【完結】生贄にされた私が竜王陛下に溺愛されて、陥れた妹たちにざまぁしたら、幸せすぎて困ってます

深山きらら

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第一章 忌まわしき生贄

行ってまいります

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 その夜、アリアーナは一睡もできなかった。天蓋付きのベッドに横たわり、天井を見つめていた。月明かりが、カーテンの隙間から細く差し込んでいる。

 父は自分を愛してくれていないわけではない、と懸命に自分に言い聞かせていた。これは、エルヴィシア家のために、仕方のないことなのだ。

 アリアーナかセリーナか、となれば、アリアーナが生贄に選ばれるのは当然だろう。セリーナは公爵家との縁談が決まっている。エルヴィシア家にとって願ってもない縁だ。
 アリアーナには、縁談など持ち込まれたこともない。王に存在を忘れられているほどなのだ。ちゃんとした家に嫁げるかどうかも怪しい。
 エルヴィシア家にとって、セリーナは「資産」だが、アリアーナは「お荷物」だ。

 今までずっと考えないようにしていた自分の現状を、鼻先に突きつけられて――涙が出てくる。

 友達なんて、いなくてもよかった。本さえあればよかった。
 いつの間にか、誰からもお茶会の誘いが来なくなっていたが、苦にしたことがなかった。もともと、笑顔の下で腹を探り合ったり、お互いに値踏みし合ったりする社交は得意ではない。

 でも、せめてもうちょっと積極的に社交界へ出ていれば――一度や二度は縁談を持ち込まれるぐらいになっていれば――こんなにあっさり見捨てられなかったのかもしれない。

 アリアーナを本当に愛してくれたのは、今は亡き母だけだ。
 
 それなのに、母の顔を、もう思い出せない。彼女が五歳の時に亡くなってから、十三年が経つ。母の思い出は、あたたかい腕の感触と、優しい声だけ。「アリアーナは、私の大切な宝物」――そう言ってくれた母の声。

 もうすぐ、母に会えるのだろうか。竜に食べられた後、魂は天国へ行くのだろうか。天国で母が抱きしめてくれるのだろうか。
 ああ、それならきっと、悪くない。


 三日間は、あっという間に過ぎた。

 好きなように過ごせと言われたので、アリアーナはずっと本を読んで過ごした。いつものように。

 出発の朝は、良い天気だった。

 アリアーナは鏡の前に立った。薄手の白い儀式衣に身を包んだ彼女は、まるで幽霊のようだった。金色の長い髪を解き、背中に流した。化粧もしていない素顔は、十八歳にしては幼く見える。大きな碧眼が、鏡の中からこちらを見つめ返している。
 これが、自分の最期の姿。

 階段を降りると、玄関ホールに家族が揃っていた。父、継母、セリーナ、そして使用人たち。皆が自分を見ている。その視線はさまざまだった。同情、安堵、無関心。

「アリアーナ」

 父が近づいてきた。その手には、クラシックなデザインのネックレスがあった。銀の鎖に、小さな水色の宝石。

「つけていきなさい」
「これは……?」
「アンネリーゼの形見だ。……本当は、お前が結婚するときに渡すつもりだった」

 父の声が震えた。

「すまない。本当に、すまない」

 父がアリアーナの首にネックレスをかけた。亡き母の形見のネックレス。
 冷たい金属が肌に触れる。母の温もりは、もうそこにはない。

「行ってまいります」

 彼女は深々と一礼した。もう、何も言うべきことはない。

 継母は無表情でうなずいた。セリーナはハンカチで顔を覆っていたが、その指の間からのぞく目は、明らかに笑っていた。なぜ妹は笑っているのだろう、とアリアーナは思ったが、すぐに忘れた。もうどうでもいいことだ。

 馬車が、玄関前で待っていた。黒い馬車。王国の紋章が描かれている。御者は、同情のこもった目でアリアーナを見た。

「お嬢様、参りましょう」

 アリアーナは馬車に乗り込んだ。窓から、屋敷を見上げた。十八年間住んだ家。幸せな記憶は少ないけれど、それでも自分が育った場所。

 馬車が動き出した。振り返ると、玄関にいた人々が小さくなっていく。父が手を振っていた。その姿がかすんで見えた。

 アリアーナは、膝の上に置いた本に視線を落とした。竜の本。
 これから会う竜王は、どんな存在なのだろう。本に書かれているように、恐ろしい怪物なのだろうか。それとも、もっと違う何かなのだろうか。
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