【完結】魔力過多の捨てられ聖女は、氷の魔公爵の契約花嫁(抱き枕)になりました

深山きらら

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嫉妬と膝乗り

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「おや? こんなところに妖精がいる」

 爽やかな声と共に現れたのは、茶色の髪を短く刈り込んだ、精悍な顔つきの騎士だった。公爵家の紋章が入ったマントを羽織っている。
 
「あ……ごめんなさい、お邪魔でしたか?」
「とんでもない! むさ苦しい訓練の合間に、こんな可憐な花が見られるなんて眼福だよ」

 騎士の男性は屈託なく笑うと、私の手を取って立ち上がらせてくれた。その手は温かく、普通の男性の体温だった。
 クラウス様のひんやりとした手とは違う。

「俺は騎士団長のレオニード。君は新しいメイドさん? にしては、随分と上等なドレスを着ているね」
「あ、ええと……私は、ジゼルと申します。その……ここで暮らすことになりまして」

 契約結婚だと言うべきか迷い、言葉を濁す。
 レオニード様は私の顔をまじまじと見つめると、パッと表情を輝かせた。

「ジゼル嬢か! 君があの噂の……! いやぁ、想像以上に可愛いな」
「えっ?」
はかなげで、守ってあげたくなる。俺、君みたいなタイプに弱いんだ」

 レオニード様は私の手の甲に、親しげに自分の手を重ねた。
 距離が近い。王都で蔑まれてきた私には、こんな風に真っ直ぐな好意を向けられることに免疫がない。

「困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺が君のナイトになろう」
「あ、ありがとうございます……?」

 ウインクまでされて、どう反応していいか分からず困惑していると――。

 ゴゴゴゴゴ……。

 突然、背筋が凍るような殺気を感じた。
 温室の気温が一気に下がった気がする。

「……レオニード」

 地獄の底から響くような声。
 振り返ると、そこには鬼の形相をしたクラウス様が立っていた。
 周囲の空気がピキピキと音を立てて凍りついている。比喩ではなく、本当に足元の草が霜で白くなっていた。

「か、閣下!?」
「俺の妻に、何をしている?」
「つ、妻!? まさかこの方が、あの『契約』の……!」

 レオニード様が驚いて手を離す。
 クラウス様は無言で私の元へ歩み寄ると、私の腰を乱暴に引き寄せた。

「きゃっ」
「……消毒だ」

 彼は不機嫌そうに呟くと、レオニード様が触れた私の手の甲を、自分の指で強くこすった。そして、そこへ躊躇なく口づけを落とす。

「閣下、あの、部下の前でそれは……!」
「うるさい。……ジゼル、部屋に戻るぞ」
「え、でも散歩が……」
「戻ると言っている」

 問答無用で、私はクラウス様に横抱きにされた。
 レオニード様が「あーあ、閣下も独占欲強いなぁ」と苦笑いしているのが見えたが、クラウス様は彼を一睨みして黙らせた。

 ***

 連れて行かれたのは、クラウス様の執務室だった。
 彼は革張りの大きな椅子に座ると、私を下ろすことなく、そのまま自分の膝の上に座らせた。

「あの、クラウス様? 重いですよね、降ります……」
「動くな」

 腰に回された腕がぎゅっと締まる。拘束具のように強固だ。
 彼の膝の上は安定していて、まるで子供扱いされているようだ。背中が彼の胸板にぴったりと密着し、心臓の鼓動が伝わってくる。ドクン、ドクンと、いつもより少し速い。

「……魔力が、暴走しそうだ」

 クラウス様が私の首筋に顔を埋め、くぐもった声で言った。
 嘘だ。
 さっきの「消毒」といい、今の態度といい、これは魔力のせいじゃない。
 でも、彼の声には切迫した響きがあって、拒絶できない。

「他の男に触れさせるな」

 耳元に熱い吐息がかかる。
 背筋がぞくりと震えた。

「俺の手は冷たいか?」
「……いいえ。ひんやりして、気持ちいいです」
「あいつの手の方が温かかっただろう」
「レオニード様は……普通でしたけど、私はクラウス様の手の方が好きです」

 お世辞ではなく本心だった。
 私がそう答えると、背後の気配がふっと緩んだのが分かった。

「……そうか」

 クラウス様は、私の肩に顎を乗せ、深いため息をついた。
 冷たかった空気が、甘いものに変わっていく。

「なら、いい。……しばらく、このままでいろ」
「お仕事の邪魔では?」
「お前がいないと仕事にならない。これが一番効率がいい」

 彼は私の腰を抱いたまま、片手でペンを走らせ始めた。
 書類を見るふりをして、時折、私の髪の匂いを嗅いだり、耳たぶを甘噛みしたりしてくる。
 
「んっ……クラウス様、くすぐったいです……!」
「治療だ。我慢しろ」

 絶対に治療じゃない。
 でも、膝の上で包み込まれる安心感と、独占欲を隠さない彼の態度に、私の胸は甘く締め付けられていた。
 これは契約。仕事。
 そう自分に言い聞かせても、顔の熱さはどうしても引いてくれなかった。
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