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恩返ししたい
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領主館の一角に用意された部屋は、アディが今まで暮らしてきたどの部屋よりも広く、快適だった。
朝、窓を開けると、清々しい空気と共に、森の香りが流れ込んでくる。遠くには雪を頂いた山々が連なり、その麓には緑豊かな森が広がっている。
(ここで、新しく始めるんだ)
アディは深呼吸をした。王都での出来事は、まだ心の傷として残っている。でも、ここには自分を必要としてくれる人々がいる。その事実が、彼女に希望を与えてくれた。
執事のグレゴリーに案内され、屋敷の庭に建てられた医療棟へと向かう。そこは、簡素ながらも必要な設備が揃った診療所だった。
グレゴリーの説明によると、辺境伯の軍隊が屋敷の近くに駐留している間、軍医がここで領民の診察を行っているのだという。軍隊の本来の駐留地はここから少し離れた所にあるので、診療所はたいてい空いている。
「ここで領民の診察と治療を行っていただきます」グレゴリーは丁寧に説明した。「必要な薬草や器具があれば、遠慮なくおっしゃってください。領主様からの指示で、アディ様の要望は最優先で対応するよう命じられております」
「そんな、様付けなんて……私はただの見習いですから」
「領主様が認めた方です。この領地では、薬師は特別な存在なのですよ」
グレゴリーの言葉に、アディは少し照れながらうなずいた。
話を聞けば聞くほど、アディが生きてここまでたどり着けたのは「奇跡」だったのだとわかる。
アディが魔獣に襲われたのは、辺境伯領の南の外れにある、地元の人もめったに立ち入らない【魔の森】だ。
ルーファスは、王都で用事を済ませた帰りに、近道をしようとたまたまその森を通った。本当に「たまたま」だったのだ。
その偶然がなければ――アディは誰にも知られないまま、深い森の中で屍になるところだった。
そのことを思うと。
(全力でがんばらなくては! 私を助けてくれたルーファス様に恩返ししなくては!)
という決意が、どうしようもなく高まってくる。
その日から、アディの診療が始まった。最初の数日は不安でいっぱいだったが、訪れる人々の温かさに、次第に緊張もほぐれていった。
「ありがとうございます、お嬢さん。こんなに早く痛みが引くなんて」
腰痛に悩んでいた老人が、アディの調合した軟膏で劇的に回復した。
「うちの子が、熱を出して苦しんでいたんです。でも、あなたの薬ですぐに元気になって……本当にありがとうございます」
若い母親が、涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
人々が喜んでいるのを見ると、アディも幸福感で満たされた。
薬師ギルドで見習いをしているときは、下働きが多かったので、患者と直接会う機会はあまりなかった。
この診療所では、治っていく人々を自分の目で見ることができる。そのことが嬉しい。
朝、窓を開けると、清々しい空気と共に、森の香りが流れ込んでくる。遠くには雪を頂いた山々が連なり、その麓には緑豊かな森が広がっている。
(ここで、新しく始めるんだ)
アディは深呼吸をした。王都での出来事は、まだ心の傷として残っている。でも、ここには自分を必要としてくれる人々がいる。その事実が、彼女に希望を与えてくれた。
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グレゴリーの説明によると、辺境伯の軍隊が屋敷の近くに駐留している間、軍医がここで領民の診察を行っているのだという。軍隊の本来の駐留地はここから少し離れた所にあるので、診療所はたいてい空いている。
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「そんな、様付けなんて……私はただの見習いですから」
「領主様が認めた方です。この領地では、薬師は特別な存在なのですよ」
グレゴリーの言葉に、アディは少し照れながらうなずいた。
話を聞けば聞くほど、アディが生きてここまでたどり着けたのは「奇跡」だったのだとわかる。
アディが魔獣に襲われたのは、辺境伯領の南の外れにある、地元の人もめったに立ち入らない【魔の森】だ。
ルーファスは、王都で用事を済ませた帰りに、近道をしようとたまたまその森を通った。本当に「たまたま」だったのだ。
その偶然がなければ――アディは誰にも知られないまま、深い森の中で屍になるところだった。
そのことを思うと。
(全力でがんばらなくては! 私を助けてくれたルーファス様に恩返ししなくては!)
という決意が、どうしようもなく高まってくる。
その日から、アディの診療が始まった。最初の数日は不安でいっぱいだったが、訪れる人々の温かさに、次第に緊張もほぐれていった。
「ありがとうございます、お嬢さん。こんなに早く痛みが引くなんて」
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「うちの子が、熱を出して苦しんでいたんです。でも、あなたの薬ですぐに元気になって……本当にありがとうございます」
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人々が喜んでいるのを見ると、アディも幸福感で満たされた。
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この診療所では、治っていく人々を自分の目で見ることができる。そのことが嬉しい。
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