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第二章 氷の契約結婚 ― 宰相邸の花嫁
明るい予感
「リシェル。疲れているだろう。まずは部屋に案内させる」
バートラムが、当然のように口を挟む。
リシェルは、どきりとした。
低い声で名前を呼ばれて感じるのは――。
単に、会って間もない、まだよく知らない人に呼ばれる違和感だけではない。
「はい。……ありがとうございます、バートラム様」
苦労して、できるだけさりげなく聞こえるよう、名前を呼び返した。
そのとたん、なぜかここが「帰るべき場所」になったような気がした。
リシェルに与えられた部屋は、驚くほど居心地が良さそうだった。
大きな窓からは中庭が見渡せる。
厚手のカーテンは温かな色合いで、家具もシンプルだが丁寧に磨かれている。
伯爵家のタウンハウスの自室ほど華美でも贅沢でもない。
けれど、今の彼女にはこれくらいがちょうど良い気がした。
何より、窓からの眺めがすばらしい。自然に囲まれていると感じられる。
「お気に召しましたでしょうか?」
背後から、ジョルジュの声がする。
リシェルは笑顔で振り返った。
「はい、とても」
「それはよろしかったです。調香用の一室も別途ご用意しております。落ち着かれましたら、ご案内いたします」
「調香室まで……!」
リシェルの目が輝いた。
ジョルジュは、その変化を見逃さず、少しだけ口元をゆるめる。
「香りが、お好きなのですね」
「……はい。香りは、わたしにとって、世界そのものですから」
その言葉に、ジョルジュの香りが、ふっと甘くなる。
丁寧に淹れた紅茶に、月銀花エキスを一滴落としたような匂い。
「それをうかがって、安心いたしました」
「え?」
「ここでやっていくには、何より、ご自分の『好きなもの』を持っていることが大事です。閣下も、この国がお好きだからこそ、氷の仮面をかぶっておられる」
穏やかな声だが、その言葉には重みがあった。
彼の言う「ここ」とはきっと、「この屋敷」というより、この王都、貴族社会、などを指しているのだろう。
「どうか、リシェル様も、ご自身の『好き』を忘れないでください。それが、きっとここでの拠り所になります」
「……はい」
リシェルは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
好きなもの。
それは、香り。
そして──まだ言葉にはできないけれど、これから増えていく予感がした。
やがて、マルティナと数人のメイドがやってきて、荷ほどきやドレスの整理などを手伝ってくれた。
「王都のお嬢様っていうから、もっと扱いづらいタイプかと思ってたけど。あんた、意外と手際がいいね」
「調香室が散らかっていると、仕事になりませんもの。……お部屋も同じかと」
「いい心がけじゃないか。あんたみたいなのが来てくれて、あたしはちょっと安心したよ」
軽口を叩きながらも、マルティナの手はよく動く。
引き出しの高さの選び方や、ドレスの並べ方を見ただけでも、長年の経験が読み取れる。
リシェルはいちばん訊きたかったことを尋ねてみることにした。
「バートラム様は……どんな方なんですか?」
バートラムが、当然のように口を挟む。
リシェルは、どきりとした。
低い声で名前を呼ばれて感じるのは――。
単に、会って間もない、まだよく知らない人に呼ばれる違和感だけではない。
「はい。……ありがとうございます、バートラム様」
苦労して、できるだけさりげなく聞こえるよう、名前を呼び返した。
そのとたん、なぜかここが「帰るべき場所」になったような気がした。
リシェルに与えられた部屋は、驚くほど居心地が良さそうだった。
大きな窓からは中庭が見渡せる。
厚手のカーテンは温かな色合いで、家具もシンプルだが丁寧に磨かれている。
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けれど、今の彼女にはこれくらいがちょうど良い気がした。
何より、窓からの眺めがすばらしい。自然に囲まれていると感じられる。
「お気に召しましたでしょうか?」
背後から、ジョルジュの声がする。
リシェルは笑顔で振り返った。
「はい、とても」
「それはよろしかったです。調香用の一室も別途ご用意しております。落ち着かれましたら、ご案内いたします」
「調香室まで……!」
リシェルの目が輝いた。
ジョルジュは、その変化を見逃さず、少しだけ口元をゆるめる。
「香りが、お好きなのですね」
「……はい。香りは、わたしにとって、世界そのものですから」
その言葉に、ジョルジュの香りが、ふっと甘くなる。
丁寧に淹れた紅茶に、月銀花エキスを一滴落としたような匂い。
「それをうかがって、安心いたしました」
「え?」
「ここでやっていくには、何より、ご自分の『好きなもの』を持っていることが大事です。閣下も、この国がお好きだからこそ、氷の仮面をかぶっておられる」
穏やかな声だが、その言葉には重みがあった。
彼の言う「ここ」とはきっと、「この屋敷」というより、この王都、貴族社会、などを指しているのだろう。
「どうか、リシェル様も、ご自身の『好き』を忘れないでください。それが、きっとここでの拠り所になります」
「……はい」
リシェルは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
好きなもの。
それは、香り。
そして──まだ言葉にはできないけれど、これから増えていく予感がした。
やがて、マルティナと数人のメイドがやってきて、荷ほどきやドレスの整理などを手伝ってくれた。
「王都のお嬢様っていうから、もっと扱いづらいタイプかと思ってたけど。あんた、意外と手際がいいね」
「調香室が散らかっていると、仕事になりませんもの。……お部屋も同じかと」
「いい心がけじゃないか。あんたみたいなのが来てくれて、あたしはちょっと安心したよ」
軽口を叩きながらも、マルティナの手はよく動く。
引き出しの高さの選び方や、ドレスの並べ方を見ただけでも、長年の経験が読み取れる。
リシェルはいちばん訊きたかったことを尋ねてみることにした。
「バートラム様は……どんな方なんですか?」
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