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森のCafe★しっぽっぽ

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転職をくりかえす男

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 店の奥から焙煎されたコーヒーの良い香りが漂ってくる。
 控えめに流れる店内の音楽は、昭和初期にタイムスリップしたみたいな気分になる。
 US◯Nやラジオから流れる音楽ではなく、レコード独特の音が郷愁を感じさせた。
「特別焙煎しぽっぽスペシャル心胆寒からせるブレンドコーヒーお待ち」
 コトリと置かれたアイスコーヒーに、思わず両手を手で顔を覆った。
 注文受付時、普通にアイスコーヒーって言ったのに!!
 なんで出すときに真顔で臆面もなく品名言っちゃうかな?
「お客さん、具合でも悪いのかい?」
 首をかしげる店主に、男はハァァッァーと大きなため息を吐いた。
「なんで、そう臆面もなく小っ恥ずかしい商品名を言えるんだ?」
「そりゃ、うちの店で出している品だしね。商品名が分からなきゃ、注文も取れないだろうさ」
 店主の言葉に男はぐうの音も出すこともできず、ガシガシと頭を掻いた。
 アイスコーヒーを一口啜ると、ガツンとくる苦みの後に爽やかな酸味が喉を通る。
 鼻には、コーヒーのかぐわしい香りの余韻が残る。
「……美味い」
 味なんて期待していなかったが、これは案外良い店にを見つけたかもしれない。
「そりゃ色々拘ってますから。しかし、急いで飲むと冷やすぞ」
 店主の忠告は半分くらい一気飲みした後で、忠告虚しく今までで一番肝を冷やした情景が頭の中を駆け巡り肝を冷やした。
 ドッドッドッと心臓がうるさいくらいに聞こえてくる。
「なんだよ、このコーヒー……」
「言っただろう。心胆寒からせるコーヒーだって。何を考えて肝を冷やしたのかは知らんが、悩んでいるなら聞くぞ」
 店主の言葉に、男は呆気に取られる。
 善意からの言葉なのか、ただの好奇心なのか分からないが、男の中には確かに誰かに聞いてもらいたい欲求があった。
「実は……」
 人間関係でうまくいかず何度も転職を繰り返したこと。
 仕事を辞めるときは、決まって大きな失敗をして辞めたこと。
 最近、転職がうまくいかなくなったこと。
 早く仕事を見つけないと貯金が底をつき生活がままならないこと。
 安定した仕事に就きたいが、若さもスキルもない中年を雇い入れてくれる会社が見つからないこと。
 ポロポロと胸の中にあった不安を店主に零す。
 店主は、口を挟むことなく男の言葉を黙って聞いていた。
「なるほどなぁ。就く仕事さえ選ばなければ、働き口はいくらでもあるもんさ。だが、それが通じるのは若い頃までだ。今は、どこも不景気で仕事も限られてくる。お前さん、正社員に拘ってないかい?」
 店主の言葉に、ビクリと肩が震える。
 全くもってその通りだ。
「………」
 無言を肯定と捉えたのか、店主は顎に蓄えた髭を撫でながら言った。
「安定した収入が欲しいのは、悪いことじゃねぇ。だがな、努力なしでその地位を得るのは難しい。パートやアルバイトからでも正社員の道はあるだろうに。金を稼がなきゃ生きていけねーんだ。御飯食いたいなら、なりふり構っている暇はないんじゃないかい?」
 ド正論に、ぐうの音もでない。
「……おっしゃる通りです」
「で、お前さんはどんな仕事に就きたいんだ? やりたいこととかあんだろう」
 店主の問いかけに、男は考える。
「人間関係に煩わされたくない。電話対応はしたくない。パソコンとにらめっこして、書類作成に時間に追われるのも嫌だ」
「おおぅ、今まで就いた仕事で相当嫌なことでもあったのかい?」
「まあ、色々と胃を壊して不眠症になるくらいにはあった」
 遠い目で嫌な記憶が脳裏にフラッシュバックしてくる。
 今は病院に通いながらではあるが、ある程度日常生活を取り戻すことが出来ていると思う。
「焦ったところで、心因性からくる不眠症は完治しない。快癒はしても、何かの拍子に悪くなることもある。そもそも、どの仕事を選んだとしても人間関係は付き纏ってくるもんだ」
「じゃあ、どうしろって言うんですか!? 個人事業主になれとでも?」
「ははは、それこそ無理な話だろうよ」
 頭に血が登って食って掛かると、軽く流された。
「個人事業主なんて、それこそ自分を売り込むことが出来る人間じゃなきゃ無理だな。事業が成功しても失敗しても自己責任。その分、会社に所属している方が責任は分散されて軽い軽い。工場勤務・警備員・清掃員なんかは、接客業を前提にしている職種よりは比較的に人との交流は少ないだろう」
「……俺は、デスクワークしかしたことないんですよ。体力が貧弱なんです」
「でもでもだっては、あんたの癖かい? 言い訳並べ立てて二の足を踏んでたら、それこそ就職なんて夢のまた夢だぞ。まずは、研修期間。その次は、有給が取得できる半年。正社員登用に向けて働けば、三年在籍なんて余裕で働ける。どんな仕事でも不満や愚痴はあるもんだ。新しい仕事に対する不安もあるだろう。何事にも最初の一歩を踏み出せなきゃ道は続かないんだぜ。そももの、目の前には道なんてものは存在しない。歩き続けた軌跡が、道になるんだよ」
 店主の言いたいことは、なんとなく分かる。
 でも、後半はよく分からない。
 無言になる自分に対し、店主はふむと顎の髭をひと無でして奥へ引っ込んだ。
 戻ってきたかと思えば、一本の青いミサンガを差し出してきた。
「これは?」
「知らないのかい? ミサンガだよ。利き足につけると良い。お前さんの場合は、就職した職場で仕事が続きますようにって願えばいいんじゃないか?」
「……おいくらですか?」
「そうさなぁ。これは、従業員が趣味で作ったものだ。お気持ち程度で良いと思うぜ。もし、あんたの願いが叶ったあかつきには、近くの猫寺か猫神社に行ってお礼を伝えてくれりゃ良いさ」
 カラリと笑う店主に、男は少し考えてコーヒー代とは別にミサンガの代金として500円置いて店を後にした。
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