追放された香りの令嬢は、氷の宰相に溺愛されています ~契約結婚のはずが、心まで奪われました~

夢宮るか

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第四章 王宮の陰謀 ― 毒と香水

謎めいた警告

 クリスが去った後、リシェルは調合の手を止めて、窓の外を見た。
 宰相邸の庭には早咲きの花が白く点々と咲き、夕風に揺れていた。美しい景色だった。それでも、胸の中には引っかかりが残った。


 ――あれはもう六年以上前のことだ。クリスは学院の卒業制作として、「人の本音を引き出す香り」を研究していた。彼もリシェルと同じく、虚飾に満ちた貴族社会を嫌っていた。

「仮面を剥ぎ取って、醜い本性をむき出しにしてやるんだ。そうすれば、世の中もちょっとは良くなるだろ?」

 不敵に笑いながら、彼が生み出した新しい香りの名は『真実の吐露ヴェリタス』。隠しごとができなくなり、本当のことをしゃべりたくなってしまう香りだ。

 その効き目には不安定なところがあると、リシェルは警告したのに。
 クリスは教官の一人を『ヴェリタス』の実験台にした。その教官は精神に異常をきたし、廃人になってしまった。
 クリスは調香の技術を人心操作に悪用したかどで、退学処分を受けた。危険分子とみなされ、調香師としての将来を永遠に絶たれた、
 はずだったのに――。


 彼はいつの間にか、調香の世界に舞い戻っていたのか。
 元・同期生としては素直に嬉しい。リシェルはずっと、クリスほどの才能が埋もれるのは惜しいと感じていた。

 けれども――彼の香りが、昔と変わってしまっているのが気になる。リシェルが感じ取る人の香りは、その人の本質だ。そう簡単に変わったりはしないはずなのに――。




 夜会の当日、また別の動きがあった。

 リシェルは、侍女のベスに手伝ってもらって夜会の支度をした。ベスはいくらやってもリシェルの髪をきちんと編み上げることができなかったので、結局マルティナが呼ばれて、リシェルの髪を仕上げた。

「あんた意外と不器用なんだね」

 マルティナにずばりと言われて――その後しばらく、ベスは明らかに落ち込んでいた。

 支度を終えたリシェルが、居間で出発を待っていると、執事長ジョルジュが静かに扉を開けた。

「奥様。ジェイド商会からの使いの者が、奥様宛ての手紙を持ってまいりました」

 リシェルは眉をわずかに上げた。
 知らない名前だった。宰相夫人となってからだけでなく――独身だった頃にも、そんな名前の商会とつき合いはない。

「もしかして……心当たりがおありではない……?」
「ええ。でも、とにかく見ておきたいわ」

 リシェルは、ジョルジュが盆に載せて差し出した封筒を受け取った。

 無地の封筒だ。上等な紙質で、差出人の裕福さを想像させる。
 手に取ると、スモークと林檎酒の香りが漂った。

 封筒を開けると、中には一枚の便箋が入っていた。
 流れるような筆跡で、たった一行、

「夜会で、王妃様から何かを命じられた場合、安易にお受けにならないことをお勧めします」

と書かれていた。

 リシェルは眉をひそめた。

 手紙の内容も、謎の差出人も、何もかもが不可解だ。
 けれども――便箋は、はっきりした香りを漂わせていた。封筒に付いていたのとは異なる香り。まるで誰かが意図的に、便箋に香水を一滴垂らしたかのような――誰でも嗅ぎ取ることができそうな香り。

 その甘くて複雑な香りを、リシェルは知っていた。
 宰相邸の地下倉庫に置かれていた青い瓶。その瓶に入っていた香水の香りだ。

 リシェルが瓶を手にしているのを見たときの、バートラムの表情を思い出す。

 明らかに、彼の過去とつながっている香水。


 この手紙を送ってきたのが何者にせよ――その者は主張しているのだ。自分はバートラムの過去にかかわりがある、と。


「ジェイド商会……」

 リシェルの胸の中で、悪い予感が猛烈に湧き起こってきていた。

 王妃は本当に、自分に何かを命じようとしているのだろうか。そして、それを引き受けるのは本当にまずいことなのだろうか。
 この手紙の差出人は――敵、それとも味方?

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