奴隷看守は身代わり令嬢に愛される

井笠令子

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中編

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 そうミルはこの牢の番をしている奴隷の一人だ。足に繋がれた鎖の長さ約二メートルの範囲内だけがミルに与えられた職場であり、生活範囲だ。

「お前、誰なんだ!」

「シッ」
 ご令嬢(だと先程まで思ってた人物)は、人差し指を立てて自身の唇に当てると微笑んだ。
 ベッドから降りてミルの前にしゃがみ込むと手招きをして、内緒話をするようにささやいた。

「やさしい奴隷のお嬢ちゃんには教えてあげる。俺は、キャロライナ伯爵令嬢の身代わりにされた、……ただの下僕だよ」

「……身代わり?」

「そ。本物は今頃、国外逃亡中。で、俺は打ち首」
 ご令嬢、もとい女装の男は、首を切るポーズをしながらタンッと舌打ちをした。

「そんな……」

 ミルは、奴隷といってもまだここに来て二か月程度だ。何人かがこの牢に入りその番をしたことはあるが、こうして囚人とまともに会話をしたことなどなかった。ましてやどういう刑を処されたのかなど知る由もなかった。打ち首になるという言葉を聞いて、自分が牢にいるという現実を初めて突き付けられ、ミルの心を大きく揺らした。

「だからさ」

 男は鉄格子越しにミルの細い腕を掴んでこう言った。

「死ぬ前にヤラせてよ」

「なにを?」

「セックス」

 ミルはセックスをしたことはないが、それがどんな事かは知っていた。

「むりむりむり」

「俺、わがままなお嬢様の身代わりで死んじゃうんだよ? かわいそうじゃない?」

「それはそうだけど」

「でしょ。じゃあ、とりあえずちょっとだけ触らせて。死ぬ前にさ、人のぬくもりを感じたいんだよ」

 男がご令嬢の姿であまりにかわいらしく眉を下げてミルを見つめたので、ほんの少しの慈悲の心で男の背中に腕を回した。彼が応えるようにミルの腰に腕を回すと冷たい鉄棒が肩にあたり、より一層人肌が温かく感じた。

「あんた、なんでこんなとこでこんなことになってんの?」

 髪に触れる声が思いのほか温かく優しかったから、ミルは思い出したくもない過去をこぼしてしまった。
それなりの村の代官をしていた父を含む穏やかな家族と暮らしていたこと。突然家族が不審な事故で亡くなり没落してしまったこと。男の振りをして村から出たら奴隷として捕らわれてしまったこと。
彼が処刑されてしまう身の上ゆえに自分のことがほかの誰かに知られることは無いであろうという気のゆるみから、誰にも話すつもりのなかったことが口からするすると溢れた。

「なぁ、もし自由になれたらどうしたい?」

「うーん。家族を作って仲良く暮らしたい。私、家族もういないから」

「そっか」

「あなたは?」

「俺は、君と子作りしてみたい。いいね、意見一致した」

「微妙に一致してないと思う」

「まぁまぁ、叶いっこない夢なんだからさ、いいじゃない。約束しようよ、もしここから出て自由になったら、暖かい清潔な家で俺と子づくりして家族になろうぜ」

 このままここで囚人たちを見張り、心を殺して生きていくであろうミルにとって、それはとても魅力的な夢の提案だった。とうてい叶わない夢ならば、それを思い描くことくらいは許されるだろう。

「……うん。いいよ」

 ミルのかさついた唇にピンクに縁どられた男の唇が触れた。驚いたミルの体が反射的に跳ねるのを逃がさないよう男の手がミルの後頭部を覆った。
 鉄棒がおでこに当たるのも構わず、男の舌先が器用にミルの口内を撫で上げる。ぬるりとした甘美な感触にミルは思わず声をあげそうになった。


『あぁんっ』

 しかし、その声はミルのものではなく、廊下の奥から響いてきた。

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