【完結】魔力過多の捨てられ聖女は、氷の魔公爵の契約花嫁(抱き枕)になりました

深山きらら

文字の大きさ
12 / 16

氷の魔公爵は、愛妻を膝に乗せて王都を征く

しおりを挟む
 王都へ向かうための準備は、瞬く間に整えられた。
 というよりも、クラウス様の怒りのオーラに当てられた使用人たちが、恐ろしい速さで馬車や荷物を用意したのだ。

 私は、部屋に運ばれてきた新しいドレスに袖を通していた。

「……これ、すごいですね」

 鏡に映る私は、かつて神殿にいた頃とは似ても似つかない姿だった。

 ドレスを着るのは初めてではない。いちおうルーク王太子の婚約者だったので、社交の場に出るときには、最低限のドレスを貸してもらっていた。

 けれども、このドレスは、桁が違う。とてつもなく豪華できらびやかだ。
 クラウス様の瞳と同じ、深く透き通るアイスブルーのドレス。生地には銀糸で魔方陣のような刺繍が施され、動くたびにキラキラと光を放つ。
 首元には、大粒のサファイアのネックレス。これは魔力を抑制する魔道具も兼ねているらしい。

「よく似合っている」

 着替えを終えて部屋を出ると、廊下で待っていたクラウス様が目を細めた。
 彼もまた、正装の軍服に身を包んでいる。黒地に銀の装飾、そして肩に羽織った純白のマント。その姿は、絵本に出てくる王子様どころか、国をべる王のような威厳があった。

「あの、クラウス様。本当に私も行くのですか? 私が行けば、また『魔力過多の役立たず』と笑われるだけでは……」

 素敵なドレスとアクセサリーで着飾っても、中身は追放された聖女のままだ。不安でうつむくと、ひやりとした手が私の顎を持ち上げた。

「ジゼル。鏡を見てみろ」
「え……?」
「今の君は、みすぼらしい捨て聖女などではない。この俺、クラウス・シルヴィアンが選び、愛用している『最高級の抱き枕』兼、公爵夫人だ」

 ……言い回しに若干の引っかかりはあるけれど、彼の瞳は真剣そのものだった。

「俺の横に立つのだ。堂々としていろ。誰かが君を笑うなら、その口を永遠に凍らせてやる」

 物騒なことをサラリと言って、彼は私の手を取った。
 その手の冷たさが、今の私には何よりも心強かった。

 ***

 王都までは馬車での移動となる。
 公爵家の紋章が入った豪奢な馬車の中は、広々としていてクッションもふかふかだった。
 けれど――。

「……あの、クラウス様。向かいの席が空いているのですが」
「遠い」

 クラウス様は私の腰をがっちりと抱き寄せ、当たり前のように自身の膝の上に私を座らせていた。
 いわゆる、お膝抱っこ状態だ。

「移動中は揺れる。君のような華奢な体では、座席から転げ落ちるかもしれない」
「そ、そんな馬車の揺れで転がるほど軽くはありませんっ」
「それに、俺の『充電』が必要だ。……これからの戦いに備えてな」

 そう囁くと、彼は私の肩に頭を預け、すー、と深く息を吸った。
 私の体から発せられる過剰な熱が、彼に吸収されていく。同時に、彼の体から伝わる冷気が私の火照りを鎮めてくれる。
 魔力の循環。それは、言葉にできないほどの心地よさだった。

「……ん、いい具合だ」

 クラウス様の手が、私の背中をゆっくりと撫でる。
 まるで大事な宝物を確かめるような手つき。
 馬車の窓から流れる景色を見ながら、私はぼんやりと考えた。

 元婚約者のルーク殿下は、私の手を握ることさえ嫌がった。「熱い」「汗ばんでいる」と言って。
 でも、この人は違う。
 私の熱が必要だと言ってくれる。私のそばが一番落ち着くと言ってくれる。

(私、王都に行くのは怖いけど……)

 私はそっと、私の腰に回された彼の手の上に、自分の手を重ねた。

(この人のためなら、頑張れる気がする)

 クラウス様が、重ねた私の手を握り返してくれた。
 言葉はなかったけれど、それだけで十分だった。

 ***

 数時間後。馬車は王都の城門をくぐり、王城の前庭へと到着した。
 馬車を降りた瞬間、肌を刺すような視線を感じた。
 出迎えに並んでいた騎士や文官たちが、ギョッとした顔でこちらを見ている。

「おい、あれを見ろ。公爵様が連れているのは……」
「まさか、追放された聖女ジゼルか?」
「なんて派手な格好を……いや、公爵様のエスコートを受けているぞ!?」

 ざわめきが波紋のように広がる。
 私は思わず身を縮めそうになったが、クラウス様の言葉を思い出した。
 『堂々としていろ』。
 私は背筋を伸ばし、彼の腕に手を添えた。

