【完結】魔力過多の捨てられ聖女は、氷の魔公爵の契約花嫁(抱き枕)になりました

深山きらら

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崩壊する王都、そして手遅れの絶望

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 その時、王都の空が悲鳴を上げた。

 パリンッ――!!

 まるで巨大なガラス細工が砕け散るような音が、王都全土に響き渡った。
 王城のバルコニーで優雅にティータイムを楽しんでいた王太子ルークは、手からカップを取り落とした。

「な、なんだ!? 今の音は……」

 見上げた空には、信じられない光景が広がっていた。
 王都を数百年にわたり守り続けてきた『大結界』。その透明なドームに亀裂が走り、次の瞬間、粉々に砕け散ったのだ。
 降り注ぐのは結界の破片ではない。
 どす黒い瘴気と、空の裂け目から這い出してくる無数の魔物たちだった。

「ひ、ひぃぃぃっ!!」
「魔物だ! 空から魔物が降ってくるぞ!!」

 平和ボケしていた王都は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
 ガーゴイルが屋根に降り立ち、ワイバーンが市場を焼き払う。逃げ惑う人々の悲鳴が、警鐘の音をかき消していく。

「マリアンナ! おい、マリアンナはどこだ!!」

 ルークは血相を変えて、新しい聖女――男爵令嬢のマリアンナを呼びつけた。
 震えながら現れた彼女は、いつもの着飾った姿ではなく、顔面蒼白で涙目だった。

「ルーク様ぁ……こ、怖いぃ……」
「怖がっている場合か! お前は聖女だろう!? 今すぐ『聖なる祈り』で結界を張り直せ! あの魔物どもを浄化しろ!」

 ルークが肩を揺さぶると、マリアンナは首を横に振った。

「む、無理ですぅ……!」
「は? 無理とはどういうことだ。お前はジゼルよりも優れた聖女だと……」
「だって! 今まではジゼル様が残していった魔石を使えば、お花を咲かせることができたんですもの! でも、もう在庫がなくなっちゃって……私自身の魔力なんて、平民と変わらないもの!」

「な……っ!?」

 ルークは言葉を失った。
 彼女は聖女ではなかった。ただ、ジゼルが過剰な魔力を込めて「ゴミ」として捨てていた失敗作の魔石を拾い集め、自分の力のように見せかけていただけだったのだ。

「だましたのか……っ! お前、俺をだましていたのか!!」
「ひどい! ルーク様だって、『地味で陰気なジゼルより、君の方が可愛い』って言ったじゃないですかぁ!」

 醜い罵り合いをしている間にも、瘴気は王城へと迫ってくる。
 近衛騎士たちが応戦しているが、結界の守護なしでは、無限に湧き出る魔物の群れに太刀打ちできない。

 その時、王の間へと続く扉が開かれ、国王陛下が血相を変えて飛び込んできた。

「ルーク! 貴様、何をしておる! なぜ結界が消えた!」
「ち、父上……こいつが、こいつが偽物だったのです! 私は悪くありません!」
「黙れ! ジゼルはどうした! 彼女を呼び戻せと言ったはずだ!」

 国王の怒号に、ルークは膝から崩れ落ちた。

「そ、それが……先日、北の公爵領へ使いを出したのですが……」
「どうなった!?」
「『二度と関わるな。次は国ごと氷漬けにする』と……シルヴィアン公爵からの返答が……」

 絶望的な沈黙が場を支配した。

 ジゼルは戻らない。

 彼女の発する熱は、国を守るための魔力の証だったのに。
 彼女が身を焼くような苦痛に耐えていたからこそ、王都の冬は暖かく、魔物は入ってこられななかったのに。
 ルークは――この国の次期王は、その恩恵を「暑苦しい」「気持ち悪い」という個人的な不快感だけで切り捨てたのだ。

 ジゼルという、無尽蔵のエネルギー源を失ったこの国は、ただの魔物の餌場に成り下がった。

 ドォォォォンッ!!

 城壁の一部が崩落し、巨大なドラゴンの頭部が王の間に突っ込んできた。

「ぎゃあああああ!!」
「ジ、ジゼルぅぅぅっ! 頼むっ、戻ってきてくれぇぇぇ!!」

 ルークの情けない絶叫が響く。
 しかし、その声が彼女に届くことはない。

 かつて彼が彼女を「魔力過多の化物」と罵って追放したその場所には、もう誰も彼らを救う者はいないのだ。

 黄金の都と謳われた王都は、黒い煙と炎に包まれ、その栄華の幕をあっけなく閉じたのだった。

   *   *   *

 同時刻。北の公爵領。
 私は温室でお茶を楽しんでいた。
 ふと、南の空が不気味な紫色に染まっているのが見えた。

「……あら?」
「見るな」

 背後から伸びてきたクラウス様の手が、優しく私の目を覆った。

「汚いものを見る必要はない。お前の目に映るべきなのは、美しいものだけだ」

 その声は穏やかだが、どこか絶対的な響きを持っていた。
 南の空で何が起きているのか、なんとなく察しはついた。胸が少しだけ痛むけれど、それは同情ではない。ただ、過去との決別の痛みだ。

「……はい、クラウス様」

 彼の手のひらの冷たさが心地いい。
 私は彼の手を握りしめ、南の空に背を向けた。
 もう二度と、振り返ることはないだろう。

 遠く離れた地で国が一つ終わろうとも、ここには変わらない穏やかな午後と、私を愛してくれる最愛の夫がいる。
 それだけで、私は十分に幸せだった。
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