【完結】魔力過多の捨てられ聖女は、氷の魔公爵の契約花嫁(抱き枕)になりました

深山きらら

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湯上がりのハプニングと熱の味

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 その夜、事件は起きた。
 夕食後、私はメイド長の勧めで、屋敷自慢の大浴場を使わせてもらっていた。
 北の地特有の薬湯は体を芯から温めてくれる。つい長湯をしてしまい、のぼせた頭を冷まそうと、私は薄手のガウン一枚を羽織って廊下に出た。

「ふぅ……気持ちよかった」

 濡れた髪から雫が落ちる。タオルで拭きながら自室へ戻ろうとした時、角を曲がった先で誰かと鉢合わせした。

「――っ!?」

 ドン、とぶつかったのは、硬く引き締まった胸板だった。
 湯上がり特有の甘い石鹸の香りと、冷たく清潔な冬の香りが混ざり合う。
 見上げると、そこにはクラウス様がいた。
 彼もまた入浴後だったのか、前を大きく開けたシャツにズボンというラフな姿だ。濡れた銀髪をかき上げ、首筋には水滴が光っている。

 そして何より、私の視線は彼の肌に釘付けになった。
 シャツの隙間から覗く鎖骨、鍛え上げられた腹筋のライン。普段の厳重な軍服姿からは想像もつかないほど、無防備で、色っぽい。

「ジゼル……?」

 クラウス様の目が大きく見開かれた。
 彼のアイスブルーの瞳が、私の頭のてっぺんから爪先までをゆっくりとなぞる。
 ハッとして自分の格好を確認する。
 湯気で火照った肌。薄いガウンは湿気を含んで体に張り付き、体のラインを露わにしている。しかも前が少しはだけて……。

「きゃっ!」

 私は慌てて胸元を押さえた。
 顔から火が出るほど恥ずかしい。

「……すまない。驚かせたか」

 クラウス様はパッと顔を背けた。
 だが、その耳は真っ赤に染まっている。そして、彼が片手で口元を覆ったその隙間から、漏れ聞こえたのは――。

「……くそ、理性が……」

 という、苦しげな呟きだった。
 その瞬間、彼の周囲の空気が急速に冷え込んだ。
 廊下の壁に、ピキピキと霜が走り始める。

「ク、クラウス様!?」
「離れろ! 魔力が……抑えきれない!」

 彼は苦悶の表情で胸を押さえ、その場に膝をついた。
 いつもの冷気とは違う。荒れ狂う吹雪のような魔力が、彼の体から溢れ出している。
 私の肌姿を見て動揺したせいで、感情と共に魔力が暴走しかけているのだ。

 このままでは、屋敷ごと凍りついてしまう。
 使用人たちも、温室の花々も、全部。

(どうしよう……私にできることは……)

 ――『お前には俺の過剰な魔力を中和し、吸収する力がある』

 彼が最初に言った言葉が蘇る。
 私は迷わず、彼に駆け寄った。

「クラウス様!」
「来るな! お前まで凍るぞ!」
「凍りません! 私は、あなたの妻(契約)ですから!」

 私は彼の拒絶を無視して、その冷たい体に抱きついた。
 氷の塊に触れたような衝撃が走る。
 寒い。痛い。
 けれど、私は必死に彼にしがみつき、自分の魔力を循環させた。彼の暴れ回る冷たい魔力を受け入れ、私の温かい魔力を流し込む。

「……っ、ジゼル……」
「大丈夫です。私がいます。私が全部、受け止めますから……」

 彼の背中をさすりながら、耳元で何度も囁く。
 恐怖はない。ただ、この不器用で孤独な人を助けたいという一心だった。
 次第に、荒れ狂っていた冷気が収まり、彼の呼吸が整っていく。
 霜が溶け、床に水たまりを作った。

 クラウス様はぐったりと私の肩に頭を預けた。

「……無茶をする」
「クラウス様こそ。……我慢しないでください」
「……お前のせいだぞ」

 彼は恨めしげに私を見上げたが、その瞳は熱を孕んでいた。

「あんな無防備な格好で、俺の前に現れるから……」
「うっ……それは、不可抗力で……」
「責任を取れ」

 彼は私の腰に手を回し、ぐいっと引き寄せた。
 至近距離。濡れた髪から落ちた雫が、私の頬を伝う。

「魔力を使いすぎて、体が熱い。……冷やしてくれ」
「ひ、冷やすって……どうやって……」

 私の問いかけに答える代わりに、クラウス様は顔を寄せた。
 唇が触れそうな距離で、彼は妖艶に微笑む。

「知っているか? 魔力のパスを繋ぐには、粘膜接触が一番効率がいいんだ」

 え。
 思考が停止した。
 次の瞬間、彼の冷たい唇が、私の唇を塞いだ。

「んっ!?」

 一瞬の触れ合い。
 氷のように冷たいのに、なぜか火傷しそうなほど熱く感じるキス。
 甘い痺れが脳天を突き抜ける。
 口の中に入ってきたのは、彼の冷たい魔力と、もっと生々しい「何か」。

 唇が離れた時、私は酸欠でくらくらしていた。
 クラウス様は、とろんとした目で、濡れた唇を指で拭った。

「……甘いな。最高級の菓子より、ずっと」
「あ、あう……」

 言葉にならない。
 これは治療。魔力の調整。パスの接続。
 頭では分かっているのに、心臓が爆発しそうだ。

「まだ足りないが……これ以上は、俺が止まれなくなる」

 彼は名残惜しそうに私を解放すると、ふらつく私を軽々と抱き上げた。

「部屋まで送る。……今日は、俺のベッドで寝ろ」
「えっ、でも……!」
「抱き枕がないと、また暴走するかもしれない」

 それは脅しだ。卑怯だ。
 でも、彼の赤くなった耳と、私を絶対に離さないという強い腕の力が、何よりも雄弁に彼の本音を語っていた。

 私は真っ赤な顔を彼の胸に埋めることしかできなかった。
 湯冷めなんて、する暇もなかった。
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