【完結】魔力過多の捨てられ聖女は、氷の魔公爵の契約花嫁(抱き枕)になりました

深山きらら

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甘い朝と、不愉快な手紙

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 翌朝、目覚めると私はまたしてもクラウス様の腕の中にいた。
 けれど、昨日までと違うのは、私の頭が彼の腕に乗り、彼の顔がすぐ目の前にあることだ。

「……ん」

 長い睫毛が震え、透き通るようなアイスブルーの瞳が開く。
 視線が合った瞬間、昨夜の記憶――浴室前の廊下での「口づけ」が鮮烈に蘇った。
 カアァッ、と顔が熱くなるのが分かる。これは魔力の熱ではない、ただの羞恥心だ。

「……おはよう、ジゼル」
「お、おはようございます……っ!」

 私は反射的に飛び起きようとしたが、腰に回された腕がそれを許さない。
 クラウス様は私のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

「逃げるな。まだ魔力の同調が安定していない」
「うぅ……でも、もう朝ですし……使用人の皆さんが……」
「構わん。ここは俺の屋敷だ」

 彼は眠たげな声でそう言うと、チュッ、と私の首筋にリップ音を立てた。
 心臓が止まるかと思った。
 この氷の魔公爵様、一度タガが外れると、とんでもなく甘えん坊(ただし無自覚)なのではなかろうか。

 結局、解放されたのはそれから三十分後。
 着替えを済ませて食堂に向かうと、執事のブランドンさんをはじめ、使用人たちがニマニマとした温かい視線で迎えてくれたのが、死ぬほど恥ずかしかった。

 ◇

 穏やかな朝食の時間が終わろうとしていた時だ。
 ブランドンさんが銀の盆を持って、重々しい足取りで近づいてきた。その表情は、先ほどまでの穏やかさとは打って変わり、険しいものだった。

「旦那様。……王都より、早馬が参りました」
「王都? 社交シーズンでもないのに、何の用だ」

 クラウス様が眉をひそめながら、盆の上の手紙を手に取る。
 その封蝋を見た瞬間、私の血の気が引いた。

 黄金の獅子と、百合の紋章。
 それは、私を捨てた「王家」の紋章だったからだ。

「っ……!」
「ジゼル?」

 ガタガタと震え出した私の手から、ティーカップが落ちそうになる。
 クラウス様が素早く私の手を支え、カップをテーブルに置いた。彼の手の冷たさが、パニックになりかけた私の意識を繋ぎ止める。

「……落ち着け。何が書いてあろうと、俺がいる」

 彼は私を安心させるように一度だけ強く手を握ると、ペーパーナイフで乱暴に封を切った。
 手紙を広げ、視線を走らせる。
 読み進めるにつれて、食堂の気温が急激に下がっていくのが分かった。窓ガラスに霜が張り、テーブルの水差しの中の水が凍りつく。

「……ふざけた真似を」

 低く、地獄の底から響くような声。
 クラウス様は手紙を握りつぶした。その手の中で、紙片は瞬く間に凍りつき、粉々に砕け散った。

「な、何が書いてあったのですか……?」

 恐る恐る尋ねると、彼は氷のように冷徹な瞳で言った。

「王太子ルークからの命令書だ。『聖女ジゼルの追放処分を一時撤回する。至急、王都へ帰還し、崩壊しかけている大結界を修復せよ』……だとさ」

 耳を疑った。
 私を「魔力過多の役立たず」と罵り、追放したのは彼らだ。
 新しい聖女――あの男爵令嬢がいれば、私は不要だと言ったはずなのに。

「しかも、続きがある。『帰還した暁には、特別に側室としての地位を用意してやる』だと」
「そ、そんな……」

 吐き気がした。
 利用するだけ利用して、捨てて、困ったらまた拾う。私の心も人生も、彼らにとっては都合のいい道具でしかないのだ。

「帰りません……っ! 私は、もう二度とあそこには……!」

 涙が溢れてきた。
 あの冷たい石造りの部屋、罵声、終わりのない激務。あの日々に戻るくらいなら、魔力過多で焼け死んだ方がマシだ。
 何より、ここにはクラウス様がいる。この冷たくて優しい場所を、失いたくない。

「当たり前だ」

 ドンッ! とテーブルが揺れた。
 クラウス様が立ち上がっていた。その背後には、怒り狂う吹雪のような魔力が渦巻いている。

「誰が返すものか。お前は俺の妻だ。契約だろうが何だろうが、俺のものだ」

 彼は私の元へ歩み寄ると、椅子から引き立たせ、きつく抱きしめた。
 冷たい腕の中に閉じ込められると、震えが止まっていく。

「ジゼル。お前を傷つけた愚か者どもに、思い知らせてやる必要があるな」
「え……?」
「結界が崩壊しかけているということは、新しい聖女とやらは偽物か、無能だったということだ。自業自得だな」

 クラウス様は凶悪な、けれど背筋がゾクゾクするほど美しい笑みを浮かべた。

「返事は俺が書く。……いや、直接言い渡しに行ってやろうか。俺の大切な『抱き枕』を侮辱した代償を、たっぷりと支払わせにな」

 その言葉は、王都への宣戦布告に聞こえた。
 けれど不思議と怖くはなかった。
 最強の「氷の魔公爵」が私の味方でいてくれる。それだけで、私は初めて過去の悪夢と戦う勇気を持てた気がしたのだ。
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