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第一章 影の令嬢
父からの呼び出し
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刺繍の手を止めて、エリアナは小さく息をついた。
窓から差し込む僅かな光の中で、白い布地に施された薔薇の刺繍が輝いている。これは母が教えてくれた技法だ。
「エリアナ、あなたの刺繍は本当に美しいわ。いつか、これが皆に称えられる日が来るわね」
母はそう言ってくれた。
でも、その日は来なかった。エリアナの刺繍を褒める人はいない。社交界に出ることも許されず、才能を発揮する機会もない。ただ、この薄暗い部屋で、誰にも見られることのない作品を作り続けるだけ。
廊下の向こうから、甲高い笑い声が聞こえてきた。リリアーナだ。きっと新しいドレスが届いたのだろう。
最近、妹の婚約話が持ち上がっているらしい。侯爵家の御曹司だとか、子爵家の跡取りだとか、毎週のように求婚者が訪れている。
「エリアナ様には、きっと誰も求婚なんてしないわよね」
先日、使用人たちの会話をたまたま聞いてしまった。リリアーナの侍女たちが、嘲笑うように言っていた言葉。
「だって、あんなに暗くて、地味で、才能もないんですもの。リリアーナお嬢様と比べたら、まるで灰かぶりね」
その言葉が胸に突き刺さって、エリアナは息ができなくなった。部屋に戻って、枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
でも、侍女の言う通りかもしれない。自分には何もない。美しさも、才能も、愛してくれる人も。
ノックの音がして、エリアナは慌てて涙の跡をぬぐった。
「エリアナお嬢様、失礼いたします」
マルタが入ってきた。いつもの申し訳なさそうな表情ではなく、今日は何か緊張した面持ちだ。
「旦那様がお呼びです。至急、大広間へいらしてくださいとのことです」
エリアナの心臓が跳ねた。
父が自分を呼ぶ? それも大広間に?
何か悪いことをしただろうか。いや、最近は屋敷の人々と関わることすらほとんどない。何があったというのだろう。
不安に駆られながら、エリアナは立ち上がった。鏡を見ずに、髪を整える。地味な灰色のドレスは皺一つない。継母から「リリアーナを引き立てるため、派手な服を着るな」と言われているから、いつもこんな色合いの服ばかりだ。
大広間への道のりは長かった。
屋敷の美しい装飾——母が生きていた頃からの、エレガントな調度品——が目に入る。
でもそれらはもう、エリアナのものではない。この家で、彼女は客人以下の存在だ。
大広間の扉の前で、エリアナは深呼吸をした。そして、小さくノックする。
「入れ」
父の声。冷たく、事務的な響き。
扉を開けると、そこには父ロベール・フォンティーヌ、継母マルグリット、そして妹リリアーナが揃っていた。三人とも、どこか緊張した面持ちで、しかしリリアーナの唇には薄い笑みが浮かんでいる。
「お呼びでしょうか、父上」
エリアナは自分の声がかすかに震えるのを聞いた。
窓から差し込む僅かな光の中で、白い布地に施された薔薇の刺繍が輝いている。これは母が教えてくれた技法だ。
「エリアナ、あなたの刺繍は本当に美しいわ。いつか、これが皆に称えられる日が来るわね」
母はそう言ってくれた。
でも、その日は来なかった。エリアナの刺繍を褒める人はいない。社交界に出ることも許されず、才能を発揮する機会もない。ただ、この薄暗い部屋で、誰にも見られることのない作品を作り続けるだけ。
廊下の向こうから、甲高い笑い声が聞こえてきた。リリアーナだ。きっと新しいドレスが届いたのだろう。
最近、妹の婚約話が持ち上がっているらしい。侯爵家の御曹司だとか、子爵家の跡取りだとか、毎週のように求婚者が訪れている。
「エリアナ様には、きっと誰も求婚なんてしないわよね」
先日、使用人たちの会話をたまたま聞いてしまった。リリアーナの侍女たちが、嘲笑うように言っていた言葉。
「だって、あんなに暗くて、地味で、才能もないんですもの。リリアーナお嬢様と比べたら、まるで灰かぶりね」
その言葉が胸に突き刺さって、エリアナは息ができなくなった。部屋に戻って、枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
でも、侍女の言う通りかもしれない。自分には何もない。美しさも、才能も、愛してくれる人も。
ノックの音がして、エリアナは慌てて涙の跡をぬぐった。
「エリアナお嬢様、失礼いたします」
マルタが入ってきた。いつもの申し訳なさそうな表情ではなく、今日は何か緊張した面持ちだ。
「旦那様がお呼びです。至急、大広間へいらしてくださいとのことです」
エリアナの心臓が跳ねた。
父が自分を呼ぶ? それも大広間に?
何か悪いことをしただろうか。いや、最近は屋敷の人々と関わることすらほとんどない。何があったというのだろう。
不安に駆られながら、エリアナは立ち上がった。鏡を見ずに、髪を整える。地味な灰色のドレスは皺一つない。継母から「リリアーナを引き立てるため、派手な服を着るな」と言われているから、いつもこんな色合いの服ばかりだ。
大広間への道のりは長かった。
屋敷の美しい装飾——母が生きていた頃からの、エレガントな調度品——が目に入る。
でもそれらはもう、エリアナのものではない。この家で、彼女は客人以下の存在だ。
大広間の扉の前で、エリアナは深呼吸をした。そして、小さくノックする。
「入れ」
父の声。冷たく、事務的な響き。
扉を開けると、そこには父ロベール・フォンティーヌ、継母マルグリット、そして妹リリアーナが揃っていた。三人とも、どこか緊張した面持ちで、しかしリリアーナの唇には薄い笑みが浮かんでいる。
「お呼びでしょうか、父上」
エリアナは自分の声がかすかに震えるのを聞いた。
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