 そこへ、見覚えのある豪奢な服を着た男が、近衛兵を引き連れて大股で歩み寄ってきた。
 金髪に、傲慢そうな吊り上がった目。
 元婚約者、ルーク王太子だ。

「遅いぞ、ジゼル! 呼び戻してやったというのに、いつまで待たせる気だ!」

 ルーク殿下は、隣にいるクラウス様の存在を無視して、私に向かって怒鳴りつけた。

「しかもなんだその格好は! 聖女らしく清貧な格好をしろと言っただろう。色気づきおって……さあ、こっちへ来い。結界が弱まっていて不便で仕方がないんだ!」

 彼は乱暴に私の腕を掴もうと手を伸ばした。
 その手が私に触れる、寸前。

 ――パキィンッ!!

 甲高い音が鳴り響き、ルーク殿下の足元から巨大な氷柱つららが突き出した。

「うわぁっ!?」

 殿下が無様に尻餅をつく。
 周囲の騎士たちが慌てて剣を抜こうとするが、一瞬で地面が凍りつき、誰も動けなくなる。
 絶対零度の空気が、王城の前庭を支配した。

「……俺の妻に、気安く触れるな」

 クラウス様が、冷たく言い放った。
 その瞳は、ゴミを見るような目で殿下を見下ろしていた。

「妻だと? 何を言っている、その女は王家が管理する聖女で――」
「捨てただろう? 不良品だと言って」

 クラウス様が一歩踏み出す。
 パキパキと霜が広がる音が、彼の怒りの大きさを物語っていた。

「お前たちが捨てたゴミを、俺が拾って磨き上げた。……今さら返せなどと、どの口が言っている?」

 王城の正面玄関前。
 氷の魔公爵による、国一番の大喧嘩が幕を開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

婚約破棄された千年転生令嬢は、名も居場所も縛られずに生きると決めました ――助けを乞うなら条件付きですわあ

ふわふわ
恋愛
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。 ――はいはい、またその流れですわね。 貴族令嬢シェリア・ド・ラファルジュは、ある日突然、王太子から一方的に婚約を破棄され、平民出身の“聖女”リリカを選ばれる。 しかし彼女は嘆かない。なぜならシェリアは、千年分の転生の記憶を持つ存在だったから。 魔法、剣技、治癒術。 過去の人生で極めた力をすべて備えた彼女にとって、追放は「面倒事から解放されただけ」の出来事だった。 隣国ガルディア王国で“名も名乗らぬ旅人”として静かに暮らし始めたシェリア。 誰にも縛られず、期待も背負わず、助けるかどうかは自分で選ぶ―― そんな自由な日々を送っていた彼女のもとへ、やがて崩壊寸前となった祖国から「助けてほしい」という声が届く。 けれど、彼女はもう無償では救わない。 「私はもう、あの国の国民ではありません」 「条件を飲むなら向かいましょう。国民に罪はありませんから」 謝罪、対価、そして国を変える覚悟。 すべてを差し出した時、初めてシェリアは手を差し伸べる。 これは、 聖女でも英雄でもなく、 “選ぶ側”として生きることを決めた令嬢の物語。 婚約破棄ざまぁのその先で、 彼女は今日も、自分の居場所を選び続ける。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

婚約破棄された私ですが、領地も結婚も大成功でした

鍛高譚
恋愛
婚約破棄―― それは、貴族令嬢ヴェルナの人生を大きく変える出来事だった。 理不尽な理由で婚約を破棄され、社交界からも距離を置かれた彼女は、 失意の中で「自分にできること」を見つめ直す。 ――守るべきは、名誉ではなく、人々の暮らし。 領地に戻ったヴェルナは、教育・医療・雇用といった “生きるために本当に必要なもの”に向き合い、 誠実に、地道に改革を進めていく。 やがてその努力は住民たちの信頼を集め、 彼女は「模範的な領主」として名を知られる存在へと成confirm。 そんな彼女の隣に立ったのは、 権力や野心ではなく、同じ未来を見据える誠実な領主・エリオットだった。 過去に囚われる者は没落し、 前を向いた者だけが未来を掴む――。 婚約破棄から始まる逆転の物語は、 やがて“幸せな結婚”と“領地の繁栄”という、 誰もが望む結末へと辿り着く。 これは、捨てられた令嬢が 自らの手で人生と未来を取り戻す物語。

婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ
恋愛
婚約破棄―― それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。 けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。 「……では、私は日常に戻ります」 派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。 彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。 王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。 誰かが声高に称えられることもなく、 誰かが悪役として裁かれることもない。 それでも―― 混乱は起きず、争いは減り、 人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。 選ばない勇気。 変えない決断。 名を残さず、英雄にならない覚悟。 これは、 婚約破棄をきっかけに 静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、 その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。 派手ではない。 けれど、確かに強い。 ――それでも、日常は続く。

処理中です...