばれる歳だが、行動や言動はひどく拙い。

 彼を連れ出した状況を考えれば、察するに余りある。

「とにかく、部屋から出てこい。まずは食事だ」

「……ここで食べる」

 腹は空いているらしい。しかし、頑として動かないぞという無言の抵抗を感じる。

 男は無言で青年の脇に手を突っ込むと持ち上げて、肩に担ぎ上げた。

「うわ!?」

 今日一番大きな声が出たが、それでもやっと常人が聞き取れる声量だ。

 持ち上げた身体も骨ばかりが浮き出て、肉がほとんどない。

 母猫に首を咥えられた子猫のように大人しく担がれている。

 青年の状態に男は内心で苦く思うも表には出さず、とっとと食堂へと歩き出した。






「なぜ肉を避けている」

 先程からせっせと肉を避け野菜ばかり口にしている青年を男は見咎めた。

「……いらない」

「食べないと大きくなれないぞ」

「……別にいい」

 この青年が肉を好まないのは気づいていた。味の好みというより、筋力の問題だった。

 この青年は全体的に筋力が足りていない。下手したら十も年下の少女にさえ、力負けしてしまうほどに。

 ステーキなど出せばナイフで切り分けるのも、肉を噛み切るにも筋力が足りず疲れるらしく、食べるのも億劫なようだった。

 だから、鶏肉などの淡白な肉を柔らかく煮込みスープにしているものの、肉は硬いと思い込んでおり、端から食べようとしない。

 連れてきた当初は固形物を受け付けないほど、食が細くなっていた。仕方ない部分もあったが、いつまでも肉を食べられないほど貧弱なままではいられない。病気にだってかかりやすくなってしまう。

 故に男は青年をなるべく太らせたいのだが、当の本人はその気がまったくない。それは、生きる気力がない云々と言うよりは……。

「いいから食え」

 青年からスプーンを奪い、肉を掬うとその口に放り込んだ。

 青年は嫌そうに顔をしかめる。表情の変化もわずかだが、少ない付き合いで男はその変化を読み取れるようになっていた。

 だから分かる。

 青年は渋々肉を咀嚼し始めた。
 ほろほろと口の中で溶けていくことに気づくと、顔を顰めるのをやめた。

 もう一度、スープを掬い差し出すと無抵抗で口を開いて食べる。

「ちゃんと自分で食べろ」

 その様子を見届け男がスプーンを返そうとしても、青年は受け取らない。どころか、じっと男を見つめ、何かを目で訴えていた。

 男は青年の要求を正確に読み取り、応えてやりたくなる衝動をぐっと抑えた。

「駄目だ」

「……ごちそうさま」

「こら。まだ全然食べてないだろう!」

「……おなかいっぱい」

 こうなってしまっては青年はてこでも動かない。

 男は白旗を上げた。

「ほら、食え」

 そう言ってスプーンを口元に差し出すと青年は大人しく食事を再開した。

 その様子はどことなく満足げだ。







 彼は広大な王宮の一室に閉じ込められていた。
 王の子として生まれたはずなのに、その存在を秘匿されていた。それでも生かされていたのは、王の血筋故か、はたまた別の理由か。

 薄暗く家具のない狭い部屋で最低限の食事だけ与えられる生活は王子どころか人としてすら扱われていなかった。

 男が青年を見つけたのはたまたまだ。

 あちこちに難癖を付け戦争を吹っ掛けていた青年の国を男の国が滅ぼした。

 王族を始め、戦争に関与していた貴族たちを捉え、余罪を調べている内に、王の居室にある隠し扉に気づいた。

 その先にいたのが、この青年だ。

 光源は王の居室から反射させ取り入れられた灯りのみ。部屋を照らすには不十分だ。

 薄暗い部屋の中、うずくまる影があった。

 端切れのような服を纏い、露出した肌は骨が浮きそうな程に細い。

 男は言葉を失った。

 人が生活できるとは思えない。本当に何もない部屋だった。

 けれど、青年の瞳は光を湛えていた。

 こんな環境でまともでいられるはずがないのに、青年の瞳は理性を宿し、開かれた扉を冷静に見つめていた。






 男は青年を連れ帰り、まずは住環境を整えた。

 光の入る明るい部屋にふかふかのベッド。彼に少しでも居心地がいいと感じてもらえるように。

 灰色だと思った髪は丁寧に梳るごとに輝きを取り戻し、艶のある白銀に変化していく。

 今は骨ばかりでも、きちんとした食事を重ねれば、脂肪も筋肉も付く。その度に身体に合わせて服を新調していく予定だ。

 ろくな物を食べていなかったために小さい胃に合わせて、栄養価の高いものを用意するようにしている。
 けれど、青年はなんとなくで好き嫌いをするから毎回工夫しなくてはならない。

 青年は王宮で心に深い傷を負い、新たな環境に怯えているだろう。

 男も、そして男の屋敷で働く使用人も胸を痛めていた。

 だから、青年が安らかに暮らせるよう皆が心を配っていた。青年が少しでも嫌がれば無理強いはせず、ゆっくりゆっくりとここでの生活に慣れていくようにと。




 けれど、そんな日々の中、男は気づいてしまった。もともと人の機微には聡い方だ。

 当初、青年からは虐げられてきた者特有の怯えた様子は見られなかったが、我慢しているか強がっているのだろうと思っていた。

 屋敷に連れて来た時、表情はなくても物珍しげに周囲を見回していたし、問いかければたまに無視されるものの返事してくれる。

 そこには微かな好奇心が混じっていたように思われる。

 使用人たちは心の傷に触れないよう慎重に接しているが、青年は明らかに気にしていない。

 人を怖がっている訳ではなく、興味は薄くともまったくない訳でもない。

 詳細は未だ分かっていないが青年が過酷な環境に身を置いていたのは確かだ。

 けれど、その前提を抜きにしてみると青年は明らかに引きこもり生活を堪能していた。

 その言動に悲壮さはない。ただ、確固たる意志を感じるだけだ。

 部屋の外に出るのを拒否するのは外が怖いからではなく、ただ単に出たくないから。

 使用人たちの反対を押し切って部屋の外に連れ出した時の青年の顔を忘れられない。

 眩しそうに、嫌そうに、不服だと言わんばかりに男を睨んだ青年の顔を。

 そう、青年は自身の境遇を笠に着て引きこもりを極めようとしているのだ。

 引きこもりは職業でもなんでもないのだが、何故か匠を目指すような志を持っているようだ。



 だから、男は青年を甘やかし過ぎないよう、注意深く観察することにした。

 青年にとって難しいことなのか、怠けたいだけなのか。

 見極めるのは割と簡単だ。無表情に見えるがちゃんと見れば表情の違いに気づく。

 本気で困っている時はへにょりと眉尻を下げ、面倒くさいと思っている時は眉根が寄る。

 故に、青年が面倒くさがっているだけの時は極力甘やかさないようにしている。

 それが、青年の今後の為になると信じて。

 子を持った父のような心境になりつつ、男がそれを実践出来ているかと言われればそうでもない。

 ひな鳥のように口を開き、もぐもぐと咀嚼する青年が小憎たらしくも不思議と可愛くて、結局甘やかしてしまうのだ。

「うまいか?」

「……まあまあ」

 やっぱり可愛くないかもしれない。

 どこか楽しげな青年に餌付けしながら、男の口角は知らず上がっていた。

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