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優しい悪魔
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「妊娠したふりをする」日々が始まった。
義母レティシアは、お腹まわりがゆったりした妊婦用のドレスを何着も取り寄せた。
セシリアは、レティシアの指示に従い、お腹に詰め物をして膨らませた。
とんだ茶番だ。
使用人たちの憐れみの目が、痛い。
「あなた、最近、外出が多すぎるのではない? ルパートが毎日一生懸命働いているのに、あなたは好き勝手に遊び歩いているなんて。夫に申し訳ないとは思わないの?」
朝食の席で、もはや恒例となったレティシアのいやみが飛んできた。
セシリアはすました顔で、スープの匙を口に運んだ。
ルパートは仕事などしていない。友人と遊び歩いているのはルパートのほうだ。レティシアもそのことは承知しているはずだ。
「あなたは妊婦なんだから、屋敷でおとなしくしていなさい」
「私は妊婦ではありません。いくら外出しても、子が流れる心配はありませんわ」
「ああ言えばこう言う。何もできないくせに、屁理屈ばかり達者な嫁ね」
「ところで、お義母さま。メイドが私の部屋の掃除を手抜きしているようなのですが。お義母さまから、なんとか言ってやっていただけませんか? 不潔な部屋は妊婦にとって良くありませんよね」
「あなたは本当に妊娠しているわけじゃないんだから、大丈夫よ」
レティシアとの不毛なやり取りも、夫の無関心も――それほどセシリアの心にこたえなくなった。
セシリアが庭園で薬草の世話をしていると、ロザリンドがやって来て、
「ねえ、どんな気持ちです? お腹に詰め物をして暮らすのって」
と嘲笑したが、それでもセシリアは、不思議なほど怒りや屈辱を覚えなかった。
頭の中は他のことでいっぱいだったのだ。
「薬草の知識を使って商売を始める」と考えただけで、セシリアは興奮に満たされた。
リオンの言うとおりだ。心の底から、わくわくする。
暇さえあれば、祖母のノートを読み返し、「何が商品化できるだろうか」と考えた。
様々な薬草の調合法。
美容液、香油、薬。
可能性は無限大だ。
ヒントを求めて、メアリーとともに街へでかけた。
結婚してから、街歩きをすることも減っていたが、今のセシリアはレティシアのいやみを軽々と聞き流せる。
王都の市場は、活気に満ちていた。
様々な商人が店を出し、色とりどりの品物が並んでいる。
ほんの数か月来なかっただけなのに、見たことのない品物が多い。新しいハーブ。新しい香料。
セシリアは散策を楽しんだ。抑圧された屋敷での生活を、完全に忘れることができた。
リオンの力を借りて商売を始めようとしていることに、申し訳なさはある。
いくら幼なじみでも甘え過ぎではないか。
そうでなくても、すでに財産のことで、リオンには助けてもらっているのだ。
「そんなこと、ぜんっっっっぜん気になさる必要はありませんよ、セシリア様」
と、リオンの秘書のビビが力強く言い切った。
商務庁に行った日以来、リオンはほとんど顔を見せなくなった。相談はすべてビビにするように、と言われている。
豪快でさばさばしていて、包容力もあるビビのことを、セシリアはすぐに信頼するようになった。
「これはビジネス上の投資ですから。もしも『申し訳ない』とお思いなら……がっぽり稼いで返してくださればいいんです。それだけのことです」
「『がっぽり』だなんて……私にそんなこと……」
「私の知る限り、社長は、投資で失敗したことはありません。その社長がセシリア様を見込んでいるんですから、きっと大丈夫です。ハートウェル商会の本店はアステリア海にあるんですが……社長は『アステリアの悪魔』と呼ばれるほどの凄腕なんですよ」
「え……『悪魔』なの?」
「えーっと、まあ、その、……流行を生み出すのは、王都の貴族の奥様方ですからね。貴族の奥様が開発した美容製品、というのは、確かに有望だろうと私も思います。なんでもお手伝いしますから。一緒に良い製品を作っていきましょう!」
