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森のCafe★しっぽっぽ

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転職をくりかえす男

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 その日は、日差しが強く喉がカラカラに乾いていた。
 やるぞ! と意気込んで面接を受けるも、終わる頃には疲労困憊で手応えが全く感じられず気分が沈む。
「気分転換でもするか」
 少しでも憂鬱な気分を変えたくて、いつもと違う道を通って帰ることにした。
 普段通らない場所は、駅から近いのに閑散としていて静かだ。
 喉も乾いているし、自販機でも探そうかと視線を彷徨わせていると、マンションとマンションの間にポツン佇む小さなお店が目に止まった。
「こんな場所に店なんてあっただろうか?」
 外観は小さな平屋の古民家を連想させるが、『森のカフェ しっぽっぽ』と書かれた暖簾が軒先に掲げられている。
 一応、『営業中』の札が下げられているのだから営業はしているのだろう。
「変な名前の店だなぁ」
 入るか否か、少し悩む。
 見た目は、平屋建ての小さな一軒家に見えるのだ。
 入店に躊躇するくらいには、迷ってしまう店構えは客を選んでいるのだろうかと、ひねくれたことを考えてしまう。
 喉の乾きと暑さを前では、自分の欲望を優先してしまった。
 引き戸をガラリと開けると、土間の壁にくっつけられた飴色の木のテーブルに椅子が六脚設置されている。
「いらっしゃい。この時間に生きてるお客様とは、珍しいこともあるもんだ。空いている席に座ってくださいや」
 エプロンを身に着けた初老の男性が、お冷とメニュー表を持ってくる。
「あ、ああ。ありがとう」
「注文が決まったら、そこの卓上ベルで呼んでください」
 そういうと、男は土間の奥へと引っ込んで行った。
 メニュー表をぱらりと開き、何を頼もうかと考える。
 メニューの文言に、思わず「ふぁ?」と変な声が漏れた。
 自家焙煎コーヒーしっぽっぽ特製ベンティ・アイスラテ・ツーパーセント・エクストラミルク・クワッド・ライトアイス・ウィズ ホイップ・バニラシロップ・キャラメルソース増々ましまししっぽっぽスペシャル。
 他にも、トール・バニラクリームフラペチーノ・ブラベミルク・エクストラホイップ・ノンバニラシロップ・ウィズホワイトモカシロップ・チョコレートチップ・チョコレートソースやベンティ・アイスラテ・ツーパーセント・エクストラミルク・クワッド・ライトアイス・ウィズ ホイップ・バニラシロップ・キャラメルソースなんかもある。
 普通にアイスコーヒーやホットコーヒーだけの表示はないのかとメニュー表を眺めるが、ない!
 そう、ないのである。
 トッピングなしのコーヒーには、自家焙煎しっぽっぽ特製お好みブレンドコーヒーに熱い愛を込めてと書かれてある。
 下には、細かい文字で豆の種類と風味などが食レポ記事のような字がずらっと並んでいた。
 これは、ホットコーヒーなのだろうか? 
 暑いし冷たいものが飲みたいが、何の変哲もないお茶ですら呪文のような言葉の羅列で飾り立てられている。
 繁盛していないのは、このクソ長い呪文のような口にするのも恥ずかしい品名だからなのでは? と思わずにはいられない。
 とりあえず、一番心のダメージの少ないコレにしよう。
 卓上ベルを鳴らして、いざ注文するぞとメニュー表から顔を上げると誰もいない。
「お決まりですか~?」
 間延びした声が聞こえるが、どこから聞こえてくるのかわからずキョロキョロあたりを見渡す。
「お客さん、こっち~。こっちですよ~。下、下を見てくださーい」
 間延びした声が、ようやく下から聞こえてきたのかと知り視線を下にさげると猫がいた。
「‡◯☓♫mE)x=Jd_f_jix~~」
 言葉にも声にもならない悲鳴が、腹の底から出た。
 艶のある黒の毛並みに、黄緑色の瞳、ぽっちゃりとしたふくよかな体に映える真っ白な割烹着姿から除く尻尾は二日。
 愛想は良くて喋る猫。
 果たして、あれは猫なのだろうか?
 二足歩行して接客する猫など聞いたことはない。
 一瞬、青い某猫型ロボットを思い出したが、いやあれは空想上の存在でロボットものな話だったはず。
 いかん、思考が反れた。
 頭を振り、メニュー表に書かれた『特別焙煎しぽっぽスペシャル心胆寒からせるブレンドコーヒー』を指さした。
「これ、下さい」
 黒猫に見えるようにメニュー表の文字を指さすと、
「ああ~、アイスコーヒーですね~。デザートや軽食とセットにすると、お得ですよ~」
と宣った。
 アイスコーヒーならアイスコーヒーって書けよ!!
 小っ恥ずかしい品名を注文するのは嫌だ。
「いや、軽食もデザートも結構だ」
「そうですか~? でもぉ、お客さんには今これがオススメだと思うんですよ~」
 黒猫は、メニュー表に書かれている『酸いも甘いも噛み分ける百味ビーンズに愛を捧げて』を指さして言った。
 百味ビーンズって何? あれか? 某魔法世界の物語が始まろうとしているのか?
 いやいや、待て待て自分の頭。
 こんな非現実的なことが目の前で起こっている自体が現実ではない証拠ではないか。
「飲み物だけで……」
 良いと言おうとしたところを、黒猫の言葉に遮られた。
「本当に? それで良いんですね? 追加注文は、当店受け付けてませんよ?」
 先ほどのような間延びした声音とは違う、ピリリと空気が張り詰めた声音で確認された。
 そう言われると、なんだか不安になってくる。
 その選択は正しいのだろうか、と。
「え、あ………じゃあ」
 それもと言いかけたところで、奥に引っ込んでいた店主が出てきて黒猫の頭をお盆でしばいていた。
 バシンッと痛そうな音の合間の一瞬の静寂は、なんとも言えぬ重い沈黙が出来上がる。
「はぁ~、そうやってお客さんをからかって反応を楽しむのは止めろと何度言ったら分かるんだ? ちびさーん?」
 グニグニと頬をつねっている店主と黒猫のやり取りに、自分はこの喫茶店に入る前に熱中症で倒れて死んだのかもしれない。
「お客さんは、まだ死んでませんよ。それより、うちの従業員が迷惑かけてすいませんね。悪気はないんだ。こいつらは、普段客に何かを勧めたりはしないんで安心してくださいや」
「猫……ですよね? その、二足歩行して喋る猫……ロボット?」
「……まあ、広くいえば猫ですね」
 猫型ロボットなのか? それとも本当に喋る新種の猫なのか?
 深く考えたらドツボにはまりそうになるので止めた。
「アイスコーヒー下さい。ミルクも砂糖もいらないんで」
 小っ恥ずかしい品名で注文するのは、勘弁してもらいたい。
「あいよ。少々お待ちを。ちび、お前はこっちだ」
 ちびと呼ばれた黒猫の首根っこをむんずと掴み奥へと引っ張って行った。
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