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最終章
⑦②
しおりを挟む「いらない」と言っても、壊れた人形のように「どうぞ」と繰り返すエルジーに、さすがのヴィクトリアも困惑していた。
(普通、こんな公の場で何かを仕込むかしら?)
しかしヴィクトリアに渡されたグラスには先程、飲んでいたものと同じモノが入っているように見える。
この場でヴィクトリアに毒を盛ったら誰が犯人か告げているようなものだ。
問題はエルジーが自分で飲むつもりのグラスの中身だ。
変色した薄茶色の液体が入っている。
今まで会場でこの色の飲み物を見たことがない。
ヴィクトリアは明らかに異常なエルジーの様子に勘くぐってしまう。
(……まさか)
しかしその逆で、ヴィクトリアがエルジーに毒を仕込むように仕向けるつもりなのだとしたのなら……。
今ならば噂の後押しもあり、エルジーを恨んでヴィクトリアが犯行に及んだと思うだろう。
内情は違っても、まるであの小説の時のようだと思った。
(このグラスはウェイターに下げてもらいましょう……!今すぐ毒が入っているかどうか確かめられたらいいのに)
そう思って、エルジーの持っているグラスを両方取りあげようと手を伸ばした時だった。
エルジーがヴィクトリアに行動に気づいて凄い勢いで自分のグラスを持つ手を引いたのだ。
「!!」
「…………っ!」
エルジーの必死な行動と驚いたような表情を見て、ヴィクトリアは確信した。
つまりは毒が入っているのはエルジーのグラスだけなのだろう。
(やっぱり……!自分だけ服毒するつもりだったのね)
この状況から逃げたいだけなのか。
それともヴィクトリアを嵌めようとしているのか……エルジーの真意は分からない。
しかしパーティーまでに、もっと賢くヴィクトリアを陥れる方法ならば、いくらでもあっただろう。
エルジーはそれをしなかった。いや、出来なかったのかもしれない。
「お願いっ、離してッ!もう……楽になりたいの!」
「…………!」
「お姉様なら……っ、私の気持ちが分かるでしょうッ!?」
涙をいっぱいに溜めて絶望を映す瞳。悲痛な声が耳に届いた。
全てを投げ出したい、そう思うほどに追い詰められたのだろう。
以前、話した時からエルジーの『もう嫌だ』『逃げたい』という気持ちが積み重なって限界を超えてしまった。
そこからプツリと糸が切れたように、エルジーは大人しくなり従順になった。
ヴィクトリアはそのまま耐えて両親に従い続けたが、エルジーはこの状況に耐えられなかったのかもしれない。
『助けて』と微かに動いた唇を見て、エルジーの本当の気持ちを汲み取ったヴィクトリアは毒を飲ませてたまるかとグラスを持つ手に力を込めた。
しかし、なかなかグラスを奪うことができない。
(……なんて力なのッ!)
視野が狭くなっているエルジーは後戻りは出来ないと必死なのだろうか。
しかしエルジーの力に押されて、ヴィクトリアはついにグラスを奪い取られてしまった。
(いけないっ……!)
エルジーは涙を流しながら、どこか安心した表情を浮かべて微笑むと間髪入れずに薄茶色の液体が入ったグラスに自らの口元へと運ぼうとした。
ヴィクトリアも手を伸ばすが、エルジーも身を捩ってそれを防ぐ。
体が揺れるのと同時にエルジーのドレスに薄茶色の液体がポタポタと散った。
「ーーーーエルジーッ!やめなさい!」
ヴィクトリアがそう叫んだ瞬間……。
後ろからエルジーの手首を強く掴むように手が伸びた。
ーーーガチャン
床に叩きつけられて割れたグラス……中身は床の上に散らばった。
「ぁ……っ、あぁ……!」
エルジーは絶望したように床にへたり込んだ。
液体に震える手を伸ばそうとするエルジーの腕を押さえているのは予想外の人物だった。
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