義母レティシアは、お腹まわりがゆったりした妊婦用のドレスを何着も取り寄せた。
セシリアは、レティシアの指示に従い、お腹に詰め物をして膨らませた。
とんだ茶番だ。
使用人たちの憐れみの目が、痛い。
「あなた、最近、外出が多すぎるのではない? ルパートが毎日一生懸命働いているのに、あなたは好き勝手に遊び歩いているなんて。夫に申し訳ないとは思わないの?」
朝食の席で、もはや恒例となったレティシアのいやみが飛んできた。
セシリアはすました顔で、スープの匙を口に運んだ。
ルパートは仕事などしていない。友人と遊び歩いているのはルパートのほうだ。レティシアもそのことは承知しているはずだ。
「あなたは妊婦なんだから、屋敷でおとなしくしていなさい」
「私は妊婦ではありません。いくら外出しても、子が流れる心配はありませんわ」
「ああ言えばこう言う。何もできないくせに、屁理屈ばかり達者な嫁ね」
「ところで、お義母さま。メイドが私の部屋の掃除を手抜きしているようなのですが。お義母さまから、なんとか言ってやっていただけませんか? 不潔な部屋は妊婦にとって良くありませんよね」
「あなたは本当に妊娠しているわけじゃないんだから、大丈夫よ」
レティシアとの不毛なやり取りも、夫の無関心も――それほどセシリアの心にこたえなくなった。
セシリアが庭園で薬草の世話をしていると、ロザリンドがやって来て、
「ねえ、どんな気持ちです? お腹に詰め物をして暮らすのって」
と嘲笑したが、それでもセシリアは、不思議なほど怒りや屈辱を覚えなかった。
頭の中は他のことでいっぱいだったのだ。
「薬草の知識を使って商売を始める」と考えただけで、セシリアは興奮に満たされた。
リオンの言うとおりだ。心の底から、わくわくする。
暇さえあれば、祖母のノートを読み返し、「何が商品化できるだろうか」と考えた。
様々な薬草の調合法。
美容液、香油、薬。
可能性は無限大だ。
ヒントを求めて、メアリーとともに街へでかけた。
結婚してから、街歩きをすることも減っていたが、今のセシリアはレティシアのいやみを軽々と聞き流せる。
王都の市場は、活気に満ちていた。
様々な商人が店を出し、色とりどりの品物が並んでいる。
ほんの数か月来なかっただけなのに、見たことのない品物が多い。新しいハーブ。新しい香料。
セシリアは散策を楽しんだ。抑圧された屋敷での生活を、完全に忘れることができた。
リオンの力を借りて商売を始めようとしていることに、申し訳なさはある。
いくら幼なじみでも甘え過ぎではないか。
そうでなくても、すでに財産のことで、リオンには助けてもらっているのだ。
「そんなこと、ぜんっっっっぜん気になさる必要はありませんよ、セシリア様」
と、リオンの秘書のビビが力強く言い切った。
商務庁に行った日以来、リオンはほとんど顔を見せなくなった。相談はすべてビビにするように、と言われている。
豪快でさばさばしていて、包容力もあるビビのことを、セシリアはすぐに信頼するようになった。
「これはビジネス上の投資ですから。もしも『申し訳ない』とお思いなら……がっぽり稼いで返してくださればいいんです。それだけのことです」
「『がっぽり』だなんて……私にそんなこと……」
「私の知る限り、社長は、投資で失敗したことはありません。その社長がセシリア様を見込んでいるんですから、きっと大丈夫です。ハートウェル商会の本店はアステリア海にあるんですが……社長は『アステリアの悪魔』と呼ばれるほどの凄腕なんですよ」
「え……『悪魔』なの?」
「えーっと、まあ、その、……流行を生み出すのは、王都の貴族の奥様方ですからね。貴族の奥様が開発した美容製品、というのは、確かに有望だろうと私も思います。なんでもお手伝いしますから。一緒に良い製品を作っていきましょう!」
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