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第三章 北の城にて
至福の夜想曲
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その日の午後、エリアナは音楽室を訪れた。
そこには、美しいグランドピアノが置かれていた。黒い艶やかな表面、象牙の鍵盤。
エリアナは、恐る恐る椅子に座った。
鍵盤に、指を置く。
震える。何年も弾いていない。上手く弾けるだろうか。
でも——
最初の音を鳴らした瞬間、全てが蘇ってきた。
母と一緒に弾いた日々。音楽の喜び。自分が自分でいられた時間。
指が、自然と動き出す。
ノクターン。母が好きだった曲。
メロディーが、部屋に響く。
エリアナは、目を閉じた。
音楽に身を委ねる。
どれくらい弾いていただろう。
曲が終わって、エリアナは目を開けた。
そして、気づいた。
アレクシスが、扉のところに立っていた。
「あ……いつから……」
「最初から」
彼は、部屋に入ってきた。
その表情には、驚きが浮かんでいた。
「エリアナ、君は……」
「下手で、すみません。何年も弾いていなくて……」
「違う」
アレクシスは、エリアナの前に立った。
「美しかった。君の演奏は、心に響く」
その言葉に、エリアナは息を呑んだ。
「本当に……?」
「ああ。私は、音楽には詳しくない。でも、君の演奏を聴いて、初めて音楽の素晴らしさが分かった気がする」
アレクシスの青い瞳が、真剣にエリアナを見つめていた。
「君には、才能がある。なぜ、それを隠してきた」
「才能なんて……わたくしには……」
「ある」
アレクシスは、断言した。
「君は、自分を過小評価している。長年、そう言われ続けてきたからだろう。でも、それは間違いだ」
彼は、エリアナの肩に手を置いた。
「君は、美しく、聡明で、才能にあふれている。それを、もっと信じてほしい」
エリアナの目に、涙が浮かんだ。
母亡き後、誰かに、こんなふうに認められたことがあっただろうか。
「アレクシス様……わたくし……」
「泣くな。これは、真実だ」
彼は、エリアナの涙をそっとぬぐった。
その手の温もりが、エリアナの心を溶かしていく。
長い間、凍りついていた心が、少しずつ温かくなっていく。
「もっと弾いてくれ。君の音楽を、もっと聴きたい」
その願いに、エリアナはうなずいた。
そして、再びピアノに向かった。
今度は、別の曲。明るく、希望に満ちた曲。
指が踊る。
心が、解放されていく。
アレクシスは、窓辺に立って静かに聴いていた。
夕日が、二人を優しく照らしている。
この瞬間、エリアナは思った。
ここに来て、本当に良かった。
この人と結婚して、本当に良かった。
◇
数週間が過ぎ、エリアナは城での生活にすっかり慣れていた。
毎朝、アレクシスと朝食を共にし、午前中は図書室で本を読むか、庭園を散策する。午後にはピアノを弾き、夕方にはアレクシスと夕食を取る。
穏やかで、幸せな日々。
でも、エリアナはまだ完全には心を開けていなかった。
アレクシスは優しいけれど、どこか距離がある。夜は別々の部屋で寝ているし、それ以上の親密さはまだない。
キスも、結婚式のときの一度きりだ。
アレクシスは、妻として触れる気にはなれないのだろうか――自分のように美しくない女には。
誰だって、リリアーナみたいに美しい妻の方がよいに決まっている。
そこには、美しいグランドピアノが置かれていた。黒い艶やかな表面、象牙の鍵盤。
エリアナは、恐る恐る椅子に座った。
鍵盤に、指を置く。
震える。何年も弾いていない。上手く弾けるだろうか。
でも——
最初の音を鳴らした瞬間、全てが蘇ってきた。
母と一緒に弾いた日々。音楽の喜び。自分が自分でいられた時間。
指が、自然と動き出す。
ノクターン。母が好きだった曲。
メロディーが、部屋に響く。
エリアナは、目を閉じた。
音楽に身を委ねる。
どれくらい弾いていただろう。
曲が終わって、エリアナは目を開けた。
そして、気づいた。
アレクシスが、扉のところに立っていた。
「あ……いつから……」
「最初から」
彼は、部屋に入ってきた。
その表情には、驚きが浮かんでいた。
「エリアナ、君は……」
「下手で、すみません。何年も弾いていなくて……」
「違う」
アレクシスは、エリアナの前に立った。
「美しかった。君の演奏は、心に響く」
その言葉に、エリアナは息を呑んだ。
「本当に……?」
「ああ。私は、音楽には詳しくない。でも、君の演奏を聴いて、初めて音楽の素晴らしさが分かった気がする」
アレクシスの青い瞳が、真剣にエリアナを見つめていた。
「君には、才能がある。なぜ、それを隠してきた」
「才能なんて……わたくしには……」
「ある」
アレクシスは、断言した。
「君は、自分を過小評価している。長年、そう言われ続けてきたからだろう。でも、それは間違いだ」
彼は、エリアナの肩に手を置いた。
「君は、美しく、聡明で、才能にあふれている。それを、もっと信じてほしい」
エリアナの目に、涙が浮かんだ。
母亡き後、誰かに、こんなふうに認められたことがあっただろうか。
「アレクシス様……わたくし……」
「泣くな。これは、真実だ」
彼は、エリアナの涙をそっとぬぐった。
その手の温もりが、エリアナの心を溶かしていく。
長い間、凍りついていた心が、少しずつ温かくなっていく。
「もっと弾いてくれ。君の音楽を、もっと聴きたい」
その願いに、エリアナはうなずいた。
そして、再びピアノに向かった。
今度は、別の曲。明るく、希望に満ちた曲。
指が踊る。
心が、解放されていく。
アレクシスは、窓辺に立って静かに聴いていた。
夕日が、二人を優しく照らしている。
この瞬間、エリアナは思った。
ここに来て、本当に良かった。
この人と結婚して、本当に良かった。
◇
数週間が過ぎ、エリアナは城での生活にすっかり慣れていた。
毎朝、アレクシスと朝食を共にし、午前中は図書室で本を読むか、庭園を散策する。午後にはピアノを弾き、夕方にはアレクシスと夕食を取る。
穏やかで、幸せな日々。
でも、エリアナはまだ完全には心を開けていなかった。
アレクシスは優しいけれど、どこか距離がある。夜は別々の部屋で寝ているし、それ以上の親密さはまだない。
キスも、結婚式のときの一度きりだ。
アレクシスは、妻として触れる気にはなれないのだろうか――自分のように美しくない女には。
誰だって、リリアーナみたいに美しい妻の方がよいに決まっている。
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